#16
森の管理者で水精霊だと名乗ったディーネに、有無を言わされず連れてこられたのは大きな湖だった。
ディーネはふわっと湖へと浮かび上がると、こちらを剣呑な目付きで見下ろした。
「さて、本来なら私が一々森の生き物達に干渉することはないんだけど。あんた達は別よ、不死者に混ざり者」
「えーっと、混ざり物?」
「あんたのことよあんたの! きっしょく悪い気配漂わせて!」
ビシッと指さされる。青筋が浮かび上がるくらいに苛立っていた。
「そうなのか?」
「そ・う・よッ! 人間なんだか魔族なんだかわけわかんない身体しちゃって! おまけに《不死者の赤瞳》まで持って、あんたどうなってんのよッ!」
空中で地団駄を踏むというよく分からない姿を見ながら、どう返せばいいのか迷っていると、背後から現れた両腕がシグの首にまとわりついた。
「お姉様ったら〜、そんなに怒っちゃってたら〜、この子達も〜、どうしたらいいか〜
困ってしまってますよ〜?」
やはりディーネと同じく気配がなかった。唐突にそこに現れたかのようだ。だがそれより驚いたのは背中に当たるとてつもやく柔らかな感触だった。
「ね〜、君も〜、そう思いますよね〜?」
妖艶に耳元で囁く美女。ゆったりと蕩けそうな喋りで同意を求めてくる。
「あの‥‥‥近いです。誰ですか?」
「え〜? 別に良くないですか〜 ? わたしは〜」
「シルフィッ! あんたは何やってんのよ! 離れなさい!」
「は〜い」
叱咤の声にもホワホワと返し、美女は同じくふわりと舞い上がるとディーネの横へ。
「あ〜、そうそう。わたしは〜、風精霊のシルフィ〜で〜す。よろしくね〜」
眠そうな細目をこちらに向け自己紹介をするシルフィ。いや実際眠いのか欠伸までする始末だ。どうやっているのか、重力に逆らって黄緑色の長い髪もフワフワ浮かんでいた。そんな緊張感のカケラもないシルフィに対し、ディーネの青筋が増えた気がした。
「どうも。俺は‥‥‥シグナス。こっちはマナ」
「‥‥‥‥‥‥」
パタパタとシルフィに手を振られるが、マナは特に何の反応もせずその様子を見ていた。
「この愚妹のせいで話が逸れたわね‥‥‥。話を戻すわ、不死者に混ざり者。私はこの森の管理者。と言っても、自然の摂理に従った過程や結果に口出しも手出しもしない。弱肉強食。それがこの世界の理。でもね、この森自体に危害を加えてしまうような存在に対して私は介入、排除を行う」
再びビシッと指をさされる。見た目とは裏腹に、その表情はとても大人びたものだった。
「この森で起こった事は全て把握してる。そこの不死者がこの森に現れ、それを魔族の者が迎えに来た事。それをあなたが撃退し、その為にどうなったかも」
ディーネが指を鳴らすと、背後の湖から巨大な水柱が迫り上がる。まるでそれ自体が意識を持つようにうねり、竜の形を取る。
「不死者。あなたがこの森にいると、魔族はまたやってくるでしょう。混ざり者、あなたも同じ。ここを無駄に戦場にしたくはないの。即刻出て行きなさい。でなければ、強制的に外へ放り出す」
聞いたことがない訳ではなかった。王国と帝国に挟まれた南部、カドレの森。どちらの勢力にも介入されず、不侵のままの土地。
それは、魔族ですら手を焼く、森を管理する強大な力を持つ精霊が住んでいるからだと。
ディーネにシルフィ。どちらの接近にも気付けなかった事が、彼女らと自分の力の差の証明であった。
殺意とは違う、まるでちっぽけな存在に対して邪魔だからどかすと言ったような態度。ゴクリと喉が鳴る。
「‥‥‥俺達は、行く当てがどこにもない。どうにか、ここに居させてはくれないか?」
「話を聞いてなかった? 私は、今すぐ自主的に出ていくか、無理矢理外に放り出されるか、どちらか選べと言ったのよ」
水の竜が顎を開け近づく。なんという威圧感。有無を言わせぬとはまさにこの事か。
「ごめんね〜? お姉様が〜、そう決めたなら〜、わたしも〜、それに従うしか〜、ないみたいな〜?」
申し訳無さそうにそうは言っているが、こちらも目は笑っていない。
「力無い者は、力の強い者に従う。この地の管理者として私はこの森を最優先にする。さあ、答えを聞かせてもらおうかしら」