クラナからの手紙
カタイン陣営はガンルレック要塞へ帰還する準備で慌ただしかった。
リョウに声をかける者はいなかった。
リョウはクラナからの手紙を握っていた。
まだ読んでいない。読むのが怖かった。
「いつまで止まっているつもりかしら?」
カタインが声をかける。
「これ、いらないなら捨てましょうか?」
カタインはリョウから手紙を取り上げた。
「待ってください!」
「なるほど、読む気はあるようね。今は時間がないわ」
カタインは手紙の封を切った。
「何をするんですか!」
「黙りなさい」
手紙を取り返そうとしたリョウを、カタインは突き飛ばす。
「どうせ、読む勇気がないんでしょ? なら、私が読んであげるわよ」
そう言って、カタインは手紙を読み始める。
『リョウさんへ
今までリョウさんと距離が近すぎて、こんな風に手紙を書いたことはありませんでした。リョウさんが隣にいないのはとても不安です。一年間、リョウさんの妻として肩を並べて歩んでいたつもりでした。でも、戦場に出た時、リョウさんの存在はやっぱり遠くて、一年前の戦争の時と同じように背中を見ることになってしまいました。だから、今回のことは好機だと思っています。私は必ずルルハルトさんに勝ちます。そして、次に会う時はリョウさんと肩を並べられるようになりたいです。生意気で、大それたことを言っている自覚はあります。でも、私はそんな存在になりたいです。まだ、何も分からなかった私をリョウさんが支えてくれたように、今度は私がリョウさんを支えたいです。次に会う時は、頑張ったね、と私を褒めてください。私は、別に大したことなかったですよ、と返しますから
クラナ・ネジエニグより』
「ですって」
カタインはリョウへ手紙を返した。
リョウは確認する。間違いなく、クラナの字だった。
「全員が出来ることをやろうとしている。坊やはいつまで止まっているつもりかしら?」
リョウは大きく息を吐いた。
「僕はいつまでクラナを守っている気になっているんだ…………! 僕はいつまでクラナのことを何も知らないお嬢様だと思っているんだ…………! クラナは成長しているんだ。僕はそれも見ていなかった。こんなに…………こんなに近くにいたはずなのに…………何も見ていなかった。だから、クラナを危険に晒した。クラナが遠くに行ってしまった。許されるなら、もう一度、クラナに会いたい。もう離れたくない。クラナを助けたい。クラナに助けられた。クラナに頼られたい。クラナを頼りたい」
「そう思うなら、やることがあるんじゃ無いかしら?」
リョウは顔を上げる。表情に悲壮感や絶望はなかった。
カタインはその表情を見て、満足だった。
「もう止まりません」
リョウは手紙をしまった。
「なら、ここから巻き返すわよ」
カタインは不敵に笑った。
「さすがによく寝ているわね」
翌日、まだ夜が明ける前にカタインは動いていた。
そして、ユリアーナの寝顔を除いていた。
「そろそろ、起きなさい」
カタインは、ユリアーナの体を軽く揺する。
起きる気配はなかった。
「仕方ないわね」
「ぐふっ!?」
カタインはユリアーナの頬を叩いた。
「カタイン様?」
「これ以上、寝てると襲うわよ?」
「!!!!」
ユリアーナは身の危険を感じ、飛び上がった。
そして、自分の状況を思い出す。
「早くガンルレック要塞へ戻らないといけないのに、カタイン様なんで…………」
「あんな状態のあなたを返すわけにはいかないわよ。途中で倒れたら、意味が無いわ。でも、休息はこれぐらいで十分でしょ。食事をしたら、要塞へ決まったことを伝えてちょうだい」
「食事なんてしている時間は…………」
「しない、と言うなら縛り付けてでも口にものを入れるわよ」
「分かりました! 食べてから出ていきます!」
ユリアーナは諦めて、食事をする。
「カタイン様?」
「何かしら?」
「私、到着した時はボロボロだったのに、今は服も、体も綺麗になっているみたいですけど?」
「心配しないで。あなたの体に触れたのは私だけだから。女があんまり汚れた姿でいるもんじゃ無いわよ。報酬の前払いということで、別の意味で汚しそうになったけれど」
「私が寝ている間、何にも無かったですよね!?」
ユリアーナは体中を触る。
「まだ大丈夫よ。後が楽しみだわ」
カタインは微笑んだ。
ユリアーナは、蛇に睨まれた蛙の気分が少しだけ理解できた。
食事後、すぐに出発の準備をした。
「必ず援軍が来ることをみんなに伝えます。それと…………」
ユリアーナはリョウに近づく。
「ちょっとはマシな表情になったわね」
「ユリアーナ、クラナを、みんなを頼む。僕らが到着するまで要塞を守ってくれ」
「やっと、私に頼みごとをする気になったのね。遅いわよ、馬鹿。早く来なさいよ。そうしないと私たちだけでカタを付けちゃうわよ」
ユリアーナは出発した。
「私たちも行くわよ。進路は最短最速! 目指すはラングラムの首よ!」