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大陸戦乱末の英雄伝説  作者: 楊泰隆Jr.
雄飛編
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クラナの忍耐

 ――――カタイン軍が出撃した翌日のガンルレック要塞。

 この日の正午頃、クラナは一つの事件の報告を受けた。

 シャマタル独立同盟の兵士数名とイムレッヤ帝国ルーゴン麾下の兵士数名が乱闘騒ぎを起こした、という報告だった。理由はどちらが道を譲るか、という口論が発展した結果だった。幸い、重傷者は出ていなかったが、両軍の間に不信感が生まれた。

「今回の件、両者に落ち度があると判断し、当事者たちは謹慎処分とする」

 要塞の秩序を預かるシュトッタは、そう結論を出した。

「なぜです。なぜ、余所者の奴らと我らが同じ処遇なのですか!?」

 ルーゴンは不満を漏らした。

「寛大な処置感謝します」

 クラナは頭を下げる。

「この時期に友軍同士でいがみ合っては、イムレッヤ帝国とシャマタル独立同盟の友好関係そのものに亀裂が生じてしまう。私はそれを望まない」

 それがシュタットの意見だった。

「たかが三千の兵が味方したところで、戦局にそんな影響があるのですかな?」

 ルーゴンはそう吐き捨てて、退席した。

「すまない。ああいう奴もいるのだ」

「構いません。余所者である私たちを信頼できないのは無理もありませんから。それに私たちの歴史には大きな溝があります。私が思っている以上にそれは深いのかもしれません」

 クラナ自身、要塞に来てから歓迎されていない雰囲気を何となく感じていた。

 街を歩くと視線を感じる。それは嫌悪や疑心だった。

「処分が軽くて本当に安心しました」

「ここであなた方を無下にすれば、イムレッヤ帝国とシャマタル独立同盟、両国の関係を悪化させてしまう可能性があります。私はそのような重責を負うことを望みません。私は辺境の平凡な司令官として終えたかった。まさか、この地に敵が攻め込んでくるとは…………」

 シュタットは本気で嫌がっていた。

 武人としてあってはならない発言だが、クラナは好感が持てた。戦いを望む者より、戦いを望まない者が増えれば、戦乱は終わるかもしれない。自分は英雄と呼ばれなくなり、リョウは暇な一日を読書に費やす。そんな平穏が手に入るかもしれない、とクラナは思う。

「カタイン様が勝ってくだされば、それで東部での戦闘は終結するだろう」

「私もそう願っています。それはそろそろ、失礼します。乱闘騒ぎの一件で、兵たちが少し騒がしいのです。決まったことを伝え、安心させてあげないといけません」

「分かりました。帰り道に護衛を付けますか?」

「大丈夫です。優秀な護衛がいますから」

 クラナはユリアーナを見た。

 クラナの付き添っているのはユリアーナだけだった。

 クラナがシュタットの元へ行く言った時、フィラックやアーサーンも同行を希望したが、軍全体がピリピリしている現状で、指揮官が全員居なくなるのは避けたかった。なので、ユリアーナだけが随員した。

「その辺の男よりは強い自信がありますよ」

 ユリアーナが言う。

「武勇は聞いています。アルーダ街道での奮戦はイムレッヤ帝国内でも有名ですから」

「有名になるような武勲を上げた覚えはありませんけどね」

 ユリアーナは苦笑する。

 二人はシュタットに挨拶すると退出する。

「あまり大事にならなくて、良かったですね」

 帰り道、ユリアーナが言う。

「はい、でもシャマタル人に対して、要塞の方々が良くない感情を持ったと思います。それが不安です」

「それは仕方ないと思います。カタイン様やフォデュース将軍などは、シャマタル人に対して、偏見はないと思います。でも、多くの人は長年、下に見ていたはずのシャマタル人が対等に扱われることが耐えられないのだと思います」

「難しいですね」とクラナは返す。

「緊張が解けたせいか、お腹が空きました。クラナ様はどうですか?」とユリアーナが言う。

「私もです。事件があったせいで、お昼ご飯を食べ損ねましたから」

「なら、何か食べていきましょう。この通りは美味しそうな匂いがしますよ」

「でも、早く帰らないと行けませんよ」

 クラナは正論を返す。

「ん~~、じゃあ出店! 出店で何か買って食べながら帰りましょう!」

「仕方ありませんね」とクラナは、ユリアーナの希望を聞き入れた。

 ユリアーナは肉の串焼きを売っている出店に近づく。

「おじさん、二本頂戴」

「はい、まいど…………悪いね、串焼きは品切れだよ」

 店主は何かに気付く。何かを嫌悪した表情になった

「何、言っているの? 目の前にあるじゃない?」

 ユリアーナは突っかかる。

「いいから、帰ってくれ。あんたらに売る物はない!」

 店主は鬱陶しそうに言った。

 ユリアーナは店主の視線がクラナへ向けられていたことに気付いた。

「ふ~~ん、そういうことね…………」

 ユリアーナの目の色が変わった。店主はユリアーナの殺意を感じ、青くなる。

「ユリアーナさん!」

 クラナがユリアーナを静止した。

「私のために怒ってくれるのは嬉しいです。でも、騒ぎを起こせば、ユリアーナさんの立場が、いえ、私たち全体の立場が悪くなるだけです。私は大丈夫ですから…………」

 ユリアーナは、クラナの少し悲しそうな表情を見た。

「ごめんなさい。クラナ様には止められてばかりです」

 ユリアーナは店から立ち去る直前、もう一度、店主を睨み付けた。

 店主は俯いていた。

 結局二人は何も買わずに帰り道を急いだ。



「クラナ様は我慢強すぎです」

「ルピンさんに鍛えられました」

「そういえば、そうでしたね。けど、ルピンみたいにならないでください。考えただけで面倒くさいですから」

「私はルピンさんみたいになりたいですけど。ルピンさんくらい、リョウさんに頼られたいです」

「目標がルピンだったり、支えたい相手がリョウだったり、素直に応援をする気にはなりませんけど、頑張ってください」

 ユリアーナは冗談っぽく言う。

 クラナは「はい」と返した。

 二人は帰り道でそんな会話をしていた。


 

 宿所に帰ったクラナは気持ちを切り替えて、すべきことを行う。問題を起こした兵士たちを呼び出し、謹慎を言い付けた。

 なるべく、感情を込めずに淡々としゃべった。クラナに迷惑をかけたことに対して、クラナより年長の兵士たちは何度も謝罪する。

「謝罪はもういいですから、今は休んでください」

 クランはそう言って、兵士たちを退出させた。

 クラナは「上に立つのは大変ですね」と呟いた。視線の先にはユリアーナがいた。

 ユリアーナは何も言わず、肩を竦めて、苦笑した。

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