#30
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「オイラ達は昔からこの森に住む猿妖族ウキャ。森の中心に集落を作ってそこで生活してたウキャ。だけど最近人間どもがこの森にやって来たウキャ。奴ら、問答無用で襲いかかってきたウキャ。オイラ達、仲間の命も住処も奪われ散り散りになったウキャ」
モンバーがポツポツと状況を説明してくれた。その言葉に悲劇を思い返されるのか、皆一様に表情が暗くなる。
「オイラ達、武器はこの木で作った槍だけウキャ。奴ら鉄で出来た武器に服、それに不思議な術使うウキャ。抵抗しても全く歯が立たなかったウキャ」
「なるほど、それで俺達を人質にして彼らを追い出そうと」
「そウキャ。でも、お前達人間じゃなかったウキャ」
問答無用で襲いかかってくる相手に人質が通じたとは思えないが、話の腰を折りたくないので聞きたいことを質問する。
「それで、その人間達はどうしてこの森に? 彼らは何をしているんだ?」
「詳しくは分からないウキャ。ただ、森の中で土を弄って何かを埋めていたウキャ。それと、仲間の死体、特に女子供のものを持って行ったウキャ‥‥‥」
モンバーの隣に座るモンガーが硬く拳を握りしめ唇を強く噛む。おそらくはモンガーの妹も殺され、死体も奪われたのだろう。
しかし、モンバーからの話だけでは状況がよく分からない。近隣に住んでいた人間達が土地や食料を求めて行っているのかもしれない。そうではなく、最悪なのは王国が関わってるかもしれない場合か。まだこの話だけでは判断がつかない。
何かを埋めているというのも、栽培目的なのか、はたまた別の目的なのか。死体を持って行くのも分からない。
うーん、と唸って考えているとモンガーが勢いよく立ち上がった。
「やはりオイラは攻めるウキャ! 妹の仇取るウキャ!」
「やめるウキャ! これ以上犠牲を出すなウキャ!」
「このまま逃げ続けても奴らがこの森を支配したら、オイラ達は結局全滅ウキャ! それならオイラは例え死ぬとしても奴らに一矢報いるウキャ!」
「モンガー‥‥‥」
詰まる所、結果は同じなのだ。違いは、全滅するのが早いか遅いかそれだけ。モンバーは反論出来ず、痛々しい沈黙が彼らを包んだ。
その沈黙を破るかのように、ガサガサと草木の擦れる音がこちらへと向かってくる。
「だ、誰か来てるウキャ!」
「て、敵ウキャか⁈」
慌てて槍を構え、音のする方向へと注意を張る猿妖族達。音が大きく近くなり、飛び出す影。
よっぽど急いでいたのか、影は出てくるや否や転び、皆の前に蹲るようにして動きを止めた。
「先手必勝ウキャ!」
「くたばれ人間!」
「ま、待つウキャ! オイラウキャ! モンユーだウキャ!」
手を大きく振り仲間だという事を伝えるモンユーにモンバーが駆け寄る。
「モンユー! 生きていたウキャか! 村を襲われて以来ウキャ! よく無事だったウキャ!」
他の皆も槍を下ろし、肩で息をするモンユーの元に集まる。仲間と会えた事でモンユーも安堵の表情を浮かべた。
「お前一人ウキャ? 他の仲間はいないウキャか?」
「‥‥‥みんな、ついさっき殺されたウキャ‥‥‥生き残ったのオイラだけウキャ」
「‥‥‥そウキャ」
顔を伏せるモンユーの肩をモンバーがぎゅっと抱く。一時は盛り上がった場も再び陰鬱なものとなってしまう。
そんな空気に耐えられないといった風にモンガーが声を上げる。
「‥‥‥オイラは行くウキャ。みんなはモンユー連れて森の外れにでも逃げるウキャ」
「モ、モンガー⁈ 何言ってるウキャ! 勝てる訳ないウキャ! やつら強過ぎるウキャ! 雷を落としたり、仲間を一撃で真っ二つにしたり、身体を一瞬でバ、バラバラにするウキャよ⁈」
「関係ないウキャ。やらなきゃ結局やられるだけウキャ。戦いたくない者は逃げるウキャ」
意見が分かれる。無謀な戦いをしたくない族長のモンバーと、少しでも一矢報いたいモンガー。群の中でも戦いたくない者と、モンガーのように仲間の仇を取りたい者、それぞれの声が上がる。
「ちょっといいかな?」
ざわめきの中、シグが少し大きな声を上げる。ざわめきは収まり、皆がシグを見るが、一部悲鳴が上がる。
「‥‥‥う、ウキャァァァ! な、なんでどどどうして人間がここにいるウキャ⁈」
「落ち着くウキャ、モンユー。彼らは人間に似ているが違う種族ウキャ」
「ほ、ほんとウキャ?」
ようやくシグ達に気付きモンバーの後ろに隠れるモンユーに苦笑しながら、シグは話の続きをした。
「戦うにしても逃げるにしても、だ。その前に俺達に時間をくれないか?」
シグの話に代表としてか、モンバーが答えた。
「時間ウキャ? 何のウキャ」
「君達の言う人間達が何をしているのか、知りたいんだ。だから、それを調べる時間が欲しい。調べ終えるまで君達は大人しくしていてくれないか?」
その言葉にモンガーが大声で問い返した。
「何を言い出すウキャ! そんな事してオイラ達に何の得あるウキャ!」
「モンガー! 今はオイラが話してるウキャ!」
「でもウキャ!」
激しく声を上げるモンガーに対し、シグは落ち着いた声音で答える。
「そうだね。別に君達に得があるかどうかは分からないけど」
「ほらみろウキャ! 大体そんな事言ってこいつらがオイラ達の事を人間に伝えるかもしれないウキャよ⁈ 一緒になって襲ってくるかもウキャ!」
おそらく、人間と似たシグ達を信用出来ないのだろう。自分達を害した者達に姿形がそっくりなのだ。その気持ちはよく分かる。というか元々人間なのだし。
だが、今はモンガーの気持ちに構っていては話が進まない。
「モンガー、だよね。君の言う事は一理ある。でも、わざわざ人間と一緒に君達を襲う必要はないよ。ーーーやるなら既にこの場でやってる」
「ッ〜〜〜⁈」
ディーネの力による気配の抑えを少しだけ、ほんの少しだけ弱めた。恫喝のようで気は乗らないが、話を円滑に進める為には仕方ない。
赤い瞳が静かにモンガーに向けられた。
殺気とも違う、強者の圧にモンガーが黙る。それを確認するとシグはすぐに気配を消した。
「これは俺個人が知りたいだけだ。彼らが何をやっているか。もし、俺達にあまり良くない行動をしているのであれば排除するかもしれない。俺達に何も関係ないのであれば、それはもう君達の問題だ。俺達はここを離れるよ」
「‥‥‥随分と、自分勝手ウキャね」
「ごめんね。でもさっきの、えぇと、モンユーの話を聞くと、君達では絶対に敵わない相手だ。ただの人間にそんな事は出来ないよ」
予想は最悪の方。おそらくは王国の騎士が来ている。どれ程の手練れがいるかまでは分からないが、猿妖族では太刀打ち出来ない。
「奴らの事、知ってるウキャか」
「多分、ね。大丈夫、俺達は彼らの仲間じゃあない。むしろ敵だ」
下手に見つかって王国に敵対はしたくはないが、王国の支配は帝国に並び広い。これから平穏に生活したいなら情報を得ていた方が後々役立つはずだ。
「どちらにせよ、君達に拒否権はない。何も出来ないからね」
「‥‥‥‥‥‥」
「時間は今日一日でいい。調べ終わり次第、君達の所に顔を出すよ。それまでは、そうだね、ここに大人しく居て欲しい。マナも、ここで待っててくれるかい?」
「わか、った」
マナの了承を得ると、シグはモンユーに先程襲撃された場所の方向を聞き、そちらへと出発した。