リョウのいない軍議
次の日の午後。
クラナはユリアーナ、フィラック、アーサーンらを呼んで軍議を開いていた。
と言っても、シャマタル独立同盟軍は単独で軍事行動を取ることは出来ない。
ここで行われたのは、各戦線の戦況の整理と兵士を行動制限に関してだった。
「不満があると思いますけど、私たちはあまり外に出ない方がいい良いと思います。物資はグリューンさんが手配してくれますから」
「賛成です」とアーサーンが言う。
「彼ら、イムレッヤの民は不安なのです。ただでさえ、ルルハルト・ラングラムという脅威があるのに、その上、長年敵対していた我らが要塞内にいては心が休まらない。私たちはあまり目立たないべきでしょう」
「まったく窮屈ね」
ユリアーナは「もううんざり」と言いたそうだった。
「時にゼピュノーラ殿、今日の午前中のことです。女の兵士が、イムレッヤ帝国軍の兵士数名を殴って逃げたらしいのですが、何か知っていますか?」
アーサーンはユリアーナに視線を向ける。
「へ、へぇ~~、でも証拠がないわ」
ユリアーナは視線を逸らす。
そもそも「証拠がない」という言い方がすでに犯人を示していた。
「容疑者は三名です。『女の兵士』というのが三人しかいません。クラナ様、カタイン将軍、そして、あなたです。カタイン将軍はいません。クラナ様は部屋で事務作業を行っていました。ということは…………」
「も、もしかしたら、女顔の男だったかもしれないわよ!?」
「目撃者は栗色の癖っ毛が印象に残ったと言っていました。というか、私ですが」
「もう最初っから私が犯人だって知っているんじゃない!」
ユリアーナは声を上げた。
「見苦しい言い訳は中々、面白いものですね」
アーサーンは笑う。
「よし、アーサーン連隊長、外に出ましょう。ちょっと、剣の稽古をしようじゃない?」
「遠慮します」
「あの~~、話がどんどん逸れているのですが…………それにユリアーナさん、昨日に続いて、今日も………………」
立場では上のはずのクラナは、いつも通り申し訳なさそうだった。
「クラナ様、違うんです。あいつらが、戦場は女の出るところじゃないって言うから、カタイン様を非難するなんて度胸があるわね、それともただの馬鹿? って、言っただけなんです」
「それ、充分、喧嘩売ってますよ! ユリアーナさん、あまり騒ぎを起こさないでくださいね。リョウさんやルピンさんが、ユリアーナさんはいつも騒ぎを中心にいるって言ってましたよ」
「アイツら…………でも、否定はできません。よく考えると私って、シャマタルでは大人しくしていましたね」
「ここでも大人しくしてください」
「努力します。善処します」
ユリアーナは「分かりました」とは返さなかった。
「軟禁、を考えた方が良いですか?」
「クラナ様、冗談ですよね!? なんだか、口調がルピンに似てるんですけど!?」
「ふふふ、でも、本当に次はありませんからね」
クラナは笑った。
「はい、気を付けます…………」
「これ以上、話が逸れても仕方ありません。もう一つの本題に入ります」
それは各地の戦況報告である。
グリューン経由で、クラナたちは各地の戦況を知ることが出来た。
「まずは簡単に説明します。フェーザ連邦と対している西部戦線は優勢、ベルガン大王国・ローエス神国と対している西南戦線は劣勢、南部戦線は一進一退です」
「西部と南部は良いとして、西南戦線が劣勢なのはまずいのでは? もし、西南戦線が崩壊すれば、防衛線の中央に穴を開けられる形になります。そうなった場合、西部、南部戦線、及び帝都への侵攻、連合軍に多くの行動の自由を与えることになりませんか?」
アーサーンが言う。
「それは大丈夫だと思います」
クラナが即座に答えた。
「西南戦線は今のところ負けていますけど、司令官はエルメック将軍です。エルメック将軍は、イムニアさんの思惑通りに動いているのだと思います。エルメック将軍は敵を引き付けて、帝国内へ誘い込み、反攻するつもりだと思います。その切り札はリユベックさんです」
「敵の補給線が伸び切ってから、攻勢に出るということですね。しかし、そうすんなりと行くでしょうか?」
「もちろん、そうはならないと思います。ベルガン大王国とローエス神国が開けた穴らから、フェーザ連邦、リテリューン皇国が雪崩れ込んでくるでしょう」
「そうなれば、イムニア司令官の思い描いていた戦場が完成するのですね」
「今のままだと何年も戦いが続くかもしれません。いくら帝国でも何カ所も戦線を維持して、長期戦を行うのは不可能です。だからイムニアさんは短期決戦を考えているのです。…………んっ? 私、変なこと言ってますか、ユリアーナさん?」
ユリアーナが驚いた表情になっているのに気が付いて、クラナが言う。
「いえ、なんだか、リョウみたいなことを言っていると思いました」
「と言うよりは、リョウさんの言葉です。リョウさんが言っていたことの中から、現在の状況と一番合っている展開を考えているだけです」
「だけ、ですか」
クラナは「はい」と別段、誇ろうとせずに返した。
それを見て、三人は互いに顔を見合わせた。
「な、なんですか?」
クラナは心配になり、狼狽える。
「いえ、随分と頼りになる司令官に成長したと思ったのです」とアーサーン。
フィラックとユリアーナは頷いた。
「どういうことですか?」
クラナには意味が分からなかった。
「失礼な言い方になりますが、クラナ様が私たちを感心させることを言えるようになるとは思っていませんでした。クラナ様には元々、人の意見を受け入れることのできる寛容さがあります。もしかしたら、数年後には大陸有数の名将になっているかもしれません」
アーサーンは素直な感想を言う。
「ありがとうございます。でも、私は名将になるより、リョウさんに頼られる妻になりたいです」
「ん~~、それは名将になるより難しいかもしれませんね」とユリアーナ。
「そうですよね」とクラナは返す。
全員が苦笑する。
シャマタル独立同盟軍は油断などしていなかった。現状を把握し、次のことを考えていた。
それでも次の日、起こった出来事に驚愕しなかった者はいなかった。