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ねぇロラ、僕は……

「くっ……」

 低い声で綴られる呪文が神殿に響き始め、デューの焦りは更に増した。

 椅子の後ろで縛られた両手を動かして、必死に戒めを解こうとするが、固く結ばれた縄は僅かに緩んだだけだ。縄で手首がすり切れたらしく、ぬるりとした感触が手に伝ってきた。

 これまで、嫌というほど経験してきた儀式だ。この先、どういう風に悪魔の召還が進んでいくのかは、よく分かっている。

 残された時間は、あと僅か——。

 そう思って唇を噛んだ時、目の前に灯された蝋燭の炎が、噴き上がるように大きく燃え上がった。魔法円に沿って置かれた残りの三本も、次々と炎を上げていく。

 間もなく、魔王が自分の身に降りてくる。そして、自分に成り代わった凶悪な存在への供物とするために、ロラの心臓に短剣が突き立てられるのだ。

 そんなこと、させてなるものか。

 デューは手首がちぎれるほどに、必死でもがいた。

 お願いだ! 解けてくれ! 僕はロラを助けたいんだ!

 心の中で絶叫すると、右の手首がかっと熱くなった。そして次の瞬間、手首を拘束していた縄がぶつりと切れて、床に落ちた。

 はっと、黒魔術師達の様子をうかがい見る。

 胸が悪くなるような香の煙の中の彼らは、呪文の詠唱に集中しており、デューを縛り付けた縄が切れたことなど、全く気付いてはいなかった。

 赤く染まったロラの胸元で短剣を握りしめた黒魔術師の娘は、残忍な笑みを浮かべ、その時を今か今かと待ちわびている。

 今ならまだ、間に合う。

「ありがとう。君のおかげだ。ロラ……」

 椅子の後ろに腕を回したそのままの姿勢で、少し離れた場所に横たわるロラに、感謝の言葉を呟いた。縄が切れたのは、カントルーヴ家を発つ前の晩にロラが手首に施してくれた、大地の精霊の護りの力によるものに違いなかった。

 ありがとう。君に出会えて良かった。

 闇の中で生きてきた僕に、君は眩しい光を見せてくれた。

 希望を感じさせてくれた。

 二人で生きる未来を、垣間見せてくれた。

 あの日々の僕は……とても幸せだった。

 デューは目を閉じたロラの横顔を、その輪郭をなぞるようにじっと見つめた。

 閉じた瞼の向こうに隠された、明るいグレーの瞳をのぞき込みたかった。白い台から流れ落ちる豊かな赤い髪に、もう一度触れたかった。しかしもう、それは叶わない。

 数歩しか離れていない距離は、もう、永遠に等しい。

 ねぇロラ。僕は……君を愛してる。

 これまで君に迷惑をかけてばかりで、何もできなかった僕だけど、最後にやっと君の役に立てるよ。

 微かに笑みを浮かべたデューは、椅子の後ろから血にまみれた手を出した。

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