#40
クナイの大事な物を取り戻す為、意気込みオグヴァへとした事もないポーカー勝負を挑んだシグ。
ルールも全て頭に入れ、早速開始された勝負はまさに圧巻とも言える内容となった。
「‥‥‥こ、こいつ、何て野郎だ」
震えるオグヴァの声。それは畏怖。生まれて初めて化物を目の前にしたかのような慄き。
「まさか、ここまで‥‥‥」
「‥‥‥‥」
「なんてことっスか‥‥‥」
ディーネも同様に震え、マナはいつも通り無表情で、クナイは信じられないものを見たという風に。
四人の視線の先、開幕して十分も保たず全財産をスってテーブルに倒れ伏すシグがいた。
「ハッタリでも何でもなくマジの素人‥‥‥いや、後ろのガキんちょのがまだ戦えてたぜ‥‥‥」
「ここまでバカなんてッ! ザコ過ぎ! カッコつけてそれはないでしょ⁈」
「どん、まい」
「自分より弱いとは恐れいったっス‥‥‥」
「う、ううぅぅぅ」
四人の罵声にちょっぴり涙が流れる。反論の余地がない程に今の自分は情けなかった。
「いや、あまりにあんまりで驚いちまったが‥‥‥勝負は終わりだな。無一文はさっさとこっから出ていきな」
はんっ、と笑いながらシッシ、と四本の腕であしらうオグヴァ。
「すまない、クナイ。取り戻せなかった‥‥‥」
シグの謝罪に対し、クナイは首を振った。
「いや、いいっスよ。元々は自分のせいっスから。自分の為にここまでして頂いて嬉しかったっス。めちゃくちゃカッコ悪かったっスけど」
「面目ない‥‥‥」
「まったくもってその通りよ。情けないったらありゃしないわ。まぁ、この子の為にがんばったのは認めてあげるわ」
「シグ、がんばっ、た」
マナとその肩に乗ったディーネからの励ましにまた涙腺が緩みそうになる。
そんな四人の様子を見て、オグヴァがニヤリと笑みを作り話しかけた。
「女に励まされるたぁ、男のくせに情けねぇニイちゃんだな! どうだ? そんな男捨てて俺様のモノにならねぇか? そうすりゃ大事な物ってやつも返してやるゼ?」
ガハハハ、と嫌味な高笑い。
そんなオグヴァに対しクナイはムッと、ディーネは青筋を浮かべ罵声を浴びせようと口を開きーーー
「撤回、よう、せい、する」
その前にマナがオグヴァの座るテーブルにドン、と手をついた。
「アァン?」
マナは変わらず表情なく、だがじっとオグヴァを見て、もう一度言う。
「シグ、は、情け、なく、ない。撤回、して」
「‥‥‥ガハハハ! こりゃ強気な嬢ちゃんだ! 男の方とは大違いだな! だがなぁ、結果は結果。そこのニイちゃんが情けなく負けたことは事実だゼ?」
「‥‥‥じゃあ、勝、負」
「アァン? 何だって?」
訝しむオグヴァに、真っ直ぐマナが告げる。
「勝、負。私、が勝っ、たら、謝っ、て」
「マナ! 何を!」
「外野は黙ってな!」
口を挟むシグにオグヴァが声を荒げた。そして探るようにマナへと静かに問いかけた。
「勝負か。ならば嬢ちゃん、何を賭けるつもりだい?」
「私、を、賭け、る」
「なッ⁈」
「‥‥‥いいだろう。その心意気、乗った! ならばこちらは、お前達から奪った物全てを賭けてやろう! 聞いたなディーラー!」
テーブルの横。店の従業員であり審判ディーラーを務める一ツ目の筋骨隆々なサイクロプスはその言葉に頷く。
「デハ、勝負ヲ受諾。マナ様ノベット対象ハ自ラヲ。オグヴァ様ノベット対処ハソチラノ金品物品全テヲ。ソレデハポーカー三十戦勝負ヲ始メマス」
「待っーーー」
シグが止めるより先にテーブルの周囲が透明なドームで包まれる。中にマナとオグヴァとディーラーを入れて。
これは魔法による結界。イカサマを防止するために内部と外部を完全にシャットアウト。内部の者が魔法を使えないように感知する役割もある。
また、中から外の風景は見えなくなるが、観覧の為に外から中の様子は伺える。
もうこちらの姿が見えないはずだが、マナはシグの方を向き、口を動かした。
もちろん声もシャットアウトされ聞こえないが、何を言っているかは分かった。
『だい、じょう、ぶ』
「くッーーー」
「ダメよ、やめなさい」
ざわっ、と影を揺らめかせたシグをディーネが窘めた。
「戦争でも始める気? 大変な事になるわよ」
「‥‥‥そう、だけど!」
分かってはいるが、落ち着いてはいられない。本当は今すぐにでも止めさせる為に乱入したいくらいだが。
「元々はあんたが始めたことだし、マナも止められないでしょ。今はまだ大人しくしときなさい。とりあえずお手並み拝見といきましょうよ」
「あわわわわ! 自分のせいで大変な事にぃ! ごめんなさい! ごめんなさいっス〜〜〜!」
ギュッと握りしめていた拳を開き、クナイの頭に手を置いて落ち着かせた。
「‥‥‥気にしないでくれ。俺も、俺が助けたいと思ったからそうしただけだし、マナもきっとそうだ。君が気にすることなんかないんだよ」
「で、でもでも〜〜〜」
慌てるクナイのおかげで少し冷静になれた。とにかく今は見守るしかない。
「一緒にマナを応援しよう。大丈夫、何とかなるさ」
「ッーーー! は、はいっス! そうするっス!」
一瞬息を飲むクナイ。優しい言葉に笑み。だが、眼だけは違った。
もしもの時、きっとこの人は彼女を守る為に動くだろう。そういった覚悟の眼だった。
「さぁて、始めるかい嬢ちゃん。あのニイちゃんみたいにルールの確認からするかい?」
「いら、ない。さっき、覚え、た」
「ほぅ、優秀だねぇ、結構結構。それじゃあ始めよう」
その合図を皮切りに、ディーラーが一枚のコインを親指で弾き、右手で落ちないようバシリと左手に乗せた。
退けられる右手。コインは黒を表にして左手に乗っていた。
「ソレデハ先行マナ様カラ、場ニ一回戦目ノ参加チップヲ出シテクダサイ」
先程と同じポーカー三十戦勝負。
ルールは通常通り。三十戦を終えてチップの所持の多い方の勝ちというシンプルなものだ。
手持ちチップはそれぞれ50枚。もちろん途中で全て無くなればその時点で決着である。一回戦毎のビットできる最大チップ数は20枚だ。
二人はそれぞれ参加チップを1枚ずつ出す。それを確認し終えるとディーラーが二人にカードを配った。
配られたカードをそれぞれ確認し勝負するかどうかを判断する。
「くくく、さっきのニイちゃんは十戦も保たなかったからなぁ。頑張ってそれ以上は保って欲しいもんだぜ」
「ビッ、ト。10、枚」
オグヴァの挑発に反応する事なく淡々とビット。手持ちから更に十枚のチップが場に出された。最大ビット数の半分である10枚が初っ端から賭けられる。
「おっと、こいつは中々強気な嬢ちゃんじゃねぇか。まいったな、ドロップだ」
オグヴァがその時点で降りを宣言し、あっという間に初戦が終了した。
「一回戦終了デス」
ディーラーの手によってオグヴァが場に出していた一枚がマナの方へと移動する。
「デハ互イニ手札ヲ提示シテクダサイ」
マナとオグヴァが場にカードを公開する。
マナのカードはハート、スペード、ダイヤの7とスペードの2とハートのK。役はスリーカード。
オグヴァはクローバーとダイヤの4にハートの3とダイヤの8とJ。役はツーカード。
「ほぅ、スリーカードでかましてくるたあな。ビビっちまったぜへへへ」
「‥‥‥次」
初戦はオグヴァが速攻で降りマナが1枚を得た。その後、二回戦三回戦と順調に勝負が続く。
その淀みないマナの動きに、ルールは覚えたと言ったのは嘘ではないと判断できた。
シグ達がハラハラと見守る中、勝負は十四回戦目へと突入した。
現在、マナのチップ数59枚。
対するオグヴァは41枚と、マナがリードしていた。
マナは手札が強い時は攻め、弱い時は退くという至極真っ当なゲーム展開を繰り返していた。
オグヴァもそれに合わせるかのように応じ、場は特に荒れる事なく進んでいた。
「すごいな、勝てそうだ」
「すっげぇっス! カッコいいっス!」
「まだ全体の半分でしょうに。まあ堅実にやってるわね。面白くないけど」
そんな外野の声も届かないテーブルで、十四回戦目の手札が配られた。マナは黙ってそれを確認し、オグヴァは相変わらず口をずっと動かし続けていた。
「いやぁ、まいったな。嬢ちゃんがこんなに強いたぁ。こっちの揺さぶりにも無反応だし、いわゆるポーカーフェイスってやつ? まさにそれだわな、全く読めねーや」
演技臭いセリフと表情でマナへと話しかけるが、やはりマナは何も返さない。シグ達でさえマナの表情は全く変わっていないように思えた。
だが、オグヴァは違った。腕や口、身体のあらゆる場所を動かしつつも、じっとマナの様子を見ていた。
一挙一動、どころではない。
六つの目は常人では分からない微細な変化すら見逃さず一回戦目からずっと観察を続けていたのだ。
無表情に見えるマナであっても、オグヴァにすれば表情豊かだ。
いい手札がくれば瞼は動き、瞳孔も開くし、悪い手札ならば少し眉根が寄る。
レイズやコールの発生も、自信がある時とそうでない時で口の動きが違う。
もちろん、そんな変化に常人は気付かない。本当に小さな小さな目に見えないはずの変化だ。気付けるのはオグヴァの体質によるところが大きい。
だがそれはイカサマではない。持って生まれた能力の差だ。この賭場ではそれが認められている。
だからここの常連は誰もオグヴァに挑まない。また、余所者がオグヴァと勝負する事にわざわざ口を挟む事もない。
そして今回、マナの表情を観察し終えたオグヴァは確信を持って口を開いた。
「あ〜、まいったなぁ。そろそろ勝負に出ないと負けちまう。ちょっと弱いが、いくしかないな。ビット、7枚だ」
先手のオグヴァがそう宣言し、チップを出す。これに対し、初めてマナが動きを止めた。
「7枚? 中途半端な数を賭けてきたな」
「いくしかないとか言って弱いっスね! 楽勝っス!」
「‥‥‥やっぱあんた達向いてないわね」
ディーネの言葉の意味が分からず、首を揃えて傾げる二人に溜息混じりに説明が始まる。
「あのねぇ、もしこの十四戦でこのまま7枚で勝てれば、マナのチップはいくらになるの? さすがに計算くらいはできるわよね?」
「えっ、えっと‥‥‥ひぃふぅみぃの〜〜〜」
「‥‥‥場代のチップ含めて8枚増えて67枚だね」
ぷすぷすと頭を悩ませるクナイの横でシグが計算を終えた。
「そうよ。そうなったらマナはもうこの勝負に勝った事になるのは分かる?」
「えっ! なんでっスか⁈」
「‥‥‥そうか、あとの十六戦全部ドロップで勝てるのか」
「その通りよ」
仮に67枚持ちで残りを全て勝負せず降りた場合、最終的にマナは51枚。オグヴァは49枚となり勝利となる。
「じゃあチャンスなんじゃないのか?」
「バカね、なんでわざわざ敵がチャンスくれるのよ。どう考えても罠じゃない」
「それもそうか。ならばここは降りるべきか」
「それが簡単に出来ないからマナも悩んでるんでしょうに。罠と分かっていても、ここでもし勝てれば勝負は決まりなんだから。それに、手札も悪くないみたいだしね」
外からは中の様子が分かる。マナの背後にいる三人はその手札が覗けた。
奇しくも初戦と同じスリーカードが揃っている。悪くはない。
「‥‥‥コー、ル」
決意を固めたのか、マナは勝負に出た。オグヴァと同じ枚数を場に出す。
「おおっと、勝負しにきたか。まいったなぁ。じゃあ俺様はドローはパスだ」
手札はこのままでいいと、自信ありげに交換をパスしたオグヴァ。
「二枚、ド、ロー」
揃っていた三枚はそのままに、残り二枚を新たに入れ替える。だが、手役は変わらずスリーカードのままだった。
「では、二週目だな。ビット。さらに13枚だ」
「‥‥‥‥‥‥」
あろうことか、更に賭けるチップを上乗せするオグヴァ。それも限度いっぱいに。手札を変えなかった事といい、よっぽど手役が良いのか、それともハッタリなのか。
「これは、流石にマズイんじゃないか?」
「えらく自信有り気だし、強そうな手札みたいね。こっちもフルハウスかフォーカードが揃ってれば勝負に乗れたけど」
「あわ、あわわわ‥‥‥」
「‥‥‥ドロッ、プ」
三人の思考に合わせたかのように、マナが勝負を降りた。
場代のチップを含め、7枚がオグヴァへ移動した。
「ここは降りたか嬢ちゃん。さて、互いの手札はどうだったのかなと」
マナとオグヴァが手札を開く。オグヴァの手札はクローバーのフラッシュだった。
「おおっと、危ねぇ危ねぇ。嬢ちゃんの手札がフルハウスかフォーカードになってたら俺様の負けが確定してたぜ。助かった助かった」
そう嘯くオグヴァだが、もちろん勝つ自信があっての上乗せであった。
「(やはりスリーカード。これまでの表情と場に出された手札からもうおおよその嬢ちゃんの役は分かる。交換して何も変わらなかった落胆もな)」
もちろん、ここでマナがフォーカードやフルハウスになっていればオグヴァの負けであった。だがマナは引けなかった。そして勝負に行けなかった。
「(いくら理詰めしようが最後は運。そして度胸だ。嬢ちゃんはまだギャンブルの経験が無い。堅実に堅実にやっている。だからリスクが怖いだろう? 今そんな顔してるぜ?)」
マナへと勝負の恐さを植え付ける事の出来たオグヴァは満足し、後半戦から今までの戦法をガラッと変え、攻めに攻めた。
「マズイわね、押され始めた」
「ああ‥‥‥」
マナの手札が強い時はすぐに降りたり、逆にそこそこの時には少量のチップでまず勝負に乗せ、その後に大量に上乗せしこちらを降ろしにかかったり、交換でこちらの手札が強くなるや否や上乗せはせず降りたりと、まるでこちらの手札が本当に分かっているようだ。
その中にはマナが勝てていた手札もあったが、先の一戦で自信が持てなくなったのか降りてしまう場面もあった。
「まあ年季の差ってやつじゃない? ハッタリかます場面もうまいし、見破れないわね」
「‥‥‥ああ」
「うわぁあ、マズイっスよ、もう後8戦しかないっスよ〜」
それでもマナは44枚、オグヴァは56枚とまだまだ奮闘していた。しかしこの勝負でオグヴァが2枚以上チップを得れば先程の逆。勝負が決してしまう。
「もっと早く決着が着くと思ったんだがなぁ。中々しぶてぇじゃねえか。ええ?」
ニヤニヤと笑うオグヴァを無視し、二十三回戦目、手札が配られると同時にマナが勝負をかけた。
「‥‥‥ビッ、ト。10、枚」
それに驚いたのはシグ達ではなくオグヴァだった。
「(なんだと‥‥‥?)」
今日初めてオグヴァが喋りをやめ、逡巡した。なぜならマナの表情から推測される役は最低ランクのツーペアくらいのものだったからだ。
「(ここに来てハッタリをかましてきたのか? バカな、だがしかし‥‥‥)」
堅実な勝負のかけ方をしてきたマナ。手札が弱い時には大きく賭けてこなかった。そしてこれまでの手札の強さと表情はきっちり同じものだった。だから間違いはない。その自信がオグヴァにはあった。だからこその困惑。
「(確かに嬢ちゃんは追い込まれちまってるから、俺様の真似でハッタリをかましてきてもおかしくはないが)」
それに今目の前に現れている表情は恐怖。こちらに恐れている。これも間違いはない。十中八九ハッタリである。
「(だが、なんだこれは。嫌な胸騒ぎだ)」
これまでオグヴァが勝ち残ってこれたのはその観察眼。目に見える真実のみから勝利を勝ち取ってきていた。だからこそ、今感じる不安などという曖昧なものに委ねたくはなかった。
こちらの手札はここにきてフォーカード。仮に三枚交換されて役が上がっても最大でこちらと同格にしかならない。負ける要素はほぼ皆無。
ならば、迷う理由などない。
「‥‥‥コールだ。嬢ちゃんの勝負に乗ってやるよ」
「‥‥‥‥‥‥」
こちらのコールの声に更に表情が動く。やはりそれは恐怖や不安を表していた。
「(勝ったな。やはり、さっきのは思い過ごしだったか)」
不安に揺れる顔のまま、マナが二週目のドローの是非を口にする。
「ド、ローは、しな、い」
「ほう」
思わず褒めてしまいたくなる健気さだ。自分の手札が強いとこちらに誇示するかのような宣言は、オグヴァにしてみればハリボテ。見え見えの虚勢であった。
「ならば嬢ちゃんに合わせてやるよ。俺様もドローは無しだ」
「‥‥‥ビッ、ト。3、枚」
更に上乗せするマナ。そして十四回戦目の意趣返しなのか、自らが勝ち確定になるチップ数をビットしたマナに対し、我慢できずに笑ってしまう。
「ガハハハ! こりゃあまいった! これに乗って負けると、俺様の負けが決まっちまうなぁ!」
「‥‥‥‥‥‥」
笑いながらも相手の挙動は見逃さない。恐怖はさらに大きく現れていた。
舌舐めずりをし、オグヴァは決着の声を上げた。
「だが残念だったな、コールだ。終わらせようや」
マナの顔が絶望に染まった。そうオグヴァは知覚し、愉悦とともに手札を開けた。
「フォーカードだ。さあ、見せてくれや嬢ちゃん。最後の手札をよ」
「‥‥‥‥‥‥」
なんと気丈な娘か。負けを知りながらも、普段と変わらぬような動作を心がけ札を場に出そうとする。他の誰が見ても分からないだろう。
だが、オグヴァには分かる。身体全体が震えているのが。勝負に負け、これから自分がどうなってしまうのか悲嘆に暮れた彼女の心がーーー
「ーーーあ゛?」
マナの心を、思考を、隅々まで読み切っていたと自負した男の、発した声がそれだった。
場に出された手札。
全てがハートで、数字が3、4、5、6、7。
つまるところその役はーーー
「す、ストレートフラッシュだァッ⁈」




