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海の見える家で……  作者: 梨香


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ニ十一 海の見える家で……

 鞆の細い坂道を登った場所に少し傾いた立派な門とうねうねと続く白壁に囲まれた酒井家がある。


 つい一月前までは紫色の和服を着た老婦人が庭の手入れをしながら静かに暮らしていたのだが、今は時々賑やかな関西弁が響く。


「ええっ、門から先になおすべきやろ? 壁は後でもええと思うで!」


 智章は門を支えている柱が朽ちかけているので、かなりの出費になりそうだと首を横に振る。先ずは左官屋にやり方を教えて貰って、壁から修復していく予定だ。


「この件は、蓮がどんなに騒ぎ立てても変更はしない。嫌だったら手伝ってくれなくても良い」


 一旦決めたら頑固な智章に蓮が折れる。


「まぁええわ。左官屋の親父には飾り漆喰の修復の仕方も習うつもりやから、白壁はその練習になるから」


 有言実行の蓮は知り合いとやっていたデザイナーズマンションを作る会社を辞めて、鞆へ引っ越して来た。


 そのうち、自分が納得できるように洋館をリホームするつもりらしい。


「今夜は鞆の花火大会だから、早めに買い物を済ませておかないと道が渋滞して動けなくなるぞ」


 五月の最終土曜日は全国に先立って鞆の浦の花火大会だ。


「そうや、薔子さんも帰って来るんだよね。なぁ、また翔平さんもついて来るんか? 悪い人じゃないけど、保科さんに嫉妬したりせんといて欲しいんやけど……」


「明日は保科さんは来られないから大丈夫だと思うよ。母が五月の最終日曜に満中陰をしようと言ったら、用事があるとかで、六月の第一日曜にすることになったんだ」


「ふうん、なら静かかな? なぁ、親父の満中陰に薔子さんを呼びたいんやけど……翔平さんも呼ばないといけないかな?」


「そりゃ、一人では来させないだろ」


 蓮も喪主としてあれこれ大変なのだ。しかし、その大変さも楽しんでいるように見えるのは、智章と違ってバッサリ親戚関係を切り落としているからだ。


「まぁ、良いさ! 皆んなが還ってくる家を護っていくだけだ」


 前は苦手だった母もいつかは同じ墓に入るのだと思うと、少しだけ我慢ができるようになった。


「智章兄さん、家を護るには仕事もしないと。そやから、門を立派になおして、ここに頼んだらこんな風になるんやと宣伝したらええんや」


 商売のセンスは蓮の方が格段に上だ。しかし、智章は一歩ずつ進んでいこうと決めていた。


「門は夏休みに大学のサークルの後輩が泊りがけで来るから、手伝って貰う予定だ。それまでに壁を直して、裏庭に階段をつける準備をしておこう」


「ゲッ、裏庭の階段ってあの図面通りにするんか? それをサークルの後輩をただ働きで? 鬼やなぁ」


「鬼? そういえば今月の家賃を貰ってなかったなぁ」


「嘘やろ、家賃なんかいらんと言ってたやんか!」


 二人で言い争いながら、満開の薔薇の庭を歩く。


 光龍寺の駐車場には蓮とかなり言い争って買った黄色のワーゲンが、買い物に出かける二人を待っている。


 蓮は大きな四駆を買いたがったのだが、鞆の浦の道は狭いから却下したのだ。それに黄色のワーゲンは祖父が昔乗っていたので、懐かしくなって桑田モーターズで買った。


 信高が中学時代に智章に酷い言葉を投げつけた桑田と引き合わせ、謝罪を受け入れ、中古車をかなり値引きさせたのだ。


「なぁ、茜ちゃん。花火大会に来ないかな?」


「お前、相手は高校生だぞ! 手を出したら許さん」


 何処からか蓮が酒井の家に住んでいるのを聞きつけた茜が、線香をあげさせてくれと泣きながら訪ねて来たのだ。


「ごめんなさい」と小松原の遺影に手を合わせる茜に蓮は弱かった。


「親父も若い女の子に手を合わせて貰って喜んでるやろ」


 祖父が殺人を犯し、学校でも噂の渦に飲み込まれていた茜は、蓮の優しい言葉に涙が止まらなかった。


 智章は、こんな敏感な年頃の娘のフォローすらできていない会ったことの無い父親に腹を立てたが「また遊びに来ても良い」とだけ伝えた。


「夜だから来ないだろう……それより運転が乱暴だぞ」


 いちいち口煩い智章に、蓮は「わかったよ」と口では答えながらアクセルを踏み込んだ。


「蓮!」


 今夜の花火大会は賑やかになりそうだと、二人が出かけた静かな座敷で八重はくすっと笑った。その横では薔子さんが帰って来ると遺影の中の俊明がネクタイをキュッと締めた。


 初夏の海が座敷から青く見えた。


                                     終わり


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