#37
王都ヴィストリア、その中心にそびえる王城。その中でも会議室とされる巨大な一室で、ラゴラス王を筆頭に各代表が円卓に座し顔を付き合わせ、先日帰還した調査団の報告を受け頭を抱えていた。
「今報告した内容に、私情や憶測、推論などは含んでおらず、ありのままの事実、という訳なのだな、ザルド・クラバス」
議長であるタイベルトが、部屋の扉の前に立つ報告者、調査団隊長のザルドに問いかけた。
むしろ虚偽であった方が良い、と暗に込めて再確認するも、問われたザルドは姿勢よく頭を下げて肯定した。
「はっ! 全て事実であります!」
「‥‥‥なんとも信じがたい話だ」
先日王都を混乱させた暗闇の発生原因は不明。また、同時に観測されたカドレの森付近の魔力の主も行方は知れず。おそらくは魔族絡みだろうと推測していたが、聞かされた資源開発の場での惨状を生々しく報告され、それが確信に変わる。
「資源開発に向かわせた隊には、ユリウスお抱えの実力者が同行していたとあるが」
チラリ、とタイベルトが件のユリウスを見やる。彼は腕を組み目を閉じたまま答えた。
「‥‥‥ええ、その通りです。資源開発は未開の地への派遣の為、脅威となる魔獣やモンスターへの対策として、各五ヶ所五の隊それぞれに私の部下を二名ずつ付けておりました」
細く目が開かれる。眉尻に力の入るそこには殺意に似た感情があった。
「その中でも、今回被害に遭った隊にはサガン・シュエインと‥‥‥バレリア・ロングシーが同行していました」
挙げられた二名の名に室内がざわめいた。
「サガンと言えばシュエイン家の英才‥‥‥剣の腕前ならば七王剣にも劣らぬと言う‥‥‥」
「バレリアって確か、あの曰く付きの‥‥‥」
「ならばトグミナータ翁の名工《雷迅》も失われたということか」
「一体誰が‥‥‥森に住むのは原始的な猿妖族だけでは‥‥‥?」
「静まれ」
どこまでも広がりそうだったざわめきが、投げられた一声で静まりかえる。
他の者よりも豪勢な椅子に腰を深くかける偉丈夫、ラゴラス王である。
最愛の娘を失い、失意に沈む中でも、王の持つ威圧感は健在であった。苛立たし気に室内にいる者達を睨み回す。それだけで気の弱い者は身を震わせた。
「今はくだらん事を言い合う場では無い。問題はこれから我が国がどうするか、だ」
ジロリと王はユリウスを見やった。お前がやれ、と。
それを恭しく受け取ると、ユリウスは立ち上がり皆に告げた。
「現状、暗闇についての詳しい情報はこれ以上知る術はないでしょう。同様に膨大な魔力の主も。ザルド隊長の報告から、資源開発隊を壊滅させた者は、猿妖族ではなく魔族絡みだとみなします。併せて先の魔力の主と関連があると見ていいでしょう」
誰も異論はなかった。人間の中でも化け物の位置にいる二人の実力者を屠れる存在などそうはいない。魔族、もしくは精霊や神獣種くらいだが、あの森付近での目撃情報などない。
「これを受けて、我が国が出来ることは限られます。これ以上の戦力を調査に当てることは、国の防衛力を損なわせてしまいます。今できるのは、新たに発生した脅威に対して我が国の防衛力を上げる方が先決とし、引き続き調査団の派遣を続けるべきです」
ユリウスが意見を言い終わり皆を見回した。内容の正当性に加え、実情この国のトップに近いユリウスに誰も意見できる者がこの場にはいなかった。同列のはずの四大貴族、七王剣でも、だ。
「ほっほっほっ、いいのではないですかな? 私はユリウス殿の意見に賛成しよう」
賛同の意を示したのは、この場で最も最年長のバヂス・ハイヴェスト。四大貴族ハイヴェスト家の当主である。
穏やかに白髭をなでながら好々爺然としているが、その姿に騙される者などこの場にはいない。
表立って明言はしていないが、この老人とユリウスの二人が手を組んでいるのは明白だった。四大貴族の二頭が組んでしまっている事も、ユリウスの独壇場を許してしまっている要因である。
「まずは国の防衛力、またそれは戦力の増加にも繋がりますからの。そこに力を入れるのは決して悪くない。まだ国が安定しておらぬ時に下手に動くのは悪手。その通りですな」
「ありがとうございますバヂス殿」
確かにその通りでは、ある。あるのだが、この二人が主導になれば必然的に独裁的な国家に変貌してしまうのではないか。タイベルトはそんな危機感を持っていた。
しかし、それを止める力を持つ者がいない。王は娘を失って以来、政事に一切口を出さくなってしまった。誰からの進言も受け付けなくなった。
全てが、ユリウスの思いのままだ。
「他の皆さんはどうですかな?」
バヂスの問いに対し誰も異論を唱える者は無かった。その様子を見て、タイベルトは議会の進行の為に立ち上がった。
「方針は決まりました。それでは次に具体的な方策について話し合いましょうか」
自分で自分の言葉に内心笑いながら、話し合いにすらなっていない茶番のような会議をタイベルトは淡々と進めた。今回もまた、静かにユリウスの話を聞くだけで終わるのだろうと。
だが、後にユリウスの提案した内容に、静まり返っていた室内は天変地異でも起きたかのように騒然とした。
「ケケケッ、えらく騒がしい会議だったじゃねーか」
会議を終え、最後に室内から出てきたユリウスへと陰気な声がかかる。扉の横に背をもたれかけ、目尻と同じくつり上がった口内からはギザギザの歯が覗いた。とても人相の悪い、だが小柄な女性、フェンリ・ノズゴートだ。ゴシック調の装いと、それとは似合わない銀翼のブローチを胸に付けている。
そのブローチの意味は、ユリウス直轄の騎士の中でも上位十二名にしか与えられない実力者の証である。
「‥‥‥フェンリか。何用かね」
「おっと、お言葉だね。忠誠心の人一倍強いウチがわざわざ出迎えてやったってーのによ」
「‥‥‥‥‥‥」
無視してユリウスが歩み始めると、慌てて後を追う。
「っだー、冗談くらい返せやこの堅物がよぉ」
「忙しいのだ。用があるなら簡潔に話せ」
「ほんとめんどくせぇなウチらの親分はよ。なあなあ、バレリアの小僧がやられたってのはマジ?」
「耳が早いな。報告ではそのようになっている」
ツカツカと早い歩みに、小走りになりながらも追うフェンリはその言葉に天を仰いだ。
「っかー、折角色々ウチが手ほどきしてたのによー。任務から帰ってきたらまたシゴいてやろーと思ってたのによー。マジかー、マジなんだー」
愚痴るフェンリに対し、ユリウスは興味無さげに問いかけた。
「で? それをわざわざ聞きに来たのか?」
「まっさか、ついでよついで。本題はさぁ、ウチらにんな事やった輩に対して、戦争でもやらないかなぁと」
ニコニコと子供のように期待に満ちた眼差しでそう言うフェンリに、ユリウスは大袈裟に溜息をついた。
「ちょうどいい、他の十二翼にも伝えておけ。今は外にちょっかいをかける暇はない。議会で決まった内容を伝えるーーー」
「へー、へー、へー。そりゃ忙しくって戦争なんかする暇ないわなぁー」
ユリウスの話した内容に、素直に驚きを表すフェンリ。その様子を見て本当に理解したかどうか疑わしくはあるが、これ以上こじらせても面倒だとユリウスは判断した。
「理解してくれて何よりだ」
「まあウチ的には、祭好きだし我慢しますよ。でさー、お姫様はどうなの? まだちっちぇえのによ、大丈夫なん?」
無表情を貫いていたユリウスに、初めて表情に変化が見られた。
「‥‥‥そんなセリフが君の口から出るとはな。二重の意味で驚いたよ」
「おいおい、ウチのことどう思っての発言だよ」
「どうって、化け物だろう」
「そりゃお互い様」
「冗談は置いて。ルナリス様はまだ幼いが聡明な方だ。国の為に受け入れてくれるだろう」
「受け入れるしかないの間違いじゃねー?」
「‥‥‥君のその明け透けな物言いは、有難くもあり、鬱陶しくもあるな」
ケケケ、と獰猛な笑みを見せる正真正銘の化け物と、それを従えるユリウス。廊下を歩く他の人々は当たり前のように道を開け、関わりたくないと自ら離れていく。
「計画が少し前倒しにはなったが、これ以上不確定要素に邪魔立てされてはかなわん。特に、今回の件は最重要。式を挙げるまで半年は準備にかかる。貴様ら十二翼、また以下の者達は治安維持と、ネズミの炙り出しに尽力せよ」
厳命である、と。フェンリ以上に目をギラつかせた七王剣、また翼将ユリウス・ディエライトとしての、絶対命令。
「ーーー了解した」
先までのおちゃらけた雰囲気は消え、命を受けたフェンリは、他の十二翼にも伝令すべく素早く姿を消した。
「‥‥‥もうすぐだ。まずはその足がかり」
これより半年間。王都ヴィストリアは、王国全土を巻き込んだ喧騒に包まれる。それは二つの衝撃的な知らせから。
ユリウス・ディエライトの七王剣脱退と、それに伴う空位二席の補充。王国民から実力者を選抜する為のレストニア大剣覇祭の開幕。
そして、七王剣を脱退したユリウスと、第二王女ルナリス・レストニアの婚姻の儀。それは詰まる所、新たな国王の誕生である。