#39
ルーストリア大陸の中央部には多種多様な種族が住まう街がいくつか点在する。その中でも北西よりにあるギャングルイ国は極めて珍しい多種族で構成された大規模国家であり、とてつもない活気に満ち溢れている。
種族間での諍いもなく、堂々と互いの側を通り過ぎる異形の住人達。高い建造物が乱立する街並みは、魔法による光源で昼夜問わず派手に彩られていた。
なぜここまでこの国が発展しているのか。その理由はーーー
「赤だ! 頼む赤に落ちろ!」
「レイズ!」
「‥‥‥コールだクソ野郎」
「またゾロ目⁈ イカサマしてんじゃねーぞテメェ!」
ある施設の地下。窓もない巨大な空間にはこの国の住人とそれ以外の余所者もひしめき合い、それぞれが狂喜に満ちた目である事に熱中していた。
ギャンブルである。それも国家公認の。
ここギャングルイ国はギャンブルによって成る極めて珍しい国家であった。
「あっ、今イカサマだって叫んで暴れたやつ、黒服のサイクロプスにつまみ出されたわね」
「‥‥‥恐ろしい場所だ」
「みん、な、すご、い、興奮、して、る」
シグ達御一行は目の前の見たことのない程活気、狂喜に満ちた空間に圧倒されていた。場違いも甚だしいと分かっているが、ここに来たのは理由がある。
「あっ、あそこっス! あのテーブルにいるツルッぱげっス!」
「なるほど、確かにツルッとしてるわね」
「‥‥‥やる前から挑発しないでくれよ」
グイグイと服を引っ張ってツルッぱげと揶揄する、マナと同じくらい小さい褐色の女の子とディーネをたしなめ、件のツルッぱげさんの方へと歩む。
どうやら声が聞こえていたようで、真っ赤でツルツルとした体皮に青筋が浮いていた。怒りに細められた目は丸っこい顔に六つ。タコを思わせる姿形である。
「おぉう、耳障りな声が聞こえると思ったらさっきのガキンチョじゃねーか。どうした、お兄ちゃんでも連れて来て。兄妹揃って尻の毛まで毟られに来たか、アァ?」
うねうねと、おそらく腕であろう四本を動かしこちらを威嚇する。街中で出会えば身構えてしまうが、ここではその心配はない。
「残念ながら兄妹じゃあないが、この子から奪った品を返してもらおうと思ってね」
「ほう、俺様とやろうってのか」
入国の際に厳命された内容。それはこの国での暴力行為、また魔法の個人使用を禁ずるというものだった。そのルールは目の前のタコっぽい人も例外ではない。破れば国外永久追放、最悪の場合は死刑。
ならば互いに行うべき勝負は必然的にーーー
「ああ。ポーカーだっけ? それで勝負だ」
「いいだろう、このオグヴァ様に勝負を挑んだ事を後悔させてやる」
余程腕に自信があるのか、怒りから一転ニヤニヤと感じの悪い笑みを作るオグヴァ。
「頼むっス! 自分一生懸命に応援するっス!」
「‥‥‥ほんとに大丈夫なの?」
「がん、ば」
三者三様の激励に後を押され、シグはオグヴァのいるテーブルへ向かい合って座った。
「へへへ、じゃあ早速始めるかいお兄ちゃん?」
「ーーーいや、その前に確認したい事がある」
「あぁ? なんだ?」
これ以上なく真剣な顔をしてシグは口を開いた。
「ポーカーのルールを教えてくれ」
少し時は遡る。どうしてシグが知りもしないポーカー勝負をしなければならなくなったか。
猿妖族の森から出て早五ヶ月。その間いろいろな街や集落を巡ったが、落ち着いて定住できる所はなかった。
少しの間だがのんびり過ごせたこともあれば、騒ぎに巻き込まれたこともあり、ほぼ移動に時間が割かれていた。
北へ北へと、今日辿り着いたのがここ、ギャングルイ国である。
この国は入国料さえ払えばどんな種族だろうが滞在が許されるというシグ達にとっては大変うれしい場所だった。この国の噂を聞いて金銀銅貨を集めるために一つ前の街で素人ながらも商売紛いの事をして稼ぎ、晴れて入国したのだが。
「‥‥‥どこもかしこもギャンブルのお店ばっかりだな」
どのような仕組みから分からないが、目が痛くなるようなチカチカと光る看板が軒並み並べられた街路。その全てがギャンブルギャンブルギャンブル、たまに飲食店、ギャンブルギャンブルギャンブル、たまに宿屋。
「ジュディエムに聞いたことがあったけど、本当にこんな国があったんだなぁ」
どうだ、ほんとだったろう? と頭の中に浮かんだ爽やかスマイルを吹き消し、うんざりとした調子で国内を散策する。
この国がレストニア王国程の規模ではないが栄え、そして侵攻されないのは理由がある。それは単純な武力。そして経済力だ。
国内の暴力行為を禁止出来るのはそれだけ上の圧力が大きい事を示す。
国外からの侵略がないのは、それに併せて貿易に関する商売がうまいからだ。多種多様な種族が集まるという事は、それだけの物流もここに集まるということ。
攻め難く、商売相手として優秀。
そんな中規模ながらも大国家を相手取れるギャングルイ国の王はとても優秀な人物なのであろう。
「派手で見る分には楽しいわね。ギャンブル? ってのがよく分からないけど」
未知のモノが楽しくてたまらないと言ったディーネに、あんまり世の中の汚い事を教えたくはないが、答えなかったら答えなかったで不機嫌になるので説明する。
「簡単に言えば、武器を使わない魔法を使わない、運で勝負するゲーム、かな?」
「それで命を奪い合うの?」
「いや、そんな物騒なゲームは流石にやってない、はず。主にお金だね、それを賭けて勝負する」
「それ楽しいの?」
「俺は子供の頃にお金とか賭けない遊びで似たようなゲームはやったけど。どうなんだろうね」
シグが経験した事のあるのは単純な子供のお遊び。トランプを使ったババ抜きや七並べ程度である。
「そんな子供のお遊びくらいで随分と栄えてるのね」
「‥‥‥金がかかると自分を見失うくらいに熱中するらしいからね」
再び脳内に現れるジュディエム。よく兄へ金の無心をしていた情けない姿を思い出す。
「それで、あんたもやってみるの? そのギャンブルってやつ」
「いや、やめておく。ろくな事にならない。もうちょっと進めば普通のお店がたくさんある地区があるから、そこへ‥‥‥」
行こう、と言いかけ止まる。角を曲がった所で足下に妙な感触がしたからだ。
「ぐえッ」
「うわぁッ⁈」
飛び退く。今しがた自分が踏んでしまったモノへと目を向けた。
「ひ、人、なのか?」
うつ伏せで地面に両手両足を投げ出して倒れ込んでいる人影。死体かとも思ったが声を発したので生きてはいるだろう。
随分と小さい。マナと同じくらいか。顔は見えないが姿形は人間のように見える。短めの白髪、だが見える首筋の肌から老人ではなくむしろ子供のようだ。
「す、すまない踏んでしまって。大丈夫かい?」
謝り、倒れている人物を急ぎ抱え起こす。
「ふ、ふぇぇ‥‥‥」
「うわッ⁈」
顔中が流れる涙と鼻水でグッヂャグチャに汚れた褐色の子。あまりに酷い有様に抱き起こしておいて距離を置きたくなった。
「ど、どうしたんだい? こんな所に倒れて」
若干顔を引きつらせながら少女へ問う。珍しい服装だ。オレンジをくすませた色と言えばいいのか、わざとゆとりを持たせるようなサイズの衣装。ボタンの類はなく、腰の帯で締めているようだ。
「ぶぇ‥‥‥ぶぇぇええ!」
ぼんやりとした瞳に光が戻ったかと思うと、少女はベッチョベチョの顔をシグに押し付けて泣き叫んだ。
「アッ! やめッ! 汚ッ! 新調した服がァァァ!」
シグの嘆きと、少女の叫びが終わるまでしばらく間を置いて。ようやく落ち着いた彼女から話を聞くことにした。
「ふぇぇ、すまないっス見ず知らずのお方。自分のせいで服汚しちゃって」
「い、いや‥‥‥気にしないでくれ」
引きつった笑顔でそう答えるシグに、背後の二人はヒソヒソと話す。
「めちゃくちゃ気にしてるわね。前の国で買ったあの服、そんなに気に入ってたのね」
「うん。すぐ、顔、出る」
「ゴホン! それで、どうしてこんな所で倒れてたんだい? えーっと、俺はシグ。こっちがマナで、小さいのがディーネだ」
二人もそれぞれ挨拶を口にし、少女もそれに答えた。
「じ、自分はクナイと言うっス! 北にあるジャニンって里から来たっス! 修行と言う名目で追い出されたみなしごっス〜〜〜!」
うわぁぁぁあ! とまた泣き叫ぶクナイと名乗る少女。再びこちらに突撃をかけようとしていたので頭を抑え防いだ。これ以上汚されたくはない。
「そ、そうか。じゃあ、クナイ。なんで倒れてたんだ?」
「う、うぅ‥‥‥なけなしのお金払って入国したは良かったっスけど、ご飯食べるにはまたお金いるっス。で、少ない財布の中身見て嘆いてたら、お金増やせるよって誘われたっス‥‥‥」
「あ、もうオチ分かったからいいよ言わなくて」
つまり、スッたのだ。全財産を。そのショックで倒れていたと。
「うわぁぁぁあ! もうイヤっス! 里でも厄介扱いで追い出され、外に出てもこんな目に! お金どころか大事な物まで取られて! あんまりっス! お腹減ったっス! もう死ぬっス〜〜〜!」
駄々っ子の様に地面を転がりギャアギャア叫びまくるクナイ。よっぽどイヤな事が続いていたのだろう。
「はぁ‥‥‥入国して早々厄介な子を見つけてしまったなぁ」
溜息をつきながら、転がるクナイの横にしゃがむと、懐から取り出した保存食を差し出した。
「食べな。お腹空いてるんだろう?」
ガバッと起き上がるとかっさらうように食料を手にして口に含むクナイ。一切の躊躇がなかった。
「ありがたいっス! 美味しいっス! いや味はイマイチっス! でもお腹膨れるっス! あなたいい人っス! 恩にきるっス!」
「あ、ああ。それは良かった」
見た目通り子供。とても素直だ。良くも悪くも。パワーに圧倒されながらも、シグは話を切り出した。
「じゃあ、君から大事な物を奪ったって人はどこにいるんだい?」
「‥‥‥え? それ知ってどうするっスか?」
シグの質問の意味が分からず問ひ返すクナイ。ディーネはやれやれと首を振り、マナはいつも通り表情は変わらなかった。
「俺がそれを取り戻そう。そのギャンブルってやつで」