僕、一つ分かったことがあるんだけど
魔術師一族の朝は、全員揃っての朝食から始まる。
ロラの家には、血のつながった親族の他に、ドロテの弟子達も加わって、総勢十七名が暮らしている。そこに五日前からデューが加わった。
作業場としても使われる食堂は、普通の家よりかなり広く、大きな木製のテーブルが三つ置かれている。それでも、食事の時は隣の人と身体が触れるほど、ぎゅうぎゅう詰めだ。
それぞれのテーブルの中央に置かれた大皿の料理や、かごに盛られたパンが、瞬く間になくなっていく。大きな二つの釜には、スープがぐつぐつと煮立っている。
初めて食堂に来たとき、デューは大人数での迫力ある食事風景に圧倒されたようだったが、昨日あたりから、表情から固さがなくなった。
「スープのお代わりは?」
彼のスープ皿が空になっているのに気付いたロラが、背後から声をかけた。
ロラの席は彼とヴィオレットの間だが、食事の間、自分の椅子にゆっくり座っていることはない。今もあちこちに世話を焼きながら、忙しそうに動き回っている。
「いや、もう充分……」
断ろうとした彼の言葉を遮るように、ロラが横から手を伸ばして皿を奪う。そしてヴィオレットの後ろを通り過ぎ様に、彼女の皿の隅に除けてあったえんどう豆を、フォークで内側に戻した。
「あっ」
「あーっ!」
デューが呆気にとられ、ヴィオレットが悲鳴を上げる間に、ロラは笑い声だけを残してその場から消えていた。二人は空席を挟んで顔を見合わせると、揃って溜め息をついた。
ほどなくして戻ってきたロラは、デューの前にスープを置くと、目の前のかごからパンを二つ取って、自分と彼の皿に一つずつ置いた。
「たくさん食べないとね。デューは体力も落ちてるんだから!」
「パンまで……。これ以上は無理だよ」
「何言ってるのよ。全然少ないわ。ほらあれを見てよ!」
ロラが、正面の席で、かぼちゃのマッシュをかき込んでいる兄を指差した。彼の前に置かれた皿にはパンが山と積まれている。朝っぱらから、信じられないほどの食欲だ。
「いや、彼と比べられても……困るよ」
デューとノエルの身長は同じくらいだが、体格はまるで違う。大きな熊のようなノエルの食欲と比べるのは酷だ。それでも、自分を気遣ってのことだからと、デューはげんなりしながらも、パンを小さくちぎって口に運んだ。
食事中の彼は、すっと背筋が伸びていて、パンをちぎる指も、スプーンやフォークを扱う手つきもどこか優雅に見える。明らかに、周囲とは育ちが違う。
ロラがパンをほおばりながら、ちらちらとそんな彼を見ていると、視線に気付いたデューが怪訝そうにこっちを向いた。
「いつも思うんだけど、デューってすごく上品な食べ方するよね」
そういうロラは食卓に肘をついていて、ちょっとお行儀が悪い。
「そうかな? 普通だと思うけど」
「この家じゃ、普通じゃないよ。ほら、あれが普通なんだから」
そうして指差す先には、パンを丸ごとスープに浸しては、かぶりついているノエル。
「うーん、彼と比べられても……」
あまりにも豪快な食べっぷりにデューが苦笑していると、ひそひそと話している二人に気付いたノエルが、ぎろりと睨んだ。
「なんだよ、さっきから。なんか文句でもあるのか?」
「ないない、なんでもないよ。兄さん、スープのお代わりは?」
「おう、くれ」
ぐいと差し出された皿を手に、ロラは笑顔でまた席を立った。
鍋に向かう途中、隣のテーブルから別のスープ皿をもう一方の手で取り上げる。
今度の犠牲者は十歳の従兄弟のレミ。グレーの瞳がくりくりと動く、茶色のくせ毛の小柄な少年だ。
「もう、お腹いっぱいだよぉ」
「だーめ。もっと食べないと大きくなれないよ」
食事の度に、あちこちから聞こえてくるやり取りに、デューがくすりと笑った。
ロラが戻ってくると、デューは自分の皿を、彼女の目から隠すようにすっと脇にどけた。
「ねえ、ロラ。僕、一つ分かったことがあるんだけど」
「え? 何? 何か思い出したの?」
彼の真剣な目と口調に、思わず期待して身を乗り出す。
「思い出したっていうのとは違うんだけど……どうやら僕は、かぼちゃが嫌いらしい」
「は?」
「味は嫌じゃないんだ。でも、どうしても喉につまって飲み込めなくて……」
彼は困ったような顔をして、隠してあった皿をちらりと見せた。皿の縁に、かぼちゃのマッシュだけがちょこんと残っている。
「なぁーんだ……」
ロラはがっくりと肩を落とした。
「だめよ。ちゃんと食べなきゃ。デューを特別扱いしたら、ヴィオにえんどう豆を食べなさいって言えないじゃない」
「……そうだよね」
デューもまた、深い溜め息をつくと、フォークで少しずつ黄色い山を崩して、口に運び始めた。
こういった好みはきっと変わらないから、記憶を失くす前の彼も、かぼちゃは嫌いだったのだろう。見るからに嫌そうな様子の彼を、ロラが横から面白がって眺めていた。
「ねえロラ、一つ頼みがあるんだけど」
かぼちゃをなんとか半分食べ、デューがフォークを持つ手を止めた。
「なあに?」
「僕が倒れていたっていう林に、行ってみたいんだ。そこに行ったら、何か思い出せるんじゃないかと思って」
今度は口調通りの真剣な内容に、ロラもスプーンを止めた。
目覚めてから五日経っても、彼の記憶は何一つ戻っていなかった。身体の傷もすっかり癒え、ここでの生活にも慣れてきたようだが、彼が不安と焦りを感じているのはロラの目にも明らかだった。
しかし、自分が悪霊に取り憑かれ、倒れていたという現場に行くことは、彼にとっては恐怖ではないだろうか。
「デューがその気になったら連れて行くようにって、ばあさまにも言われてるけど……。でも、平気? 無理してない?」
「大丈夫だよ」
彼の顔を覗き込むと、その青い瞳には強い意志と同時に不安が揺らいで見えた。けれども、僅かな手がかりでも掴みたいという彼の気持ちは分かるから、なんでもないことのように明るく答える。
「そお? じゃあ、今日はお天気もいいから、ついでに、精霊のいちごを摘んでくればいいわね。ヴィオも一緒に行く?」
「うんっ。行くっ!」
「でも、その豆、全部食べないと連れて行かないわよ」
ロラの誘いに目を輝かせたヴィオレットは、その直後にがっくりと肩を落とした。