#21
決着の刻。
互いの魔装はぶつかり合い、しかし拮抗することはなく。
魂を込めた最大の武器はいとも容易く砕け散った。斧は勢い衰えず振るわれ、シグを両断、同時に燃やし尽くし、そのまま地面をも割り、爆炎を生み出した。
跡には何一つ残らず、ただ一人、ガルドアだけがそこに立ち続けた。
斧を地面に振り下ろした格好のまま、強敵との戦闘、そして勝利に、ガルドアは沸き起こる高揚感と、その後にくる寂寥感に身を止めた。
そう、止めてしまった。その一瞬を見逃さなかった。
何も残っていない訳ではなかった。ガルドアの自らの足元に落ちる影から、シグが飛び出る。斧を超え、ガルドアの顔面へと、正確にはその額にある角へと。
「ハァァァァァアッ!」
渾身。両手で強く握りしめた切り札。叩きつけるように角へと、本来なら炎と化したガルドアには通じないはずの打撃を、振るう。
それが視界に見えてしまったからこそ、ガルドアの反応も遅れてしまい、シグの反撃を許してしまった。
鞘に収まったまま振るわれる、なんの変哲も魔力も感じない剣。
だが、軽い破砕音を響かせ、剣は角を叩き折った。
「ーーー何ィッ⁈」
折られた衝撃でガルドアはよろめき、後ろへと倒れた。同時に炎化も解除されてしまう。
それを見下ろし、まだ身体中から焼け焦げた煙を上げながら、シグは剣を向け宣言した。
「俺の‥‥‥勝ちだッ!」
「‥‥‥そうか、成る程な。王国の聖剣、レイヴンとはまた、勇者の血縁者であったか」
目を閉じ、清々しい表情でガルドアも答えた。
「シグナス・レイヴン。貴様の勝ちだ」
「ぐッ‥‥‥」
シグもまたその場に倒れこむ。肉体がいくら際限なく再生しようとも疲労、精神へのダメージは蓄積したままだ。勝利による緊張の糸が切れたことも影響している。
「良き戦いだった」
負けを認めたはずのガルドアはあっさりと立ち上がり、倒れこむシグへと近づく。
「ッーーー!」
まずい、身体が動かない。いくら肉体が万全でも、それを動かす魂が疲弊しきってはどうしようもない。
ガルドアが膝をつき、手を伸ばす。このままではーーー
突然、風が二人の間を阻んだ。思わぬ現象に手を引っ込めるガルドア。風は渦巻き、中にいる人物を運ぶ役目を終えると霧散した。
「そこ、まで」
シルフィの魔法で運ばれてきたマナが、自分の何倍もの大きさがあるガルドアへと、臆することなくそう告げた。
「ま、まままマナ様ァ⁈」
あんぐりと口を開け、先程までの威厳のカケラもなくガルドアは素早くマナへ駆け寄った。
「お、おお! おおぉぉお! マナ様! 本物の! ワシです、ガルドアです! お久しゅうございます! ああ、七年も会わないうちに、こんなに大きくなって!」
「大きさは、変わって、ないと、思う」
丸太のような腕に抱えられ、高い高いされるマナはやはり表情を変えずにされるがままだった。ガルドアの方は、最早別人じゃないかというくらい顔が緩み切っていた。誰だお前。
「おい小僧! 貴様がマナ様を喰ったなどと言うから勘違いしていたではないか!」
「‥‥‥言ってない」
動けないまま、口だけは開き否定する。言わせなかったのはお前だろうと。
「ならば、なぜ小僧が《不死者の赤瞳》をーーーアァッ!」
マナをそっと優しくその場に下ろすと、瞬間移動でも使ったかのようにシグを持ち上げていた。
そして血走った目を間近に寄せに寄せて、ボソボソと、だが怨念のこもった重い声で問う。
「き、貴様ッ‥‥‥まさかマナ様と‥‥‥ス、したのか‥‥‥?」
「は?」
「だ、だからッ! キ、キキキ‥‥‥をだなぁ」
なぜ唐突に奇声をあげ始めたのか全く分からないし、この変な雰囲気に疲れきった心身で対応したくなかった。
「ほら、アレアレ! アレしたのかッ⁈」
「‥‥‥‥‥‥」
「アッ! 貴様無視しとるな! 分かった言う言うからちゃんと答えよ!」
ゴホン、と咳払いし厳かに言い直した。
「貴様、マナ様と接吻を、《闇の婚約》を交わしたな?」
「‥‥‥いや知らないけど」
「う、嘘をつくな! だったらどうして貴様が《不死者の赤瞳》を宿しておるのだ! 怒らぬから正直に吐けい!」
ハナっから怒っているくせに何を今更感が強いが、はて。接吻。口付け。キス。そんなものをマナとした覚えなどーーー
「‥‥‥ああ、あの時キスされたのか」
真っ暗だったし、死にかけた痛みで朧げだったが、あの唇の柔らかな感触はそうだっのか。
「やはりか貴様ァア! 死刑だッ!」
「怒らないんじゃなかったのか」
もう疲れてどうでもよくなってきた。さっきまでの真面目な死闘は何だったのか。シグは遠い目をして現実逃避した。
「ガルドア、そこ、まで。シグ、離し、て?」
「マナ様がそうおっしゃるなら。不承不承ながら、離しましょう」
パッと手を離す。もちろん宙に上げられていたシグはその場で離されれば地面に落ちるしかない。受け身も取れずにドサリと空を仰ぐ。わざとである。
「マナ様。このような人間に、父上様のお力をお与えになっておりますが、よろしいので? そ、それに、《闇の婚約》まで‥‥‥」
「私が、決め、て、私が、した。ガルドア、何か、ある?」
「滅相もない!」
自らの半分もない少女に膝をつき、頭を下げて肯定する巨躯。不思議な光景だ。
「マナ様が、自分でお決めになられたのであれば、ワシはそれを心より応援する次第であります」
「ありが、とう」
「本当に、立派になられました‥‥‥最期にマナ様にお会いできたこと、感謝しかありませぬ」
「ガル、ドア‥‥‥」
「もう少しお話をしたいのは山々ですが、時間が限られておりますので。憎きバドゥークめも、最初からそのつもりだったのでしょう‥‥‥ワシの最期の力、どうか見ていてくれませぬか?」
「わかっ、た」
マナは膝をつき、こちらを優しく見つめるガルドアへと抱きついた。
「‥‥‥本当に、大きくなられた」
「‥‥‥そう」
ガルドアはそのままマナを担ぐと、蚊帳の外だったシグをむんずと掴み上げ、戦闘によって生じたクレーターの中から飛び上がった。
視界が開く。彼方にはカドレの森が広がり、その反対、映る視界には何一つ建造物も確認出来ない程遠く、夕焼けと暗くなりゆく空の中、一際眩い星の光が見えた。
ガルドアはマナをゆっくりと下ろし、シグを放り投げる。
「小僧! いや、シグナスよ! 最期に貴様に問う!」
「‥‥‥なんだよ」
乱暴な扱いに文句でも言おうかと思っていたが、真剣なその表情に憚られた。
「貴様は、マナ様をどうするつもりか?」
「‥‥‥どうもこうもない。幸せにすると、約束した。だから全力でマナを守るよ」
「ならば良しッ!」
背を向けるガルドア。その身体が、まるで灰のように色を失い、ポロポロと崩れているのに気付く。
「あんたーーー」
「魔族にとって、角は魔力の制御に必要なもの。特に上位の魔族にはな。これが折れれば、生命活動にも支障が出るのだ」
そんな事を気取らせず、今まで気丈に振る舞っていたと言うのか。
「じき、ワシの身体は滅びよう。だが、その前にやるべき事がある。それくらいはこの身でも出来よう」
「何をーーー」
「シグナス、貴様も見ておけ。魔王ゼグルド様の右腕とまで呼ばれたこのワシの最期の力を!」
ガルドアは振り向かず、眼前の夜空へと吠えた。正確には、ここから遠く北西。ノイノラという主を失ったジャブラの城。そこから発せられる星の光へと。
輝く一等星。そう見えた光が、まさに流星となって降り注いだ。