#20
止められた拳を戻すとそのまま顔を抑え、堪らないと言った風にガルドアは笑った。
「ふっ‥‥‥ふははっ‥‥‥ハァーッハッハッハッ! 良い! 良いぞ! その顔、まさしく戦士の面構え! そうだ、そうだとも! 力は意志なくば行使できぬ! 燃え滾る魂なくば力は応えぬ!」
バッ、と右腕が空へ掲げられる。その手に炎よりも光り輝く塊が収束する。
「小僧! ここからは、戦士として相手をしてやろう! 《魔装顕現》!」
炸裂する魔力の奔放。周囲に熱気を撒き散らし、現れたのはガルドアの身の丈程もある巨大な斧。
「ゆくぞ《煉獄の轟斧》! 久々の戦だ!」
横薙ぎに振るわれる斧からは猛火が迸り、凪いだ方向へと襲いかかる。
それを避けようともせず、シグは突っ込んだ。炎は変わらず身を焼くが、止まらない。
「《魔装顕現》!」
炎を抜け、取り出したるは粉々に砕け散ったはずの毒剣。だがそれにガルドアは驚かない。
「知っておるぞ! それはただの影! 喰らった本体を写し出したモノに過ぎぬと! ならば何度でも出せよう!」
横へ泳ぐ斧を急速に持ち上げ、今度は叩き付ける。地に斧が触れた途端、その場を中心に強烈な爆発が起きた。
生じる高熱と舞い上がる粉塵。その土煙を、何事も無かったかのように飛び出す影。
「それも、良く知っておるぞッ!」
土煙を破り、高速で飛来するは毒剣。一本ではない、全く同じモノが数十という物量でガルドアに襲いかかる。
「影による複製。なれば何本でも同時に生み出せようとも!」
迫る脅威に恐れるどころか嬉しそうに叫び、剛腕によって薙ぐたった一撃で全てを消し炭にした。
だが、本命は下。飛ばした毒剣を囮に、地面を勢いよく影が奔り飛び出す。
影はガルドアの足元から荊のように伸び、巻きついていく。
「まだまだまだ! まだ足りぬわッ!」
一瞬の拘束。だが、身を震わせるだけでそれすらも砕かれる。
土煙が晴れていく。ガルドアは影の元へ再び斧を振り下ろそうとしーーー
「ぬッ⁈」
その先に目標がいない事を認識したと同時に、空いた左腕を直感的に背後へと伸ばした。
ズブッ!
身体強化を用いた突き。放たれた渾身の一撃は伸ばされたガルドアの左腕を手の平から貫いた。
「ーーー見事!」
《闇・双蛇の絞刃》の猛毒が、傷口から痣となって左腕を駆け上り、ガルドアを死へと至らしめーーー
「《魔装覚醒》」
シグの視界が、眩い光に潰された。影すら存在を許さぬ程の、猛烈な光。意識も痛覚も何もかもが消滅した。
「よくぞ‥‥‥よくぞワシにこれを使わせた! いつぶりになるか、ワシの全力を振るえる時がきたのは!」
まだ焼きついた世界の中で、ガルドアの歓喜の声が響いた。
「貴様の名を聞いておこう。名乗れ小僧」
視界が戻る。吹き飛ばされた事すら理解出来ていなかった。よろけながらも立ち上がり、彼方で燃える、まさしく燃えているガルドアへ応える。
「‥‥‥シグナス。シグナス・レイヴンだ」
「覚えたぞ、シグナス」
自らを白光に燃え盛る炎と化したガルドア。手に持つ斧も同じく炎とそのものと化し、大地を灼く。なんと大きな存在感か。太陽そのものと言える程の熱量。そして魂。あれがガルドアの真の力なのか。
「さあ続けようではないか、不死の身体を持つ者よ。毒など通じぬ。斬撃も、魔法も、炎となったこの身には通じぬが‥‥‥さてどうやってワシに勝つ?」
やってみせよ。眼前にそびえ立つ戦闘狂からの挑戦状。同じく不滅であるシグは、チラリと己が身へと、その内に在るモノへと視線を送ると、再び駆け出した。
「うぉぉぉぉおあッ!」
走りながら生成した毒剣を投げつける。だがガルドアは何もせずそれを受け入れた。答えは簡単だ。この戦闘の最初に巻き戻ったかのよう、剣は触れることなく近づくだけで消滅した。
それでも何本も投擲を繰り返す。結果が同じになろうとも。
「足りぬ足りぬ! もっとだ! もっと、見せてみろ! シグナス、貴様の魂の輝きを!」
あと数歩でガルドアまで辿り着く。近づくだけでまた地獄のような熱と痛みが襲いかかるが、それでも止まらない。
「グォォォオーーー!」
イメージだ。弱ければ強く、薄ければ厚く、軟ければ硬く、鈍ければ鋭く。
足りなければ、重ねろ。複数ではなく一に全てを押し込めろ。
「ーーー《魔装重顕現》ッ!」
持てる力、生み出せる限界を一つの影に重複させ抑え込む。今までよりも顕現に時間のかかったソレは、ガルドアでさえ本能に警鐘を鳴らす出来栄えであった。
溶けて消えることなく一直線に突き出される剣。合わせて振り下ろされる炎の斧。
「ーーー《漆闇・双蛇の絞刃》ッ!」
「ーーー《燼滅・煉獄の轟斧》ッ!」
黒と赤はぶつかり、閃光となって世界を一時塗り潰した。