#15
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カツカツと、洞窟内に足音が反響する。前までは見えなかった暗闇も、身体の作りとともに目も変化したのか、はっきりと見通せた。
立ち込める死の匂い。マナを抱き抱えたシグは足元の影を広げた。暗闇をさらに濃い闇が覆う。それに触れたもの、ゴブリン達の死体も、壁や地面に散乱した血や肉片も、全てズプズプと飲み込まれた。
綺麗に片付けられたそこは、もう凄惨な殺戮現場であったことなど誰にも分からない程だ。
「‥‥‥ん」
「起きたかい?」
目が覚めたマナをゆっくりと下ろす。まだ寝ぼけ眼だ。
「まだ休んでていいよ」
そう言うとシグは立ったまま目を閉じた。数秒、その状態を保つと右手を前へ掲げた。同時に影が前方へ伸び、その場に円を描いた。
先程は逆。円を描く闇から現れたもの。それらを見て、マナは瞳を見開いた。
「何、してる、の?」
「‥‥‥あのままじゃあ、可愛そうだからね」
そこにあったのは、綺麗な死体。獣人族の三体の死体が、仲良く、並べられていた。
「再生、した?」
「いや、それは出来ない。死んだ者は、もう蘇ることはない。これはただ、肉片を集めて綺麗にツギハギしただけのものさ」
もう動くことはない三人の元へと歩み寄る。
「きちんと、お別れも言えなかったから」
愛おしそうに、ロイシェの頭を撫でる。
「ロイシェ。君が本当は、とても強い心を持ってた事は知ってた。優しくて、人を傷つけるのが嫌いな、本当にいい子だった」
ルイシェの頭を優しく撫でる。
「ルイシェ。君の明るさにはいつも助けられた。君がいたからこそ、俺もアイシェもロイシェも、笑顔になれた」
アイシェの横に膝をつく。綺麗な寝顔だ。ひょっとしたら、すぐにでも目を覚まして、おはようとでも言いそうな。
「アイシェ‥‥‥君は、きみ、はーーー」
言葉が、出ない。言いたい事は沢山ある。しかし、口が動かなかった。赤く染まった瞳から透明な雫が溢れては落ち、アイシェの顔を濡らす。
「は、はは‥‥‥ダメだなぁ俺は‥‥‥伝えたい事、沢山、あるのに‥‥‥最期の、お別れ、しないと‥‥‥いけない、のにッ!」
「ぅーーー!」
背後から抱きしめられる。弱々しい力で。震える手で。
「ご、めんな、さい‥‥‥ごめん、なさい! ごめんな、さい!」
「うッ‥‥‥うう、うわぁァァァァァァァァァァアアアアアッーーー!」
叫んでも、もう戻らない。泣き喚いても、どうしようもない。だけど、止める事はできなかった。彼女達を見てしまうと、いつものような安らかな顔を見てしまうと、せき止めていた感情が氾濫し溢れかえる。
「もっと一緒にいたかった! もっと君達と! 幸せにしてあげたかった! なのにッ、どうしてッ! どうしてこうなるんだよッーーー!」
影が大きく洞窟内を塗りつぶし暴れる。至る箇所に爪で引っ掻いたような切傷が生まれた。それらが隙間なく埋め尽くされた後、洞窟にはぐずり謝り続けるマナの声だけが残った。
「‥‥‥ごめん、謝るのは俺の方だ。マナ、君はもう泣かないでくれ」
「どう、して? わ、悪いの、は、私」
「君をここに連れてきたのは俺だし、君を守ってあげたいと思ったのは俺だ。アイシェ達は、そんな俺の身勝手に付き合ってくれた。逃げようと思えば、君をここに置いて逃げる事だってできたはずなのに」
優しかった。彼女達は、本当に優しかった。自分なんかのせいで死ぬべきではなかったのだ。
「俺が、そう決めたから。悪いのは俺で、謝るのも俺なんだ。こうなった原因は、俺だ」
償えるとは思わない。何をした所で、彼女達は元には戻らないから。
「でも、こんな情け無い姿を見られたら、また君に怒られてしまうね。だから、俺は生きるよ。君達の分まで」
横たわるアイシェの頬を撫でる。
「結局、俺は君が言う通り意気地なしだったよ。こんなことになってようやく、君に言えるなんて」
出会ってから今日まで。一緒にいた時間。ぶつかり合った事もあった。でも互いを認め合えた。分かり合えた。その全てを思い起こし、伝える。
「アイシェ、好きだ。とても、とてもとても。世界で誰よりも。君を、愛してる」
そっと触れた唇は、硬く冷たく、心の奥底まで凍りつかせた。
「俺はいつまでも、君達と一緒にいるよ」
闇の中に、三人の死体が沈み溶けていく。最愛の人達との別離はこうして終わった。
「‥‥‥じゃあ、行こうか」
ゴブリンとの戦闘で、勢いよく地面に突き刺さったままだった剣を抜き、シグはマナへ手を差し伸べた。
「どこ、へ?」
「ここじゃないどこか。君が幸せになれる場所へ。ここには、もう戻れないから」
「‥‥‥ダメ」
拒否されるとは思わなかったシグが目をパチクリさせると、マナは近づき強く手を握った。
「約束。シグ、も」
「‥‥‥ああ、そうだね。じゃあ行こう」
洞窟への道が崩される。これは覚悟の証だ。過去の幸せが、土石とともに地へ埋まる。
しばらく黙ったまま、入口があった場所に佇んでいた二人へ、唐突に声がかけられた。
「用事は全て済んだかしら?」
驚き振り向く。直前まで何の気配もなかった。
「待ってあげてたんだから感謝してよね? 不死者に、混ざり者」
それはこの森には似つかわしくない豪華な衣装に身を包んだ少女から発せられたものだった。
似つかわしくないはず、なのになぜかこの森にいるのが当然、そんな不思議な感覚を与える。
「私はこの森の管理者。水精霊のディーネよ。ちょっとツラ貸しなさい」
淡い左右に留めた水色の髪を揺らし、少女は高慢不遜な態度でそう言い放った。