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ラファエル、お願いっ!

 目を閉じていても、神殿内の空気の変化ははっきりと感じ取れた。

 今、デューの前の蝋燭の炎が大きく燃え上がった。他の蝋燭も……。

 ——来る!

 空間が力ずくで引き裂かれる感覚に、背筋がぞっとする。これまで経験してきた悪魔とは比べ物にならないほどの、巨大で凶悪な気配の先触れが、別の次元から覗いている。魔王サタンが召還に応じた証拠だった。

 しかし、その恐ろしい気配に紛れるように、もう一つの微かな気配も出現していた。その神聖な気を、ロラだけが感じ取っていた。

『ロラ……』

 胸に置かれたクロスから聞こえてきた声は、紛れもなく、大天使ラファエル。

『ラファエル、お願いっ! 今すぐデューの悪魔の器を、あたしの身体に移して!』

『器を? だめだ。それでは、お前が蝕まれてしまう』

『あたしは、いいの! 魔法三角の上に悪魔の器がなければ、召還は失敗するはずよ。このままでは、デューがサタンになってしまう』

 もう、本当に時間がなかった。

 召還は、一旦始まると止まらない。黒魔術師達はこれで大丈夫だと思ったのか、呪文の詠唱をやめてしまった。代わりに、こらえきれずに漏れる笑い声が響いている。

 神殿が悲鳴をあげるように、ぎしぎしと軋み始めた。石造りの壁や床に亀裂が入り、天井からは細かな石がぱらぱらと降ってくる。迫り来る強烈な禍々しさに息が詰まり、恐怖に背筋が凍る。

 これほどの力の本体がデューの器に召還されてしまえば、彼はきっと無事ではすまない。そして、デューに成り代わった魔王は、この世界にどれほどの害をなすのか想像もできない。

『お願いよ! 悪魔の器をあたしに!』

 魔王サタンは、すぐそこまで来ている。

 今まさに、悪魔の爪がデューにかからんとしているのだ。

『魔王の召還が成されたら、何が起こるか分からない。きっと皆、死んでしまう! この世界が滅びてしまう! だから早く! もう、時間がない!』

『…………いいだろう。だが、器を移すだけではサタンは退けられない。残りの天使達の名を叫びなさい』

 ロラの必死の懇願に折れたような、ラファエルの声が聞こえた。

「ミカエル! ガブリエル! ウリエル!」

 ロラはかっと目を見開き、他の三人の大天使達の名を力の限り叫んだ。

「フェリクス! 何をする! やめるんだ!」

「きゃあああっ!」

 ロラの絶叫に、黒魔術師達の慌てたような声がいくつも重なった。その直後、目の眩むような光が辺りを包む。視界は一面の白に覆われてしまい、何も見えなくなった。同時に、心臓がつぶれるかと思うほどの、大きな衝撃がロラを襲う。

「くっ……」

 不気味な異物が身体の中に押し込まれ、はち切れんばかりに膨れ上がる。身体を引き裂かれるかのような激痛に息が止まる。しかし、堪え難い苦痛を味わいながらも、悪魔の器が自分に移されたことに、ロラは満足していた。

 これでデューが、悪魔になることはない。

 悪魔の器の存在に、これ以上苦しめられることも……。

 苦痛に霞む意識の中、四方角に出現した凄まじくも聖なる力を感じ取った。

 何も見えないはずなのに、それが何であるかはっきり分かる。姿形までも。

「四大……天……使」

 デューがいる東に、身長よりも長い木の枝のような杖を手にしたラファエル。

 西に、両手を胸に当てて立つ、女性と見まごうほどに優美なガブリエル。

 南には、肩と胸を覆う甲冑を身に着け、抜き身の黄金の剣を高く掲げた天使長ミカエル。

 そして北には、燃え盛る炎を纏った剣を右手に構えた、屈強な体格のウリエル。

 金色の髪。紺碧の瞳。大きな純白の翼を背にした光り輝く神々しい四つの姿が、魔王を召還するための魔法円の上に降り立っていた。

 大天使達が手や武器を一斉に高く掲げた。そこから溢れ出した鮮烈な気が、神殿内に充満していた禍々しい気を浄化する。魔界と交信するために歪められた空間は、傷が癒えるかのように修復されていく。

 天使達の放つ力は、みるみる濃度を増し、凝縮されていく。神殿全体が、何をも寄せ付けない強固な塊となったようだった。すぐそばまで迫っていたはずの、魔王の荒々しく凶悪な気配は、もう、微かにしか感じない。不気味な地鳴りも、神殿の軋みも、どこか遠くに聞こえる。

 やがて、すべての音がふっと消えて、耳鳴りがするほどの静寂が訪れた。大天使たちの凄まじく神聖な気はゆるみ、辺りは厳かながら穏やかな空気に包まれていく。

 助かっ……た?

 ほっとすると同時に、デューの声が耳に甦った。

 大天使達の名を叫んだときに重なった声の中に、彼のものがあった。

 彼はあの時、確かに「さよなら、ロラ!」と叫んだのだ。

 強烈な胸騒ぎに、がばりと起き上がる。

 台に全身を縫い止めていた縄はすべて解かれていた。召還術を行っていた黒魔術師達は全員気を失って、石の床に折り重なるように倒れていた。デューも床に崩れ落ちている。

「デュー!」

 台を飛び降り、彼に駆け寄ろうと足を踏み出し、ロラはぎくりと立ち止まった。

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