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Dark Brides −斯くて魔王は再誕せり−  作者: 入観ねいと
第2章 嘆きの産声
13/100

#13


痛み。様々な方向へ曲がり、内側から骨すら突き出す左腕。右手の失った箇所から溢れかえる血。そして今、胸に突き刺さされた刃の鋭い痛みと、同時に身体中を巡る新たなそれ以上の激痛。

だが、それらを一瞬忘れた。

目の前に、立ち塞がるようにして現れたマナを見て。マナへと視線を奪われて。赤い瞳に、意識の全てが吸い寄せられたかのように。


「‥‥‥な、んで」

「‥‥‥約束、したから」


貫かれた箇所からは血の一滴も流れていない。

何事も無いように、マナは胸元を晒す。

そこには、不思議な痕が。

見る者であれば、それが魔法の刻印だと分かっただろう。それもーーー


「あなた、に、あげ、る」


両手をその部分に押し当てると、刻印は消え、代わりに光が生まれる。

それを、シグの胸へと押し付けた。


「ァーーーーーー」


死。死。死。


死死死死死死死死死死死死死ーーー


「な、何をしているのですッ⁈」


ノイノラの叫びは闇に飲まれた。シグを、その胸に宿った刻印を中心に、側にいたマナをも巻き込んで、闇が二人を包み込んだ。

抜くことが出来なかった剣を手放し、ノイノラは大きく飛び退く。


「これ、はーーー! この紋様はーーー!」


闇は柱となり空へと伸びる。そして、遥か上空に魔法陣を、巨大で禍々しい黒い光で描いた。


それは誰もが知っている紋様。


かつて大陸を我がモノにしようとした王の象徴。


「《闇の刻印》ですと⁈ 馬鹿な! な、なぜ⁈」


闇に飲まれたシグは、自らに起こる変化に耐えきれなかった。


今まで感じて痛みなど、些末な事に思える程の、これは、何だ、痛み、違う、身体で感じられるモノでは、ない。

自分という存在そのものが、悲鳴を、あげる。


壊れ潰され引き千切られ混ぜて砕いて溶かしてーーー


ああ、消える。これが、死ーーー


「あな、たは、生き、て」


暗闇の中、唯一光る赤い二つの宝石が、シグの眼前に現れた。

同時に、柔らかく暖かいモノが唇へと、そして体内へと入り込んだ。





ーーーシグの眼前に、ある光景が浮かび上がる。


『ねえ、マナちゃん。一つ、お願いがあるんだ』


「ア、アイシェ! ルイシェ! ロイシェ!」


目の前に三人が抱き合っていた。悲鳴のように名を呼ぶが、彼女たちの反応に変化はない。


「生きていたのか⁈ なあ、みんな!」


シグの声は届かない。シグであり、シグでない自分の口が勝手に動いた。


『‥‥‥おね、がい?』


マナの声。マナの声が自分の口から発せられた。


「これは‥‥‥俺じゃない‥‥‥マナの‥‥‥」


『うん。もしもね、私達がシグの側にいれなくなった時は、出来ればでいいんだ、シグを助けてあげてくれないかな?』

『‥‥‥たす、ける?』

『シグはさ、今生きる意味を私達にしちゃってるから。ああ見えてさ、弱いんだ。初めて会った時も、勝手に私達を助けてさ、その割には自分の事なんてどうでもいいみたいな目をして。その時はあまりに腹が立ったからぶん殴ってやったけど』

『‥‥‥』

『だからね、もし私達がいなかったら、シグは多分またそんな風になっちゃうと思うんだ。でも、そんなのはイヤ。私達はシグにたくさん幸せをもらったから。だから、お願い』


真っ直ぐにマナを、シグを見て、アイシェは想いを伝える。



『生きてーーー生きていれば、きっと幸せになれるからーーー』


「アイシェーーーッ!」


目の前にいたみんなが消えた。もう二度と戻らない光景。

悲しみに浸る間も無く、暗闇は新たなものを映し出した。



『ーーー大丈夫だよ、マナ』


シグの記憶にない声。逆光で顔は見えないが、優しさに満ちた声色だった。影がこちらに手を伸ばす。どうやら頭を撫でているらしい。


『パパ?』

『これから、マナにはとても辛いことが起こる。パパの事を、嫌いになるかもしれない。でも、許して欲しい』

『きらいに、なんて、ならないよ。マナ、パパのこと、大好きだもん』

『‥‥‥ありがとう。ありがとうな。パパも、マナの事が大好きだ。世界で一番、愛してる』


ギュッと強く抱きしめられる。


『パパ? 泣いて、る?』

『ははは、パパは泣き虫だからな』

『だい、じょうぶ。なきむしなパパも、すき』

『ありがとう。ーーーそれじゃあ、お別れだ』

『えっ?』


影が離れる。堪らず手を伸ばすが、届く前に身体が闇に飲まれていく。


『マナ。私の大事なマナ。これから起こる事を、どうか乗り越えて欲しい。絶望に襲われても、どうか、どうか』

『パパ! パパ!』


『ーーー生きて、生きてくれ。そして、どうか幸せになってくれ』


『パパーーー!』



視界が暗闇に覆われ、沈む。

何もない。何も見えない。世界も、自分も。

真っ暗なこの場所で、少女は叫んだ。助けを求めた。だが、誰もいない、自分しかいないこの場所で、その事実に気付いた後も、叫び続けーーーいつしか少女は諦め、心は壊れ、闇に全てを委ねた。


七年もの間、彼女は何一つ無いこの場所で過ごしたのだ。



『生き、るって、何? しあわ、せって、何?』


振り返ると、そこには成長した、いや、今現在のマナがいた。


『パパ、は言っ、た。しあわ、せに、なって、くれ、と。アイシェも、言っ、た。生きて、いれば、しあわ、せに、なれる、と』

『‥‥‥‥‥‥』

『わから、ない。わたし、は、それが、わから、ない』


『あな、たは、分かる、の?』


悲しい、瞳。虚ろな、瞳。何もかもが壊れて、それでも、欲している。生きる、意味を。


『‥‥‥アイシェは、バカだよ。俺は言ったじゃないか。幸せだって。君と、君達といれるだけで、俺は、幸せ、だったんだ‥‥‥』

『‥‥‥幸せ、もう、ない?』

『ーーーああ、今は。だけど、言われたからね。俺も、君も。じゃあ‥‥‥探そう』

『探せば、見つ、かる?』

『ああ、いつか、また、きっと。アイシェに、怒られてしまうからね』


向き合う。絶望に染まる瞳に負けないように。


『俺は、俺自身の為に。そして君の為に、もう一度生きよう』


手を伸ばす。マナは、前と同じように、恐る恐る、だがしっかりと手を握ってくれた。



ーーー儀式は成った。

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