ばあさまって、魔術師としても超一流だけど
軽い昼食を挟んだ後も退屈な作業が続いたが、ドロテの昔話に耳を傾けながらなら、さほど苦にならなかった。幼い頃から何度も聞かされた話は、ロラにはなんの新鮮味もないが、話に集中しているデューの様子が面白い。乳棒を持つ手が止まったり、はっと息を飲んだりしている。
ロラは、こみ上げて来る笑いをこらえるのに苦労していた。
「おお、鍋の様子を見てこんとな……」
話が一区切りつくと、ドロテは部屋の隅でぐつぐつと煮えている鍋に立っていった。
「火山の噴火を止めただなんて……。ばあさまって、本当にすごい魔術師なんだね」
鍋をかき混ぜる老婆の小さな背中を、尊敬の眼差しで見つめるデューに、ロラはとうとう、ぷっと吹き出した。
「あたしも、そう思うわ。こんな奇想天外な話をデューに信じ込ませるんだもん」
「え?」
ぽかんとする彼ににじり寄ると、耳元に口を寄せ、声を潜めてネタばらしする。
「ばあさまって、魔術師としても超一流だけど、ほら吹き師の才能はそれ以上なの」
「えええっ! ……ほら話だったの?」
「ふふふ。いくらばあさまでも、火山相手は無理よ。そういうあたしも、小さい頃は信じてたんだけどね。今、この家であの話を信じているのは、ヴィオくらいよ」
「なんだぁ……。そうなのか」
軽く落ち込むデューの背中を、慰めるように叩いてやると、やがて彼も笑いをこらえきれなくなった。
二人で声を潜めて笑っていると、いきなり入り口の扉が大きな音を立てて開いた。
「ばあさま! ロラ!」
狭い部屋がびりびりと震えるような大声に、ロラは反射的にデューから離れ、不自然にそっぽを向いた。しかし、めずらしく、二人の様子はノエルの目には入らなかったらしく、血相を変えて部屋の中に駆け込んでくる。
「大変だ! ジェレミー様が悪魔憑きに!」
「なんですって!」
「なんじゃと?」
衝撃的な報告に、ロラとドロテが、同時に声を上げた。
「それはまことか?」
「ああ。今、モーリスが知らせに来た。実際に視てみないと分からないが、彼の話から考えると、取り憑いたのはおそらく悪霊ではなくて、悪魔だ」
ドロテが額を抑えて俯くと、悔しげに呟いた。
「そうか……。心配はしておったが、魅入られてしまったか」
先日、カントルーヴ家を訪れたジェレミーは、見ていられないほどに憔悴していた。
心が弱っているときは、悪霊や悪魔が入り込む隙ができる。それを懸念して、ドロテは魔除けを持たせ、ロラは大地の精霊の力を封じ込めたリースを作った。しかし悪魔が相手では、それらは気休めにしかならない。
「ジェレミー様……」
彼の穏やかな笑顔を思い出し、ロラはぎっと唇を噛んだ。彼をそこまで追い込んでしまった運命に、やり切れない思いがした。そして、心優しい彼につけ込む悪魔が憎かった。
悪魔の憑依は、普通の人間の身には危険すぎる。魂と肉体が蝕まれ、彼が彼でなくなってしまう前に、そして命を奪われてしまう前に、一刻も早く祓わなければならない。
「今、この家にいる魔術師は誰じゃ!」
「俺と親父と、アンヌ、レミだ。あとの奴らは買い出しに出ていて、夕方まで戻らない」
「ならば、お前とマルク、アンヌがエヴィリエ城へ行け。もし悪霊であればその場で浄化し、悪魔であれば捕縛して連れ帰れ!」
「おう、まかせとけ。なら、魔術師以外の者とレミが、食堂で待機だな」
「あたしとばあさまは、悪魔祓いの準備ね」
長の簡単な指示だけで、ひ孫達は即座に反応した。自分のやるべきことは分かっているし、これまでの豊富な経験から、今後どういう手順で進めていくべきかも予測できる。
ノエルは部屋の隅に置かれている棚から、深緑に染まった太い縄の束を引っぱり出し、肩に担いだ。魔除けの薬草を煎じた液で三日三晩煮込み、大地の精霊の護りの力を封じ込めた、悪魔を捕縛するための強固な縄だ。
ロラはずらりと並んだ小さな引き出しを次々と開けて、中から包みを取り出している。悪魔祓いに使う香を調合するのだ。
「ばあさま。僕にも何か手伝えることはありませんか?」
何もできず一人取り残されていたデューが、小さな箱を手に慌ただしく部屋を出ようとするドロテに、恐る恐る声をかけた。
「そうじゃのぉ。ノエルたちが出かけるまで、彼らの準備を手伝っておくれ。その後は、儀式が終わるまで、他の者達と一緒に食堂で待機じゃ」
長の命じた言葉に、ノエルがあからさまに嫌な顔をした。
「はぁ? 魔術師でもない奴の手助けなんか、いらねえよ」
「デューもこの家におる限りは、カントルーヴ家の者じゃよ。彼にも何か役目を果たしてもらわねばならん」
ノエルの反論を封じるように言いながらも、ドロテの言葉はデューに向けられていた。
デューは驚いたように目を見開いたあと、喜びをかみしめるように俯いた。
一族の長が、彼に所属を与えた。記憶を失くし、空洞になっていた彼の足元に、大きな土台の石が置かれたようだった。
長に逆らえないノエルは、ちっと舌打ちをすると、高圧的に顎をしゃくった。
「そこの黒い箱!」
「はい!」
デューは傍らに置いてあった、大きな錠前がかかった黒い箱を抱えると、不機嫌を全身から発するノエルの後を追っていった。




