#17
「これ、から、どうする、の?」
「さあ‥‥‥とにかく森を出てからどこに向かうか考えるよ」
シルフィからの退去命令に従い、シグとマナは森の外へと向かっていた。近くにはズーオークの集落があったはずだが、こちらに対し特に行動は見られない。様子を伺っているのは何となく気配で分かった。
「前はビクビクしながら森を歩いてたのに。こっちがビクビクされるのも、なんだか悲しいような変な気持ちだ」
「どうし、て、素直、に従っ、た?」
なんとも言えない顔をしていると、マナが不思議そうに問いかけてきた。従った、と言うのはディーネに対してということだろう。
「あれ以上駄々をこねても無駄だしね。力で無理矢理排除されてしまう」
「‥‥‥そう」
「それに、無駄な争いはしたくないし。何より彼女、ディーネは優しかったからね」
「優し、い?」
理解出来ないと言う風にこちらを見上げるマナ。そうだよ、と頷き返す。
「別にわざわざ話をしなくても、ディーネくらいの力があれば、すぐにでも俺達を外に出せたはずだよ」
それこそあの水の竜で飲み込み、外まで強制的に連れ出しただろう。
「それをせずに、ちゃんと俺達がこの森に居たらいけない理由を話した上で、自主的に出ていく事を勧めてくれた。精霊とは初めて会ったけど、責任感のある、それでいて優しい存在なんだね」
「‥‥‥なる、ほど」
納得した様子のマナに微笑んで、だがこれから自分達はどうしたらいいか再び困り顔を作った。
「てゆ〜会話も〜、ぜ〜んぶ〜、聞こえちゃってるんだけどね〜」
湖の上をゆっくりと浮遊しながら、シルフィは真っ赤な顔をしているディーネの周りをくるくると旋回した。
「優し〜い優し〜いお姉様〜♪ さすが〜、私の〜、お姉様〜、って感じ〜?」
「だッ! 黙りなさいッ!」
「威厳たぁっぷりに〜、強気な〜、命令したくせに〜、内心を〜見透かされた気分って〜、どんな感じ〜?」
「シィィルゥゥフィィ〜〜〜ッ!」
真っ赤な顔をさらに真っ赤にさせ激怒するディーネに、きゃ〜♪ と黄色い声をあげてシルフィは素早く離れた。
「私は! 別に! 優しくなんか! ないしッ! そんな事! 言われても! 嬉しくなんか! ないんだからねッ!」
「あ〜ん♡ お姉様が〜、可愛いすぎて〜、シルフィ困っちゃう〜♡」
「こ、このッ!」
空中で追いかけっこを始めた精霊たち。本気で捕まえにいくディーネだが、風の精霊を捉えることは出来なかった。
「でもでも〜、色々と〜、追い出すのが〜、遅かったかも〜」
「あ? どういうーーー」
「わたし〜、暑苦しいの〜、嫌いなの〜」
本気で嫌そうに、シグ達が向かった方向、森の外へと視線を向ける。
「‥‥‥あんた、いつから気付いてたのよ」
「ん〜、お姉様が〜、あの人達を〜、迎えに行った時〜?」
「さっさとッ! 言いなさいよこの愚妹ッ!」
何かがおかしい。比較的この森は温暖な気候に年中あるが、それにしてもこの温度は異常だ。
「暑い‥‥‥」
「あつ、い‥‥‥」
いつからだろうか。森の外へ近くに連れ、どんどん気温が上がっている。汗が滴り落ちる。身体の作りが変わっても汗はかくんだなと変に冷静に分析しながら進む。
そして、ある気配に気付いた。
「これは‥‥‥魔族、なのか?」
森の外。距離は分からないが、何かとてつもなく大きな気配がある。ノイノラと同じ、魔族の気配。自分も同じような存在になったからか、それが分かった。
何より危険に感じるのは、その気配をこちらに、押し付けるように隠す事なく堂々と放っている事か。
「マナ、俺は先に様子を見てくる。君はここにいてくれ」
「‥‥‥わか、った」
素直に言う事を聞いてくれたマナを残し、あと少ししかない木々を駆け抜け、外の景色を覗く。
「どこだ?」
近くには人影などない。見渡しても草原が遠くまで広がっているばかり。彼方地平線に太陽が少しばかり登っているだけーーー
「太陽?」
おかしい。今はもう昼時。太陽なら真上にあるはず。ならば、今目の前にあるアレは何だ?
ーーー目が合った。
そう確信する。太陽のような何か、その下にいる気配と。逆光で見え辛いが、いる。そしてこちらが気付いた事に気付いている。
一刻も置かずに、遥か遠くから声が轟いた。
「ワシはガルドア! 元六輝将にして魔王ゼグルド様の右腕なり! そこにいる者! こちらへ来るのだ!」
何という大声か。来い、というガルドアと名乗る魔族の命令に、シグは従う他なかった。もし従わなければ、あの太陽の如きモノがどうなるかなど想像に難くない。
まるで処刑台を登るようだ。コツコツと距離が縮まる。こちらが向かっているのに合わせてか、太陽は消え、その姿が見える。
獅子だ。腕組みこちらを捉えるのは肉食科の動物と同じ、鋭い目。全身を燃え盛るような赤毛で覆い、仁王立ちで待つ。額から伸びる一角は天を貫かんとそびえ立っていた。
目の前へ辿り着く。遥か見上げた先で、ガルドアは鼻を鳴らした。
「フン。よくぞ来た。まあ、ああやって脅せば争い嫌いの森の精霊どもが原因を放り出すのは分かっていたが‥‥‥まさか人間とはな」
ジロリと一瞥される。まさに値踏みしているのだ。
「ゼグルド様の魔力‥‥‥その身に宿しているのは《闇の刻印》か。なぜ、人間如きがソレを持てるのか疑問だったがーーーその目ッ!」
瞳がかち合う。シグの赤い瞳へ殺気が刺さる。
「マナ様を、喰ったのかッ⁈」
太陽のようなモノが消え、下がっていた気温が再び上昇する。ガルドアの身体が揺らめく。自らが炎になったように、周囲の景色も歪める程の熱を発しているのだ。
「ちがッーーー⁈」
「許せぬッ!」
否定の言葉を告げる間も無く、ガルドアの巨木の如き豪腕が振るわれる。巨体に似合わぬ速さで迫るそれを止めようと、シグは己の影を複数に分け、矢のようにぶつけた。
「ッ⁈」
影はガルドアの腕に触れる事すら叶わなかった。直前で文字通り、蒸発し霧散した。
迫る拳は最早阻む事すら出来ず、シグへと直撃した。
「ガァァァァアアアアアッ!」
灼ける。衝撃で大きく吹き飛ばされた身体の半分が消し炭になる。地に転がる頃には身体は元に戻るが、焼かれた痛みは火傷のように残った。
「フンヌゥッ!」
ガルドアからの追撃が来る。転がるシグへ向かって跳躍。両手を握り合わせ、大きく振りかぶり叩きつける。まだ転がったままの体勢のシグにそれを躱せる術などなくーーー
轟ッ!
何という威力か。拳を叩きつけただけで地面は爆砕し、巨体な穴が生まれる。
が、そこにシグの姿はなかった。
「ーーー今のは」
慌てた様子もなく、ガルドアは視線を、己の攻撃を避け、穴の縁からこちらを見下ろすシグへと向ける。
「アイシェ‥‥‥力を貸してくれ!」
「ーーー獣人族の奥義か、面白い」
体表に、魔力の過剰行使によって生まれる光の模様を浮かび上がらせたシグへ、ここにきて初めてガルドアが笑みを見せた。