ようやく夢を見られるようになったんだな……って
カーテンの細い隙間から、冴えた月の光が差し込んでくる。その冷たい輝きのあまりの眩しさに、ロラはふと目を覚ました。
寝返りをして月光に背を向けてみたものの、すっかり目が冴えて寝付けない。隣で気持ち良さそうに眠っているヴィオレットの寝息にもいらいらしてきて、ロラは溜め息をつくとベッドを下りた。
カーテンの隙間を閉じようとして、中庭のベンチに人影があることに気付く。
あれは……デュー?
綺麗に整った横顔の輪郭。月光と同化してしまいそうな髪。確かに彼だった。
何を想っているのだろう。
どこかにいるはずの家族や恋人? 消えてしまった思い出? これまでの自分を作り上げてきたであろう、たくさんのもの……?
しんと静まり返った銀色の夜の中に膝を抱える彼は、ひどく頼りなく寂しげに見えて。その冷たい色に溶けて消えてしまいそうで。どうしても彼を、独りにしておけなかった。
ベッドを振り返ると、ヴィオレットは相変わらず規則正しい寝息を立てている。
少しだけだから、いいよね?
ロラは自分に言い訳をして、そっと部屋を抜け出した。
「眠れないの?」
気配に気付いて、先に声をかけたのはデューだった。振り向いたその顔には、思いがけず、柔らかな笑みが浮かんでいる。
「それ、あたしが聞こうと思ったことなんだけど」
取り越し苦労だったかと、ほっとしながら近づいていくと、彼は少し横にずれて、場所を空けてくれた。隣に座り、問うように彼の顔をのぞき込む。
「……夢をみたんだ」
ややあって、彼は少し照れくさそうに答えた。
「怖い夢?」
「違うよ。幸せな夢。君が出てきたよ。ヴィオやレミやノエルもいた。みんな集まって、ここでハーブを収穫してたんだ。でも、カーテンを閉め忘れたせいで目が覚めてしまって……。すごく幸せだったから、もっと夢を見ていたかったのに」
彼ははまだ夢の中にいるようなふわりとした笑みを見せると、少し西の方角に寄った大きな月を見上げた。
「あー、あたしも。カーテンの隙間から月が射してきて、起きちゃったのよ」
ロラも目を細めて、彼と同じものを見上げる。
幸せな眠りを妨げた意地悪な月が、並んだ二つの影を地面に落としていた。
「ようやく、夢を見られるようになったんだな……って、嬉しかったよ。最初の頃の僕はからっぽで、見る夢さえなかったのに」
失くした過去が残した空虚を抱えながらも、ここへ来てからの日々を愛おしむ。そんな彼の横顔が切なくて視線をはずすと、風もないのに髪がふわりと揺れた気がした。
「ねえ、ロラ。君の髪、こんな月夜なのに太陽みたいだね」
視線を戻すと、デューがロラの髪の一房をすくいあげ、そっと口づけていた。
「あの……。デュー……?」
「明るくて、温かくて、とても綺麗な……君の色」
髪に神経など通っていないのに、彼の温もりを感じた気がした。
彼の、長い睫毛が落とすくっきりとした影や、月光に透ける髪、赤い糸を絡み付けた繊細な指先は、美しい夢を見ているようだ。
「きゃぁぁぁっ!」
しかし、突然響き渡った子どもの悲鳴に、ロラははっと我に返った。
「ヴィオ!」
しまった! あたしがいなかったから……。
デューを押しのけ、慌てて立ち上がると走り出す。
「ロラ! あの声は……」
「デューは来ないで! 来ちゃだめ! 声を出さないで!」
追いかけて来ようとする彼にそう叫ぶと、庭を横切り、裏口に走り込む。
その間も、ヴィオレットの悲痛な叫び声は響いている。
「やめてぇぇ! 助けて! 連れて行かないで!」
家に入ると、廊下の暗がりに、心配そうな顔をした兄が腕を組んで壁にもたれていた。彼は無言で顎をしゃくり、早く行けと促す。
「うわぁぁぁん。お姉ちゃーん! どこにいるのぉ……」
扉を開け放つと、ヴィオレットが部屋の真ん中に立ち尽くして泣き叫んでいた。
「大丈夫よ、ヴィオ! ここにいるわ!」
飛びつくようにして抱きしめ、言い聞かせても、ロラの声は彼女に聞こえていない。腕の中で狂ったようにもがきながら、悲痛な声を上げ続ける。
「いやぁぁ! 助けて!」
「ごめんね。お姉ちゃん、お水を飲みに行っていただけなの」
小さな身体を強く抱きしめて、良心がとがめる嘘を必死に言い聞かせる。背中をさすり、髪を撫で、辛抱強く声をかけ続ける。
「大丈夫。ほら、ここにいるでしょ? ずっとヴィオのそばにいるよ」
「やめてぇーっ! お姉ちゃんを、連れて行かないで! いやあぁぁぁーっ!」
暴れ狂い、泣き叫び、疲れ果てて眠りに落ちるまで、少女の苦しみは延々と続く。翌朝、その記憶が一切ないのがせめてもの救いだ。
「ごめん……ね。もう、どこにも行かないから」
ロラは暴れる小さな身体を抱きしめて、罪悪感に唇を噛んだ。




