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自分で胸を刺すくらいでは、僕の罪は消えないんだな

「デュー……? どうしたの?」

 近寄ろうとするロラを手で拒否した後、デューは苦悶の表情を浮かべ、額を押さえて俯いた。苦しく乾いた笑みが聞こえてくる。

「は……ははは……。そうか、自分で胸を刺すくらいでは、僕の罪は消えないんだな。この世で、罪を償えということか……」

「どうしたの? 何を言っているの?」

 彼のつぶやきがうまく聞き取れず、ロラが問い返すと、彼は何かを決意したようにきっぱりと顔を上げた。

「ロラ。君に頼みがある」

「なに?」

「僕は父上達を黒魔術師として告発した。もうすぐ、聖職者や異端審問官らが、ここに乗り込んでくる。だから、ロラ……彼らに、僕を引き渡してほしい」

「引き渡すって……」

 彼の思いがけない言葉に、ロラは絶句した。

 彼は生け贄にされたロラのために、自害したのではなかった。自らの命を絶つことで魔王召還を妨害し、その現場を押さえた異端審問官らに黒魔術師達を捕らえさせる。そうすることで、この悪夢の連鎖をすべて終わりにするつもりだった。たった独りで、魔術師達に立ち向かおうとしたのだ。

「消された記憶はすべて戻った。僕は……黒魔術師の仲間だったんだよ」

 彼にとっては、ロラが生け贄として連れて来られたことは、大きな誤算だった。彼女には何一つ知らせず、彼女の記憶の中のデューをきれいなまま残して、ひっそりと消えたかったのだ。「必ず戻る」というあの夜の約束を、結果的に反古にしても……。

「僕の器に召還された悪魔のために、大勢の若い女性が生け贄にされた。くだらない欲望と引き換えに、彼女達はみんな、僕の目の前で無惨に命を奪われたんだ。なのに、僕にはどうすることもできなかった。ただ、あの椅子から見ていただけだった。きっと、ヴィオのお姉さんも、その中に……」

「そんな……」

 絞り出されるように続けられた壮絶な告白は、途中から涙声になり、やがてこらえきれない嗚咽に変わった。両手で顔を覆って肩を震わせる彼に、ロラは何も言えなかった。

 彼は、悪魔の器を利用されただけなのだ。器を育て上げる糧となった憎悪は、彼の父親やあの女達に向かっていたはずだ。彼は黒魔術に加担させられた、被害者に過ぎない。しかし、彼は魔術の道具であった自分自身をも憎んでいる。

「僕も同罪だ。罪を償わなければならない。だから僕を、裁きの場に突き出してほしい」

「い……や。嫌よ! そんなこと、できる訳ないじゃない!」

 この状況で捕らえられれば、彼は間違いなく死刑となる。ロラたち白魔術師がいくら口添えしようとも、自害までしようとした彼は、きっと粛々と刑を受け入れるだろう。

 もう、二度と彼を失いたくない。

「いや……」

 考えるだけで胸が張り裂けそうで、ロラは呻きながら顔を覆い、小さく身体を丸めた。

「酷なことを言うものだな。お前は二度も、この娘に絶望を味わわせたいのか? この娘はお前のために、悪魔の器をその身に引き受けたというのに」

 腹に響くような低く通る声が、二人の間に割り込んできた。

 その声と、伝えられた驚愕の内容に、デューははっとミカエルを見た。

「まさか、ロラが……!」

 ロラは小さく震えるように頷いた。

 その細い首に、ラファエルが悪魔の器の力を封じるクロスをかける。

「お前は、その責任を負うべきではないか?」

「責任……。でも、僕は……どうしたら」

「フェリクス・ジル・ヴァンタールはもう死んだ。お前が彼を裁き、その罪とともに彼を葬り去ったのだ。お前はこれから、デューとして生き直すがいい」

「デュー……として……」

「そうだ。お前の罪は赦されたのだ」

 天使長に重々しく告げられた言葉に、大きく見開かれた彼の青い透明な瞳から涙があふれ、頬を伝った。

「あ……ありがとうございます」

「デュー!」

 ロラが両腕を首に回すようにして飛びつくと、彼がしっかり抱きとめてくれた。

 感動のあまり、二人ともしばらくは声も出ない。震える身体を抱きしめあって、互いの存在を確かめる。永遠に失くしてしまったと思ったものが、はっきりと腕の中にある。

「ごめん……ロラ。僕は、君との約束を守るよ」

「もう、どこにも行かないで。あたしのそばに……いて」

「愛してる。愛してるよ、ロラ。僕はずっと、君のそばにいる」

 互いの声がすごく近かったが、それでも、もっと近づきたかった。なのに、どれだけ強く抱きしめても全然足りない。どんな言葉を紡いでも、溢れてくる想いを伝えきれない。

 ひりひりするほどのもどかしさに、どちらともなく唇を寄せた。

 重なる唇に、伝え合う温もりに、現在を実感し未来を誓う。

 二人の隙間に流れ込んでくる涙が塩辛くても、その同じ味を分かち合っていることに、幸せを実感する。

 そんな二人を、大天使達が微笑を浮かべて見守っていたが、しばらくして、これまで一言も言葉を発することのなかったウリエルが、「うるさい」と、不機嫌そうに呟いた。

 完全に二人の世界に入ってしまったロラとデューの耳には聞こえていなかったが、先程から扉の外が騒がしかった。扉を力づくで開けるつもりなのか、何か重いものがぶつかる音が響いてくる。

「もう、いいのではないか?」

 ミカエルがふっと笑うと、ウリエルは無言のまま左手を扉にむけた。

「おわっ!」

 これまでどうしても開かなかった扉が、突然大きく開かれて、無駄に体格の良い赤毛の男が、真っ先に神殿内に転がり込んできた。その後ろから、どやどやと大勢が中に入ってくる。ドロテやロラの父親、ジェレミーの姿があった。黒魔術師達に操られていたジブリルとマテオも。その後ろから、司祭服や異端審問官の制服を身に着けた人々が続く。

 なだれ込んだ一同は、まるで金縛りにでもあったかのように、その場に立ち尽くした。

 神々しい光に照らし出された神殿の奥に、四大天使に囲まれて抱き合う若者達の姿——。

 それはまさしく、奇跡の光景だった。

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