このドレス、後でもらってもいいかしら?
軟禁された翌日の夕方、幻夢の香をまとった無表情な女達の手で湯を使わされ、純白のドレスを着せられたとき、ロラは、自分の果たす役割を明確に理解した。
あたしは、悪魔への生け贄という訳ね。
生け贄の娘は普通、何の飾りもない簡素な白いドレスを着せられる。しかし、ロラが着せられたドレスは、レースや刺繍がふんだんに使われており、まるで婚礼衣装のように豪華だった。おそらく自分は、デューの悪魔の器に悪魔を召還する為の、生け贄になるのだ。
ロラは、部屋の隅で退屈そうに監視している、若い黒髪の女をちらりと見た。
「こんなに豪華なドレスは、初めて着たわ。汚してしまうのがもったいないわね」
言外に『何もかも分かっている』と臭わせながら、にっこりと笑って見せた。
リュシエンヌは、余裕を見せるロラを忌々しげに睨むと、蔑むような言葉を返す。
「よかったじゃない? こんなことでもなければ、あなたのような下賎な娘が袖を通せるはずもない、最高級のドレスよ」
「そうね。ねぇ、このドレス、後でもらっていいかしら? 汚さないようにするから」
今度は『あんたたちの思い通りになど、ならない』と悠然と微笑んで、女を挑発した。
「なによ! あなたっ!」
絶望的な状況であるのに、それを感じさせない堂々としたロラの態度に、リュシエンヌが激高した。冷たい美貌を醜く歪め、今にも掴み掛からんとばかりにロラに歩み寄る。
「あなただって魔術師なんだから、自分の立場は分かっているわよね! そのドレス、わたくしが深紅に染めてあげるわ。あなたの血で!」
すでに身を清め終わった大事な生け贄に、手を出す訳にはいかない。リュシエンヌは声を荒げて呪いの言葉を吐きすてると、部屋を出て行った。
扉が荒々しく閉まって一人になると、ロラは口を両手で押さえて、床にしゃがみ込んだ。
「う……わ。吐きそう……」
本当は、余裕などあるはずがない。あんな風に強がっていないと、自分を保っていられないほどに追い込まれていた。
全員が助かるには、悪魔召還の儀式を失敗させるしかない。
生け贄である自分がこの場から逃げ出せば、儀式は成立しない。風や火などの精霊達を召還して騒ぎを起こせば、儀式そのものを妨害することも可能かもしれない。
しかし、祖父や仲間、兄を人質に取られており、デューもまた人質同然だ。だから公爵が言ったように、決して逆らうことができない。下手に動いて怪しまれてもいけない。
じゃあ、どうしたらいいの?
大天使を召還できたら……とも考えたが、召還の為の魔法円が描けるはずもなく、持ってきた呪具も取り上げられて、身一つだ。
八方ふさがりのまま、残された時間がとうとう尽きた。
扉が開く音に顔を向けると、黒く長いローブを纏った二人の男が立っていた。どんよりと曇った目をしたジブリルとマテオだ。祖父はゆっくりロラに近づいてくると、ロラの両手に縄をかけた。




