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Dark Brides −斯くて魔王は再誕せり−  作者: 入観ねいと
第1章 カドレの森の異変
4/100

#4


王都ヴィストリアの混乱は、日を跨いでも収まる気配がなかった。


王都だけではない、レストニア王国内全てが同じように喧騒に包まれているだろうことは容易に想像できる。

国の中心に位置する王城では、先日の暗闇とそれに伴う地震に対する調査や国民への対応などで慌ただしく追われていた。曰く、ドルヴェンド帝国の手による大魔法だ、など民の間だけでなく城内でも噂されている。これを機に7年前に一時中断された戦争が再び始まるのではないか、と。


人間種のレストニア王国と魔族のドルヴェンド帝国。両国の永きに渡る戦争は、ドルヴェンドの支配者である魔王ゼグルド・ドルヴェンドとレストニア王国の勇者であったラグナス・レイヴン、両雄の死をもって休戦となった。

休戦となった訳としてあがるのは、ドルヴェンド帝国では新体制への移行の為。レストニア王国の場合は、勇者と共に魔王討伐に出た第一王女、フェイリス・レストニアに起こった悲劇の為だ。


国民から愛されていた彼女の不幸は国全体に大きな打撃を与えた。それは城内も同じく、特に現国王であり実父であるラゴラス・レストニアへの影響は大きかった。

威風堂々とした佇まいは消え失せ、実年齢よりもふた回りは老け込んでしまった国王。それもそのはず、王家の跡継ぎにいたのは第一王女のフェイリスと、その妹である第二王女のルナリスだけ。特にフェイリスは、彼女が幼い頃に病で亡くなった王妃と同じ聖唱者の血を濃く継ぎ、頭脳も美貌も才能も、全てが備わった才女であったからだ。


失意に沈む国王が戦後の政策に意欲的に動けない為、レストニア王国も戦争を継続するなど出来るはずもなく、この7年は両国とも小競り合いもせずに静かに過ごしていたのだ。

だが、ここにきて先日の事件。何かが始まる予兆に違いはない。すでに国王の手を離れた実政権の者達で対応に当たろうとしていた。


そんな慌ただしい城内の中であっても、誰も寄り付かない静かな場所に、周りの事など知らぬとばかりに、少女は今日も今日とて足を運んでいた。


空気が痛いほど静かで、物理的にも魔法的にま厳重な守りに覆われた、聖堂の如き間。中心に佇む薄い青を帯びた大きなクリスタルを囲むように、床には色鮮やかな花達が添えられている。

少女は花を踏まないようゆっくりとクリスタルの側まで歩むと、そっと手を触れた。

硬く冷たいその感触の向こうで、彼女もまた皆と同じく敬愛していた姉の眠る姿に、直接触れることもできず、ただ見つめることしか出来なかった。


自分と同じ銀色の麗しい長髪。凛々しく整った顔は妹の自分ですら羨み、また自慢でもあった。優しく、芯の強い姉が今の父や自分を見たら、きっと叱るだろう。だが、それは叶わない。

フェイリスを閉じ込めるクリスタルは、そもそもが王国の切り札。本来は魔王を打ち倒せなかった時に、永劫に封じ込める為の唯一無二の秘宝。それがなぜ、フェイリスに使われてしまったのか。


どれほどの時間、ルナリスは姉を眺めていたか。背後から部屋の扉が重々しく開かれる音に、現実に引き戻される。


「やはり、ここにおられましたか」


声に振り返ると、そこにいたのは王国の騎士、その最高位の七つの一角であるユリウス・ディエライト。先の戦争でも魔王討伐へ参加し生き残った実力者であり、また四大貴族ディエライト家の次期当主でもある。彼は痛ましいといった表情を顔に貼り付けてこちらを見ていた。


「七王剣の方々は父上と会議をしていると思っていましたが、何か私に言伝でもありましたか?」


「いえ、会議の方は問題なく終わりました。これは私の個人的な行動でございますよ、ルナリス王女」


そう言うとユリウスは姉の前へ寄ると恭しく膝をつき黙礼をした。


「フェイリス様には本当に申し訳ないことをしてしまいました。妹君であるルナリス様にとって私は、肉親を奪った憎まれても仕方ない者です」

「何を‥‥。奪ったなどと、あなたは魔族の呪いを受けたフェイリス姉様の命を守る為に行動してくれたのでしょう? 感謝こそすれ憎むなどと‥‥」


立ち上がったユリウスがルナリスに向けたのは真剣な眼差しだった。


「呪いによる死を回避する為とは言え、封絶魔晶石(フリーズ・クリスタル)に一度封印されれば、二度と外には出られない。時とともに、永遠に閉じ込められてしまう。これでは、私は本当にフェイリス様をお救いしたと言えるのでしょうか?」

「それは‥‥」


言葉が継げない。姉は死ぬことはなかったが、同時に同じ時を生きることも出来なくなってしまった。永遠に凍りついたまま、眠り続けるフェイリスを見て、これで助かったとは言い切れなかった。


「全ては私の責任です。魔王の最期の呪いを防げなかった私の。魔王にトドメを刺さなかったやつの甘さを、ずっと側にいた私が見抜けなかった、私の‥‥」


悔しさに唇を噛み締めながら告白するユリウスに、ルナリスはしばし考えた後、彼を許した。


「あなただけの責任ではありません。どうしようもなかったのです。あまり自分を責めないで下さい」

「ありがとうございます。ですが、私はフェイリス様をこのように封じた責任があります」


ユリウスの視線が、クリスタルに閉じ込められたフェイリスに向けられた。責任感の強い彼の胸中を慮る。あれから時が経とうとも、彼は自分自身を許すことはないのだろう。


「先日の一件、やはり魔族どもが関係しているだろうと結論が出ました。明日、調査団をカドレの森へ派遣するとのとこです」

「そうですか‥‥。また、戦争が始まってしまうのでしょうか?」

「分かりません。ですが可能性はあります。国王様もそれを心配し、会議で調査に踏み切りました」

「父上が‥‥ですか‥‥」


ルナリスはそれを嘘だと分かっていた。父はもう何の気力も持っていない。政事や軍事に関して、決定しているのは目の前にいるユリウスだと知っていた。だが、父が今もまだ王としての責務を果たしているのだと言う優しい嘘を、ルナリスは指摘するつもりはなかった。


目を伏せるルナリスへと膝をついて敬礼の意を示すユリウスは、己の忠誠を誓うように声強く宣言する。


「もし戦争が再び起こったとしても、私はこの国を、フェイリス様が愛したこの国を、民を、そしてあなたを必ず守ると、今一度ここに誓いましょう。私は、やつのように失敗はしません。必ずや、我が国に勝利をもたらしましょう」

「はい‥‥」


部屋まで送りましょう、と言うユリウスに断りを入れ、ルナリスは姉の元から去った。


「ラグナス様‥‥」


かつて勇者として信頼と期待を寄せられ、今では戦犯として忌み嫌われた彼の事を思う。

フェイリスと共に魔王討伐へ赴いた彼は、魔王にトドメを刺さず、その結果フェイリスは呪いを受け、レストニア王国の一部が魔王最期の魔法により爆撃され多くの死者を出すことになった。

彼自身もその時に命を落としてしまい、何を思ってトドメを刺ささなかったのかを聞くこともできない。死した後、世紀の裏切り者、犯罪者などとさげずまれ、もう誰も彼を名前で呼ぶ者はいない。




部屋に戻ると、疲れからかすぐにベッドに身体を沈みこませる。彼を思うと、胸が痛い。


「私は、あなたが悪い人ではないことを知っています。とても、優しい人だと。私も、姉様も、そんなあなたがとても大好きでした」


どうしてこんなことになってしまったのか。ルナリスの大切な人はもう、自分の呼びかけには答えることができない。そのことがとても辛い。7年経った今でも、痛みは消えることはない。


「お姉様‥‥ラグナス様‥‥。私は、怖いです。戦争も、この国の人たちも。私は王女失格です。もう、前みたいにこの国を好きになれません」


大好きだった二人が愛したこの国は、もう二人がいた時とは変わってしまった。本当に国が変わったのか、自分自身が変わってそう感じるのかは分からない。

ただ、許せなかった。ラグナスを貶める人々が、そしてその家族を死に追いやったことが。


「私は、最低です。何も出来ない。誰も助けることが出来ない」


王女として、彼の名誉を、彼の家族を守るべきだったのに、何も出来なかった。そのことが心に棘となり、どこで何をしていても気持ちは晴れず、ルナリスを苛み続けた。




ルナリスが去った後、部屋に残ったユリウスは先程の彼女のようにクリスタルに閉じ込められたフェイリスを眺めていた。

ただ彼女と違うのは、その表情に笑みが浮かんでいることだ。


「ああ‥‥なんと美しい‥‥穢れなき我が王女よ‥‥」


クリスタルへ手を伸ばす。艶めかしい手付きで撫で回し、視線には熱がこもる。


「あなたは永遠に私のものだ。王国も、あなたの妹君も、全てが」


思わず溢れる低い笑い声が、空間を穢すように重く反響した。

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