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Dark Brides −斯くて魔王は再誕せり−  作者: 入観ねいと
第3章 森の精霊と獄㷔の悪魔
19/100

#19

19


ーーー9年前.レストニア王国.某所




それは何処にでもある風景。幸せな風景。

住宅街の一角、共通の庭での兄弟の姿。


「見せて見せてー!」

「だから、この剣は大切な時にしか抜いちゃダメなんだって」

「兄ちゃんのけち! じゃあじゃあスパーって剣振ってよ!」

「仕方ないなぁ」


困りながらも満更でもない兄は鞘に収まったままの剣を構えて、流れるようにそれを振るった。

幼いながらも、その動きがとても洗練されたもので、兄の腕前はとにかくすごいという事だけは何となく分かった。


「すげー! カッコいいー! ねえねえ兄ちゃん! 俺にもやらせてよ!」

「ダメダメ。まだシグには早い。そうだなぁ」


そう言うと、少し考えた後、一度家に戻って何かを取ってきた。

それは小さな木刀だった。兄が昔修行と称して自ら削り作ったもの。


「これをお前にやろう」

「えー! 本物の剣がいい!」


文句を言う俺に、兄は木刀を押し付け、頭にポンと手を乗せて言った。


「俺も最初はうまく剣なんて扱えなかった。でもこれで沢山練習して、今じゃ王国一と言われるようになったんだ。だから、シグもこれで毎日練習すれば、きっと俺みたいになれるよ」

「ほんと? ほんとにほんと?」

「ああ、約束しよう」

「分かった! 俺がんばるよ!」


嬉しそうにはしゃぐ俺を見て、微笑む兄。だが、その顔が少し寂しそうだったのは鮮明に覚えている。


「なあ、シグ。もう一つ約束だ。俺にとって、お前も母さんも、とても大切な家族だ。何よりも守ってやりたい。でも、今俺は王国の勇者に選ばれ、魔王を倒しにいかないといけない。この国の、みんなを守る為に」

「‥‥‥それが、どうしたの?」

「だから、シグ。側にいれない俺の代わりに、母さんの事、頼んだぞ」

「任せてよ! 俺、修行して兄ちゃんより強くなるから! お母さんだって守ってみせるよ!」



ああーーー頼んだぞーーー




夕日を背にした兄の顔が赤に飲まれ消えていく。

そこにもう兄の姿はなく、代わりに泣きべそをかく俺がいた。


「やーい! この悪魔!」

「お前の兄ちゃんが裏切ったから、いっぱい人が死んだんだぞー!」

「裏切り者の弟も裏切り者だー!」

「どっか行けよこの悪魔!」


投げられる石。投げられる罵声。

辛かった。石をぶつけられる事じゃない。叩かれ、蹴られ、それでも誰も助けてくれない事じゃない。


あの優しく強い兄を、馬鹿にされる事が辛かった。


そして何よりーーー


「ごめんね‥‥‥ごめんね‥‥‥シグ‥‥‥」


そんな傷つく俺に対して、何も悪くない母さんが涙を流し、俺に謝る事だった。

日に日にやつれ、前のような花が咲いたような笑顔も消え、俺に謝り続ける姿に、俺は行き場のない感情で一杯だった。


そして、そんな辛い日々も終わりがきた。



赤い。赤い赤い真っ赤っか。生まれてずっと過ごしていた家は轟々と真っ赤に染まった。

みんなで過ごした居間も、もらった時は嬉しくてはしゃいだ一人部屋も、寂しくて何度も行った母さんの寝室も。

全てが全て、気付いた時には赤に包まれていた。


熱い。アツイ。アツイアツイアツイーーー


外から聞こえる大勢の声。悪意のこもった忌まわしき声。


ーーー悪魔だ悪魔だ燃やしてしまえ

ーーー裏切り一家は皆殺し

ーーー全て燃やして消してしまえ


耳を塞いでも響いてくる。あまりの憎悪に気が狂いそうになる。

フラフラとしながら廊下を歩く。ああ、コケてしまった。ぼんやりと見上げる天井は、いつのまにか近くまできていてーーー


「ーーーねえ、シグ」


母さんの声に、意識が戻る。体がイタイ。突き飛ばされたのだ。誰に?

声のする方へ顔を向ける。そこには大好きな母さんがーーー燃え落ちた天井に押しつぶされた母さんがーーーこちらを見て微笑んでいた。


「ごめんねーーーあなただけでも、生き延びてーーー」

「お、おかあーーー!」


周りの壁が、限界を迎えたのか燃え盛りなかまら倒れていく。動けない母さんへと。


「あなただけは、優しかったお兄ちゃんの事、覚えていてあげてーーー」



もうそこには炎しかなかった。真っ赤な真っ赤な最期の光景。それが母さんの最後の言葉ーーー


そう、そうだった。俺はいつも、誰かに助けられて生きてきた。

失いながら、辛い思いをしながら、それでも俺はーーー






脳裏に浮かぶ走馬灯が消える。

目の前には獅子が。ガルドアが、口を開け言葉を発する。


「力を得て舞い上がったか? 何でも出来る気になったか? 何かを成そうとする意志、何かを奪ってでも遂げたいという覚悟、貴様にはあるか? その力はそういうものだ。ゼグルド様にしか許されぬ、唯一無二の絶対の力!」


ガルドアの咆哮の如き問いに呼応するように、炎は勢いを増す。手の中の弱者はグッタリと力無く崩れ落ちた。


「ーーーさあ、その力を返すが良い」


見つめる先でピクリと、黒焦げの手が動いた。手だけでなく、顔も。ゆっくりと、燃やされながらも、こちらへと顔を上げる。

破壊と再生を繰り返す肉体、その眼光が、炎よりも鮮やかな赤い瞳が、確かにこちらを力強く睨んだ。


「む?」


予想に反した行動に対し訝しむガルドアへと、シグの口が動く。


「‥‥‥俺は、死ね、ない。俺は、死なない!」


拘束からはい上げた両腕を伸ばし、ガルドアの手を力強く握り、吼える。


「俺が死んだら! 誰が優しかった兄を! 最後まで辛い思いしかしなかった母さんを! 幸せな人生があったはずのアイシェ達を! 誰が覚えていてやれるんだッ!」


今まで触れる事すら叶わなかった影が、シグの身体から溢れ出る漆黒の闇が、ガルドアの腕に纏わりつく。


「無かったことになんかさせない‥‥‥この世界で、みんなはちゃんと生きていた‥‥‥それを、俺が証明する。クソッタレなこの世界に、刻んでやる!」


ーーーだから、邪魔をするな!


「ぬうッ⁈」


影がガルドアの右手を締め付ける。思わぬ反撃に手が緩み、シグは解放された。

地に落ちるシグへと、もう一方の左拳で殴りつける。


「なッ⁈」


驚きの声。拳は止められた。まだ再生の終わらぬ身体、黒く炭化した右腕一本で。


「お前は言ったな。この力を、使いこなせていないと」


燃えるのにも構わず、止めた拳を握り返し高らかに宣言する。


「ならば俺が使いこなせるまで、永遠にでも踊ってもらうぞガルドア!」

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