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Dark Brides −斯くて魔王は再誕せり−  作者: 入観ねいと
第4章 闇の婚約と王国の影
32/100

#32


バング・ザッヒハルテは悩んでいた。

貴族とは言え力も小さく、四大貴族ディエライト家の派閥の中でも最下層だ。

故にこのような王国から遠く離れた地に派遣され、いいように使われてしまっている。

いつかは上にいる者共を蹴散らして、自分が派閥のトップクラスへと昇進することを夢見るが、いかんせん彼は頭も良くなく、人望も人脈もない。

唯一の救いは、彼自身がそれに気づいていない事か。


苛立ちと共に煙草を吸い切り、次へと手を伸ばすが全て空だった。


「クソッ! 煙草の在庫もなくなったか! 本国のクソ野郎共め‥‥‥さっさと補給物資を送ってきやがれってんだ!」


机の上のゴミを右腕で乱暴に払い、地面に落とし散らかす。フーフー、と荒く息を吐きながら背もたれに体重を預けていると、テントの入り口が開かれた。


「やあやあやあ、ご機嫌は如何ですかな? バング殿」

「バレリアか‥‥‥いつも言っているが、入る前にノックぐらいしたらどうだ?」

「あぁ、これはすみません。僕って野蛮な平民出なんで。そういった貴族っぽいことにまだ慣れてないんですよ」


ギリッ、とバングが歯を噛みしめる。

バレリア・ロングシー。自身が言ったように平民上がりの騎士である。


ただ、普通の騎士と違うのはディエライト家当主であり、七王剣であるユリウス・ディエライト直轄の騎士であるということだ。

つまり完全な実力のみで成り上がった化け物である。そして、ユリウス直轄という事で貴族であるバングよりも実質立場が上であるのだ。


今回はバングの護衛として派遣されているのだが、その目と態度は明らかにこちらを下に見た、いやまさしく馬鹿にしたものだった。


その事が何より気に食わず腹立たしい。また、バレリアの性格の悪さも拍車を掛け、バングは殺してやりたい程彼を嫌っていた。


「あまり無礼な態度を取るものではない、バレリア。バング殿、彼の無礼をお許しください」

「サガンか、いや、よい。これっっっぽっちも私は気にしてはいない。これぇっっっぽっちもだ」

「はっ、ありがとうございます」


バレリアの後から入ってきたサガン・シュエイン。彼も同じくユリウス直轄の騎士だが、こちらは貴族出だ。だからバングも彼に対しては良く思っている。

サガンも貴族としての社交辞令として、きちんとバングを立てているのでいつもバレリアとバングの仲裁役になっていた。


「それで? もう日も沈むというのに何用かな?」

「えっとですね、僕が張ってある結界に反応があったんで、少し様子を見てきたいなぁと」

「私はここに残りバング殿の警護を続けますが、念の為許可をいただきたい」

「あっそ」


この地に着いて三カ月。死者は出ているがそれは森の中に入らせた貧民共のみ。森の中に住んでいる猿妖族とやらの仕業らしいが、一般の騎士で楽に相手できる程度だと聞いている。


「サガン君がここに残るんなら別に構いはしない。好きにするがいいさ」

「はい、どうも」


そのまま暗い森の中でやられてしまえ、という願望は口に出さずシッシと手を振りさっさと視界から失せろと態度で示す。


「それでは失礼、バ・ン・グ・ド・ノ」


バングの明らかな嫌悪を意にも介さずバレリアは一礼して去った。


「それでは、私はいつも通り近くに待機しておりますので」

「ああ、頼んだ」


二人が出て行き、ハァと深い溜息をつく。気分を落ち着かせようと煙草に手を伸ばし、そういえば無かったのだと舌打ちをする。


「酒でも飲んで寝るか」


机の上にあるベルを手に取り鳴らす。しばらくしてバングお抱えの世話役がやってくる。


「何か御用でしょうか」

「酒とグラスを。銘柄は、いい、酔えれば何でも構わん」

「かしこまりました」


世話役がほどなくして持ってきたワインをグラスに注ぎ、一息に飲み干す。行儀は悪いがそんな気分だったのだ。


「あぁ、私はいつまでこんなことをしなくてはならんのだ。ユリウスめ‥‥‥若いくせに生意気な‥‥‥。こんな雑務、ドランテやヒューイのクズにでもやらせればよいものを‥‥‥」


酔いが回り、他の者に聞かれれば不味い言葉も飛びててしまう。

彼はやはり気づいていない。ここで行われている事の重大さと、ここでもし不測の事態が起きた場合のトカゲの尻尾として派遣された己の立場を。


結局最後までそういった事に気付かないまま、酒に身を委ね、酩酊していく。


すぐ背後に脅威が迫っている事にも、もちろん気付かなかった。


「う〜、ヒック。なんだぁ、空になってるじゃないか。まだ飲み足りんぞぉ〜」


逆さの瓶からは何も溢れ出ず、グラスを倒しながら世話役を呼ぶベルを探す。


「あぁ〜? ないぞ、どこにいったぁ〜?」


机の上に置いてあるはずのベルがない。さっき使ってからそのままのはずなのに。おかしいなぁ、と椅子から立ち上がり床や机の下まで見回すがベルはなかった。


「あぁ〜⁈ どうなってやがる!」


顔を下に向けたまま悪態をつくバングに上から声がかかった。


「これをお探しですか?」

「あぁ?」


見上げたそこには、誰もいなかったはずのそこには、黒い黒い真っ黒な影が佇み、ベルをヒラヒラと音を鳴らさず振っていた。


「だッ、だッーーー⁈」


誰だ、と叫ぼとするが口が何かで塞がれてしまう。モゴモゴと抵抗するが外れない。それどころか身体全体が動けなくなっていた。


「こんばんは。とりあえず、椅子にでも座ったらどうですか」

「ッ〜〜〜!」


身体が引っ張られ、椅子に腰掛けさせられる。変わらず自分の意思で身体を自由に動かす事は出来ない。

バングは動かす事のできる目で影を睨みつけた。汚しい黒い衣装に、ふざけたような黒い仮面をかけた何者かは軽く首をすくめた。


「そう睨まないで下さい。少しお聞きしたい事がありまして。あなたが、ここの責任者のバングさんですか?」


鼻に着く平然とした声。酔いの回った頭が怒りに沸騰する。


一体何者だ、警備の奴らは何をやっている、近くにいるはずのサガンはどうした、貴族の俺にこのような事をしてタダですむとーーー


ポキン、と軽い音が鳴る。


「?」


思考が一時止まる。音の出所は左下。椅子に固定された左手から。一体何の音なのか。


「ッ〜〜〜⁈」


痛みが遅れてやってくる。気づいてしまうともうどうしようもない。左手の小指だ、小指が、折られたのだ。


「大人ですから、一度で理解できますよね? あなたがここの責任者のバングさんですね?」

「〜〜〜!」


ブンブンと頭を縦に降る。いくら酔っていようが、この正体不明の侵入者の言わんとする事は理解した。痛みを伴って。


答えなければ、まだ折っていくぞ、と。


「そうですか。人違いじゃあなくて良かった。では、これからいくつか質問したいと思います。なので、口だけは自由にしようと思いますが‥‥‥もう言わなくても理解してますよね?」


ミシリ、と今度は首が圧迫され軋む。即座にバングはもう一度首を縦に降る。


「ありがとうございます。では、最初の質問を。貴方達はここで、何をしているのですか?」

「ッハッハッ‥‥‥」


口の拘束が解かれ、一呼吸をつく。何をしているのか、だと?

考える間も無く首にかかる圧に口を動かす。


「わ、私達はここ、この森で、あ、あるモノを栽培している」

「あるモノ、とは?」

「わ、分からん! 上からの命令は、種を植えて育て、出来た実を回収しろ、とだけしか教えてもらってない! 本当だ!」


これは事実だ。なのでこれ以上聞かれても困る。


「なぜ、この森で? 王国内では栽培できない?」


それは自分も質問した内容だ。上の奴らは鬱陶しそうに答えたもんだ。


「た、確か上の奴らはこ、こう言っていた。生命力の豊富な土地でしか、育たないと。こ、この森だけじゃない、他の同じような場所でも栽培を行っているはずだ!」

「そうですか。では、その実というのはもう回収できるまで育っているんですか?」

「ま、まだだ。森に住む猿共の邪魔もあってなかなか作業が進んでないし、ここに来てまだ三カ月だ。実ができるまで植えてから半年はかかるらしい」

「へぇ。また手間のかかる事をわざわざやってるんですね」


どこまでも舐めた口を叩く。だがここで苛立っても仕方がない。なんとか隙を見て助かる方法を考えなければ。


「それでは、そのような手間のかかる栽培を命じているのは誰ですか?」

「そ、それは‥‥‥ッ〜〜〜⁈」


どう答えたら良いか迷っていると今度は左手の薬指が折られた。ご丁寧に叫び声を上げさせないよう口を塞いで。


「もう一度、聞きましょうか。あなたに命じたのは、一番上にいるのは誰ですか?」

「し、し、知らん! 私は知らん! だ、だがそれを知っている者なら私は知っている!」


ここに来て初めてバングは嘘をついた。痛みで思考がグチャグチャになる中、唯一の自分が助かるかもしれない策を打ってでた。


「ほう、知っている人を知っている、ですか」

「あ、ああ! そうとも! 私の警護に付いているサガンと言う男なら知っているはずだ! ど、どうだ? それを知りたいなら私がサガンの奴を呼んで来てやるぞ?」


うまくここを抜け出し、サガンにこいつを退治してもらうのだ。化け物には化け物を、だ。


「ふーん、そうですか。サガンと言う人に聞けば分かる、と」

「そ、そうだ! だからーーー」


私を解放しろ、そう言いかけたが、先程よりも大きな音、ベギィッ、という破砕音に遮られた。


「ッ〜〜〜⁈ 〜〜〜〜〜〜!!」


固定されて動かせないはずの右脚が、正確には膝から下が、上へと直立していた。つまり、関節とは逆方向へと強制的に曲げられたのだ。


「〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」

「ああ、すみません。つまらない嘘をつくものですから」


バングの嘘は見抜かれていた。作戦は失敗したのだ。

殺される。そう恐怖するバングに、影がその不気味な仮面を近づけて囁いた。


「ちなみに、あなたの一番上にいるのは、先程あなたが愚痴っていたユリウス‥‥‥七王剣のユリウス・ディエライトですよね?」

「〜〜〜⁈」


痛みでまともな思考が出来ない時に告げられた言葉に、バングは目と態度で答えてしまっていた。


なぜ、どうして愚痴の内容を、一体いつからここに、いや、なぜユリウスが七王剣だと知ってーーー


慌てふためく様子に納得がいったのか影が離れた。


「まあ間違いはなさそうですが、一応サガンと言う人にも話を聞いてみます。何も知らないあなたよりは詳しく聞けそうだ」


そう言ってバングの拘束は解かれるが、足を折られているため歩くことも逃げることも出来ない。折られた左手の指を胸に、折られた右脚に無事な右腕を寄せて蹲る。

そんな様子に興味がないかのように影は上から告げた。


「別に俺はあなたを殺すつもりは無いので安心して下さい。もう会うこともないでしょうし。お話、ありがとうございました」


謎の人物は音もなくテントの入り口に進むと、それっきりこちらを振り向くこともなく普通に扉を開け出て行った。


「‥‥‥ぐぅッ! クソックソックソッ!」


痛みに呻きながらバングは足りない頭で考えていた。助けを呼ぶべきか、いや、やつは自分からサガンの元へ行くと言っていた。ならば勝手に退治されるだろう。


「馬鹿が! サガンに返り討ちに遭うがいいさ! その後、サガンのやつにも護衛が出来ていなかった事の責任を取らせて、これをネタにユリウスを脅し、なんとか私が上に行けばよいのだ! ふ、ふふふ‥‥‥ふはははははは!」


やはり何もかもが足りていないバングは、自身の妄想に酔いしれ、彼の大声でサガンや世話役の誰一人もここに駆け付けない事の違和感に気づく事はなかった。

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