#27
青い宝石はネックレスとして身につけた。首にかける部分はディーネから得た能力、《魂身分離》を用いて影で形作り切り離して生み出した。
同時にマナの角を隠す為の帽子も作ったのだが、女性陣、主にディーネにセンスのなさを駄目出しされ、10回は作り直させられた。正直戦闘よりも疲れ果てた。
「‥‥‥おぉ」
しきりに帽子の位置をずらし上機嫌に声を出すマナ。気に入ってくれて何よりだ。むしろあんなに作り直させられたのだ。気に入って貰えないとヘコむ。
そんな三人は現在森の外。昨日の戦闘の後が生々しく残る大地に立っていた。
「ここが、外の世界‥‥‥」
肩に乗ったディーネが感嘆の声を上げる。何百年も踏み出すことのなかった森の外。まだ少ししか森から離れていないが、それでもディーネにとっては大きな意味を持つのだろう。
「さあ! 向かいましょう! この広い世界へ旅立つのよ!」
「すごいテンションが高いなぁ」
「おぉ」
しかもなんだか仕切ってるし。まあしばらくは好きにさせよう。それだけ嬉しいということだ。
「それで? どこに向かうの?」
「あ〜、それがまだ決めてない」
「ハァ⁈ 何の計画も立てずに歩き出そうとしてるって訳⁈ バカじゃないの⁈」
耳元でキンキンと罵倒されてしまう。小さくなっても声量は全く変わらないな。
「返す言葉もない」
「そもそも、あんたもマナも魔族に狙われてるし、人間達もあんた達のことをよく思わないでしょうから、それ以外の種族のとこに行くしかない訳だけど?」
よく思われてないどころか自分はお尋ね者である。積極的に人里には行きたくない。
「まあ、そうだね。他の種族にも魔族ってことは隠さないと敵対されそうだけど」
「そこは大丈夫でしょ。気配は消してるし、マナも帽子を外さなきゃ人と同じ見た目だし」
ならば何処へ向かうのがいいのか。と言ってもこの辺りの地理に詳しい訳ではないので、どんな種族が何処に住み着いているかなど全く分からないのが現状である。
「とにかく進もう。帝国のある東と、王国のある西は避けるとして。残ったのは北かぁ。まあ、何とかなるよ」
「楽観的ね。まあ、この私が着いているんだし? 大船に乗った気分でいなさい。そして私を楽しませなさい」
「‥‥‥そうさせて貰うよ。それじゃあ行くよ」
結局方針としては適当に歩き、休める場所を適当に見つけるという事になった。何ともお粗末な旅路である。
しかし、こんなにも堂々とゆったり歩けるというのはいつ振りだろうか。胸に宿る刻印が、その奥に眠る影がチラリと脳裏をよぎりチクリと痛んだ。
シグ達が森を出発して五日後、カドレの森付近へとある集団が訪れていた。馬に乗り、鎧を纏う彼らはレストニア王国の騎士であり、前回の暗闇事変の調査を命じられた者達である。
「これはひどいな‥‥‥」
この三十名からなる部隊を率いる隊長、ザルド・クラバスは目の前に広がる光景にそう呟くしかなかった。
「まるで戦争の跡地だな。だが、一体どうすれば大地にここまでの大穴を開けられるというのか」
森の眼前に広がる草原は荒れ果て、大地の穴は火山でも噴火したのか、溶岩が冷えて固まっている。
分かるのは、想像もつかないような何かがここで起こったのだろうということか。
「隊長! 付近に痕跡は有りません! 何者がこのような戦闘を行ったかは不明と言わざるをえないかと」
そう報告に来たのは副隊長のケイル・ラスマンである。見た目の若さと同様に元気よく報告を述べた。
「そうか。しかし、これでは報告の仕様もないな」
報告を受け、彫りの深い顔をさらに顰めるザルド。
このままでは、何かしらの戦闘が行われたという報告しかできない。それが魔族の者による行いなのか、だとすれば誰と戦っていたのか等、重要な事が不明なままである。
だからと言って、このままここにいてもこれ以上得るものは何もないだろう。暗闇事変から早九日が過ぎた。第二の暗闇から数えても八日。もはや事を起こした者達はここにも、周辺にも居ない可能性の方が高い。
「ケイルよ。お前はこれからどうすべきだと考える?」
「はっ! 私の愚考ですが申し上げます。この近くのカドレの森には森の管理をしている精霊がいると聞きます。その者に何があったかを聞いてみるのは如何でしょうか」
ケイルの意見を聞き、考え込むように顎髭を撫でる。そして重く口を開いた。
「‥‥‥ふむ。悪くはないが、良くもないな。まず、カドレの森に住まう精霊とやらと我らが王国は一切交流がない。精霊が我らに友好的かどうか判断できぬ。また、カドレの森は魔獣の住処として有名だ。その精霊に出会う前に我らが生き残る事ができるかの保障もない」
調査を主として結成された部隊の為、戦闘力はそれほど高くないのだ。不要な戦闘は避けたい。重要なのは得た情報を確実に王国へと持ち帰る事である。
「はっ! お役に立てず申し訳ありません!」
「よい。様々な意見を出す事によって最善のものが見つけられるというものだ。他にも何かあれば遠慮なく言うがよい」
「あ、あの〜。私からもよろしいでしょうか?」
そう言って馬を寄せ二人の輪に入ってきたのは眼鏡をかけたオドオドとした女性。
およそ荒事には向かない彼女はシュライナ・アルディーゼ。魔法による援護を得意とするこの部隊唯一の魔道士だ。また、この部隊での紅一点である為、居心地が悪そうである。
「シュライナか。よい、話せ」
「は、はい。この近くには何点か他種族の集落があり、その一つに我が国が現在資源開発を行っている所があります。猿妖族の住む森で、そこなら王国民がいますし、資源開発の為の拠点もあります。何か気付いた事がないかゆっくり話を聞けると思いますが」
「なるほど。ここで手をこまねいているよりは有益だな。ここからどれほどかかる?」
「半日あれば辿り着くかと」
ザルドは決まったとばかりに大きく頷くと部隊へ号令をかけた。
「集合ッ! 集合せよッ! ただちに出発する! 目的地は猿妖族の住む森、そこにいる同胞の元だ! 急ぐぞ!」
自分の意見が通った事により、一週間振りにまともな休息が取れそうだとこっそりガッツポーズするシュライナ。願わくば水浴びが出来る施設があればと高望みをし、隊長に続いて馬を走らせた。
そして、きっちり半日をかけ、ザルドの部隊は猿妖族の森へと辿り着く。
ーーーそこで彼らは地獄を見た。