#2
肉の焼ける匂いが立ち登り、洞窟内の住人達の食欲をそそらせる。
洞窟の奥、そこには少しばかりの広さのスペースがある。シグ達が火起こし場と呼ぶエリアだ。ぽっかりと空いた横穴からは外の景色、といっても断層である土の壁しか見えないが、先程の居住エリアに比べて少量の日光が覗く。
向かいの土壁とこの火起こし場の間には距離があり、間には果ての見えない断崖が、遥か下には勢いよく流れる河川が存在した。
シグの背丈五人ほど上にはカドレの森。ここから下にも上にも移動はできないが、こうやって肉を焼いた匂いで吊られてくる獣達もまた同じようにここにはこれないので安心して調理や食事ができる。
「もういいかなー?」
「いいんじゃない?」
「わーい! いただきまーす!」
アイシェから確認を取ると、若干まだ生焼けな気もするウォーウルフの肉焼きにルイシェが齧り付く。豪快である。
「ほら、ロイシェも食べな!」
「うん、いただきます」
肉の刺さった串を受け取ると、こちらはおずおずと食べ始めた。
「二人とも、美味しい?」
「うん!」
「お、美味しいよ?」
返答に満足したのか、にこっと笑顔を見せてアイシェも食事を始めた。
「ははは‥‥俺はもうちょっと焼いてから食べるよ」
亜人、特に獣人族のアイシェ達は生肉でも問題なく食べられるが、人間であるシグには真似できないのできちんと焼いてから食べないといけない。
「‥‥‥‥」
火の向こうで本当に美味しそうに食事をする双子を見ながら、シグも自然と笑みがこぼれる。
「どうしたの? ニヤニヤしちゃって」
「ニヤニヤはしてないと思うけど‥‥そうだね、なんだか嬉しくてさ」
「嬉しい? 肉食べられるのが?」
アイシェらしい問い掛けに笑いながら、どう答えたら良いかと頬をかく。
「それもだけど、なんて言うか‥‥幸せだなって。決して豊かな生活を送れてる訳じゃないけどさ。それこそ次にいつ食べ物が得られるかも分からないし、もしかしたら獣に襲われて命を落とすかもしれない、そんな生活だけどさ‥‥」
思い起こすのはここに来る直前の生活。この森ではなく、人が豊かに生きる事の出来る場所、王都ヴィストリアでの生活を。
「アイシェにルイシェにロイシェ、三人と会わなかったら俺は多分、ここに来ることも出来ずに野たれ死んでたと思う。そんな恩人である君達と、こんな風に笑い合えることが、とても嬉しくてさ。だから‥‥ありがとう」
「‥‥‥‥なーに臆面もなく言ってんのかねー、この子は、まったくまったく!」
「えっ⁈ ちょっ、なんで叩くのさ!」
綺麗に肉を食べ尽くした骨でバシバシと頭を叩かれる。少し薄暗くはあるが、アイシェが笑っているのは分かる。が、なぜ叩いてくるのかはシグには分からなかった。
「ありがとうは、そうだね、お互い様だよ。私達だってあの日シグが奴隷商人をぶっ飛ばして助けてくれなかったらさ、考えるだけでも嫌な目に遭っていただろうし」
「たまたま通りかかった、それだけだよ。ただそれだけさ‥‥」
シグが王都から逃げる日、人目につかない路地裏を通っていた時に、たまたま出くわした奴隷商人。そしてたまたま売られる直前だったアイシェ達。本当にたまたまだ。通り過ぎるついでに溜まっていた鬱憤をそいつで晴らした、それだけだった。
「だからお礼は必要ないってか。本当に変わらないね、あの時とさ。でもシグの言ってるお礼も私達にとってはどうってことないことだからね。言ったでしょ? お互い様だってさ」
骨の先端で額を突かれる。少々力のこもった突きに思わず額をさする。アイシェはニシシと笑って未だ肉の処理に騒ぐ双子を見た。
「そうだね‥‥これが、幸せってやつなのかもね。だったら‥‥ずっとこの生活が続いていければ、いいね‥‥」
「ああ‥‥」
そう嘯く二人。まだ少年少女の年端ではあるが、それぞれに人生の苦難を味わっている。だから、この生活が続いていくことは困難だとは気づいていた。弱肉強食の世界、カドレの森を生き抜く為の力は自分達にはない。だからと言って森を出た所で行くあてもない。
ただ、この生活が続いていけますようにと祈るしかなかった。