#11
身体は自分のモノとは思えないくらいに重く、腕は切り落とした方がマシなのではないかというくらいに痛かった。
それでも、走り、辿り着いた。
入り口の隠し戸が開いている。それが視界に入ったとき、はやる鼓動が一際大きくなる。
破裂するんじゃないかと思うくらいに心音がうるさい。空気がうまく吸えない。苦しい苦しい苦しい。
地にへばりつこうとする足を無理矢理動かし、洞窟へと入る。中程まで進むと、なぜか灯りが見える。揺れ方から松明のものだろうか。誰の?
そっと剣の光を消し、ゆっくりと、ゆっくりと進む。
声が、聞こえる。知らない声。ここで聞こえてはいけない、知らない声が。
ドクンドクンと、勝手に鳴り続ける心音を邪魔だと意識の外へ。声に集中する。
「ギギギ! そろそろ行かないと、ノイノラ様に叱られてしまうぞ」
「そうだな。もっと楽しみたかったが」
「ギャギャ! お前らはいいじゃねぇか。こっちの大きいのはすぐ死んじまって何も楽しめなかったぜ」
「ギヒッ! 確かになぁ。もっとガキどもが苦しむ姿、見せつけてやりたかったなぁ」
「オイオイ、オレのはオスだったぞ。そっちはガキ相手にぶっ刺しやがって、オマエが一番楽しんでたぜ!」
「ギギギ! オレのはさすがにデカすぎたなぁ! コイツで殺しちまったかもな!」
「ギャギャ! 抜かせ!」
「さあ、土産を持って帰るとしようや」
何を、言っているのだろう、か。
言葉は確かにシグの耳に入ってきた。だが、それが理解できなかった。
ーーーいや、ただ理解したくないだけだ。
どうして、自分たちの住処に、ゴブリンが、いるのだろう。
ーーー分かっているはずだ。さっきの奴らがここに辿り着いたのだ。
どうして、アイシェやルイシェ、ロイシェの声が聞こえないのか。
ーーー簡単だ。間に合わなかったのだ。
分からない分からない分からない、分かりたくない!
「んあ?」
いつの間にか近づいていた松明の灯りとともに、それを持つゴブリンと鉢合わせた。驚くゴブリン。持っているのは松明だけではなかった。
何をーーー持ってーーー
掴んでーーー髪ーーーぶら下げてーーー
頭ーーー首から下がーーー
目はーーー潰されーーーこちらをーーー黒い穴がーーー
「アアアアァァァァァァァァァァアアアアアッ!」
「なっ⁈ にんげーーーブッ⁈」
ノイノラの攻撃さえ防いだ硬い鞘が、勢いよく先頭のゴブリンの顔面を突き刺す。
「ギッ⁈ テメエーーー」
柄を握ったまま、ぶら下がるゴブリンを力一杯に蹴り飛ばす。狭い通路、必然的に後ろに立っていた二体のゴブリンは、飛んできた亡骸に押されて倒れる。
「グガッ⁈」
「うわァァァァァァァァァァアアアアア!」
死体の上から足で押さえつけ、両手で、動いてはいけないはずの左手も合わせて、剣の先端で顔面を同じく突き刺すべく振り下ろす。
「ギャピッーーー」
断末魔とともに二体目が動かなくなる。
「ギギギーーー! キサマーーー!」
なんとか抜け出た最後のゴブリンが、手に持つ生首を放り投げ、腰に差していた短剣を抜きシグへ斬りかかる。
だが、それよりも早く、突き立てた剣を手放し、シグはゴブリンの腹へと右足を叩き込んだ。
「ブフッーーー!」
居住スペースへと転がるゴブリンを置い、組み伏せる。短剣は衝撃で暗闇へと消えた。
「に、人間のくせにーーーガハッ⁈」
「グォォォオ!」
殴る。
「ギィッーーー!」
殴る。
「ギャッーーー!」
殴る。
「グゥ‥‥‥」
殴る、殴る、殴る。
重症の左腕はさらに酷使され、折れていた骨が殴る衝撃で皮膚を突き破っても、殴る。殴り続ける。
「や‥‥‥やめ‥‥‥」
「ーーーシッ!」
殴る。「グッーーー」殴る。「ガッーーー」殴る。「ビッーーー」殴る。「たすッけッーーー」殴る。「ゆるッーーー」殴る。「ごめッーーー」殴る。「あがっ‥‥‥」殴る。「あ‥‥‥う‥‥‥」殴る。「‥‥‥‥‥‥」殴る。「‥‥‥‥‥」殴る。「‥‥‥‥」殴る。「‥‥‥」殴る。「‥‥」殴る。「‥」殴る。「」殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴るーーーーーー
地を濡らす血液が、ゴブリンのものなのか、それとも自分の腕から出たものなのか。物言わなくなった死体を見下ろして、シグはようやく手を止めた。
「‥‥‥‥‥‥」
居住スペースはひどい臭いで充満していた。
転がる松明が照らす洞窟の壁には飛び散る赤の模様。地面には細かく分けられ散らかさ、原型すら不明の何かの肉片。
項垂れるシグの横目に、先程ゴブリンがぞんざいに捨て放った何かの首がーーー両目があったはずの箇所は黒い空洞ーーーこちらを覗いてーーーいたーーー
ふらふらと立ち上がり、首を抱き上げる。
「う、ウォォォォオ! ウォォオアァァァァァァァァァァアアアアア!」
慟哭は反響し、重なり、重く重く重く空間を満たしたが、やがては闇へと消えていった。




