#14
世界が震える。新たな生命の誕生に。それは祝福か、それとも恐怖か。
空の魔法陣が一際大きく明滅し、大陸をも揺らす衝撃とともに砕け散った。
「ガァッ⁈」
堪らず倒れこむノイノラ。魔法陣と共に眼前にらあった闇の柱は消えた。いや、眼前に小さく残っていた。
気を失っているのか、力無く両手を垂れ下げるマナを抱き抱え、人間がそこにーーー人間? 本当に?ーーー立っていた。
ボロい黒ずんだ布切れで身を覆い、斬り飛ばしたはずの右手と、動かないはずの左手で、しっかりとマナを抱えていた。
俯いているため、ノイノラにその表情は分からない。こちらを気にすることなく、なんと背を向けるとマナをそっと地面に置いた。
判断は早かった。魔装は闇と共に飲まれ、再び顕現することも敵わず。だが、それでも人間を簡単に殺せる力はある。
両腕計六本を、これ以上ない速さで伸ばし、背中を向けた愚か者へ、斬る、斬る、斬りつける。
腕は何の抵抗もなく、対象を切り裂いた。先程までの嫌な予感を忘れ、呆気なく散らばった肉塊に笑みを浮かべた。
だがその笑みはすぐに凍りつくことになる。
「ーーーは?」
目を疑う。今しがたバラバラにしたはずだ。確かに切り裂いた感触も、散らばる姿もこの目で見たはずなのに。
なぜ何事も無かったかのように元の状態で立っているのだーーー。
「くッーーー!」
振るう。二度、三度と。その度に切り裂かれ、肉片は飛ぶ。だが、元に戻る。
「な、なんですかコレは⁈ げ、幻術魔法⁈」
夢か幻か。自らの必殺が必殺足り得ない状況に、ノイノラは叫ぶ。
「何を、言ってるんだ?」
ゆらりと、黒い影が振り返る。
ノイノラは、見た。黒い衣服の隙間、胸元に輝く《闇の刻印》を。
「痛いじゃあないか。そんなに切り裂かれたら、死んでしまうだろ?」
そして、こちらを射抜くもはや人間ではなくなった化物の、血よりも赤く鮮やかに光る瞳を。
「これ、は⁈ まさか、姫様と同じ《不死者の赤瞳》⁈」
まずい。魔族の中でも上位に位置する己にすらそう感じさせる程に。出鱈目だ。不死者は殺せない。それに加えーーー
「《魔装顕現》」
シグの足元に、水面のように広がる闇から、一振りの剣が取り出される。それはノイノラにとって何よりも見知った形。唯一違うのは、刀身も、柄までもすべてがベットリと黒く染められていることか。
「《闇・双蛇の絞刃》」
自らの武器すら、容赦なく奪う力。敵うわけが、ない。
「ひぃッ⁈」
「ーーー逃すわけがないだろう」
恥も外聞もなくその場を離脱しようとしたノイノラだったが、足が地面に縫い付けられたかのように動かない。
己の足を見る。足は、文字通り喰われていた。
「あ? アァァッ⁈」
膝から下が闇に喰われ、身体は地面に落ちる。いつのまにか、自分の影が違うものにすり替わっていた。シグの足元にある影が伸び、こちらの足元を覆っていたのだ。
「このまま、お前を飲み込むことも出来る。だが、それじゃあ面白くない。そうだろ?」
足音が、死神の足音が近づく。無様に悲鳴を上げ這い蹲ってでも逃げようとするが、身体中に影が突き刺さり固定され叶わない。
「さて、なんだったかな。この剣には確か毒があると。ゆっくりと身体中を蝕む毒で、苦しみ叫び、醜く這いずり回る姿が見られる‥‥‥だったか?」
「や、やめッ! そう、そうです! なか、仲間! 仲間にッ! いや部下にッ! どうですかっ⁈ ワタシ、ノイノラはッ! 魔族でも優秀な方です! あなたの、どうかあなた様の僕にしていただきたいッ!」
芋虫のようになりながらも、必死に命乞いをするノイノラ。見下ろす者はその表情を一切変えずに問う。
「だから、助けてほしいと? 命ばかりは奪わないでほしい、と?」
「はいィ! その通りでございますゥ! どうか、どうか御慈悲をッ!」
「そうだな、お前は強い。力がある」
「そッ、そうですとも!」
「ーーー今までお前は何一つ失うことなく、傷つくこともなく、弱者から奪い尽くしてきたんだな」
「はッ、はいィ⁈」
刃を逆手に持ち、切っ先を下へと、ノイノラの胸元へと向かうよう固定する。
「安心してくれ、ノイノラ。別にお前が悪い訳じゃない。悪いのは力の無い、何も守れなかった俺の方だ」
「ヒッ、ヒィッ! やめッ」
「ただ、今度はお前が今まで散々してきたように、お前が奪われる番になっただけだ。悪く思うなよ? お前だって、命乞いなど聞いた試しはないだろ?」
「い、いやダァァァーーーーーーアッ!」
手を離す。吸い込まれるように、元の持ち主へと刃は深く刺さる。刺さる痛みよりも早く、傷口から魔の猛毒が、痣になって身体中を疾る。
「アァッ! イダイイダイイダイイダイイダイイダイイダイイダイーーーーーーギィァァァァァァァァァァアアアアアーーーーーー!」
身体は固定され、痛みに蠢く事も出来ず絶叫を上げ続ける。
「ひどい声だ。これ以上聞きたくも無い」
ズズッ、とノイノラの身体が闇に沈んでいく。胸に剣を刺されたまま、底無しの闇に。
「闇の中で永遠に苦しみ、叫び続けてくれ」
絶叫を虚空に残して、ノイノラはこの世から姿を消した。