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大陸戦乱末の英雄伝説  作者: 楊泰隆Jr.
立志編
9/184

ユリアーナとローラン

 ランオ平原会戦の結果はすぐにファイーズ要塞のアーサーン、ファイーズ街道のイムレッヤ帝国軍も知るところになった。

「しかし、これでファイーズ街道の帝国軍は再び攻めて参りましょう」

「そうだろうな。これも覚悟の上だ」

 現在のファイーズ要塞の兵力は三千余りだった。

 多くはランオ平原に向かった。

「ほ、報告します! エルメックが参りました!」

 アーサーンは別段驚きはしなかった。

「そうか」と言い、立ち上がる。

「して、敵は全軍か? それともエルメックの一個軍団か?」

「いえ、それが…………」

 兵士は返答に困る。

「どうした? はっきりしろ」

「従者数名を引き連れ、やってきたのです。会談がしたいと言っています」

「…………なんだと?」

 アーサーンは手にした剣を思わず落としてしまった。



 エルメックは堂々とファイーズ要塞の中に入り、そして軍関連施設の一室に通された。

「閣下、あまりに危険ではありませんか?」

 ガリッターが言う。

 ガリッターの強い希望があり、エルメックは彼をファイーズ要塞に同行させた。

「もし、ワシらに何かあれば、フェルターが全軍を持ってファイーズ要塞に殺到することになっておる。ここまで戦った者たちがそれに気付かないはずがない」

「どんな賢者も一時の名誉に判断を誤ることがございます」

「ほう、ワシの首はそんなに魅力的かの?」

 エルメックは笑った。

 しばらくして、ドアを叩く音がした。

 ガリッターが立ち上がり、ドアを開ける。

「このような場所で申し訳ありません。私はアーサーン、クラナ・ネジエニグ様の留守を預かり、ファイーズ要塞の代理司令官をしております」

 アーサーンは武具の類いを一切付けずにエルメックを訪ねた。

「こちらこそ、突然の訪問を容赦して頂きたい。皆の者、席を外せ」

「しかし!」

 ガリッターが声を上げた。

「このような無礼な訪問を受け入れてくれたのじゃ。礼儀というものがある。命令じゃ、皆でよ」

 エルメックの有無を言わせず、ガリッターを含む全ての兵士を外に出した。

「それならこちらも私一人で良いでしょう」

 今度はシャマタル側の兵士が声を上げた。

「お互いに兵士から心配されているようじゃの」

 エルメックは笑った。

 両陣営の兵士が外に出ると、アーサーンは腰掛けた。

「訪問の理由をお聞かせください」

「単刀直入じゃの」

「機嫌を取ってもしょうが無いでしょう」

 アーサーンの言い方は好意的では無かった。もっと言うなら、余裕が無かった。戦う覚悟は出来ていた。死ぬことも仕方ないと思っていた。

 しかし、この事態は全く予期していなかった。

 鼓動は早くなる。背中は汗でびっしょりになっていた。

「なら、こちらも妙な機嫌取りは無しじゃ。ワシが訪ねたのは他でもない。投降するつもりは無いかの?」

 アーサーンは顔を強張らせた。

「民衆の無事は保証しよう。兵士たちは帰りたい者は帰し、こちらに付きたいという者は厚遇しよう。お主は優秀じゃ。ワシの元で将軍にしてやっても良い。裏切れと言っておるのでは無い。寡兵に無勢、それだから投降したのであれば、誰もが仕方ないと思うじゃろう。裏切りなどの不名誉よりはマシだと思うがな」

 アーサーンは直感で、エルメックがファイーズ要塞内であった騒動を知っていると察した。その上でこのようなことを言っている。

「お断りいたします」

「それは何故じゃ? 名誉の戦死がほしいか? それとも勝てると思っているのか?」

「エルメック様は知らないようですが」

 アーサーンはあえて、そう始めた。

「私は元々、シャマタル独立同盟を裏切ろうと思っておりました。しかも、それを看破されたのです。死罪が当然でした。それを生かしてもらったばかりか、信頼し全軍の半数を預けてくださった。そして、今は私に留守を守ることをさせて頂いた」

「捨て駒にされただけでは無いか?」

「違います。元々はフィラック様が残る予定だった所を無理を言って私が残ったのです」

「取引をせんか?」

「ですから私は…………」

「違う違う」

 エルメックは首を横に振った。

「正直な話をするとの、ワシは今言った取引にお主が応じた場合、投降してきたお主を殺すつもりじゃった。ワシは知っておったのじゃよ。お主が裏切り者じゃとな」

 エルメックの言い方は白々しかった。

「コロコロと旗を変える人間をワシは信用できん。お主は良い上司に会えたようじゃな。顔にそう書いてある。話を戻そう。ワシの取引と言うのはこの要塞を守ったのは誰だ、ということじゃ」

「この要塞を守ったのは、アレクビュー・ネジエニグ様の孫娘クラナ・ネジエ…………」

「あのなぁ、アーサーンよ。ワシはそんな建前を聞いておるのではない。街道で帝国軍に連勝したあの策は誰が考えた? 川をせき止め、兵士を押し流すなど誰が考えた? あの矢より早く飛んでくる飛び道具は誰が設計した? 帝国軍の本隊がザーンラープ街道を通ると誰が予想した? それを聞いているのじゃ。答えよ。答えれば、この要塞、見逃すとしよう」

 両者は睨み合った。無言だった。

「攻め落とせると本気で思っているのなら、本気で攻めてくるがいい」

「なんじゃと?」

「エルメック様は知っているはずです。追い込まれたシャマタルの底力を。その力、身をもって体験なさいませ!」

 また沈黙だった。

「見事じゃ」

 エルメックは立ち上がる。

「ワシらの目的は陽動。これ以上の流血は無意味じゃ。この戦、お主らの勝ちじゃ」

「一つだけ申し上げておきます」

「なにかの?」

「確かに優れた参謀がいます。しかし、その者のことを言えないのは、私でもよく分からないからでございます」

「なんと」

「通称はリョウ。獅子の団という傭兵団の参謀ですが、それ以前の情報がございません。用兵・戦術・戦略をどこで学んだかも分かっていないのです」

「なるほどのう。どこか異質な気がしたのじゃ。もしや、こことは別の世界から来たのやもしれんの」

「まさか!?」

 アーサーンはエルメックが冗談を言っていると思った。

「いずれにしろ。司令官不在の要塞を落とし、功を誇るなど年寄りには恥ずかしくてできんわ」

 二人の会談は決着した。

「何のために総司令官が自らここへ来たのでしょう」

 エルメックの一行が帰った後に、兵士が訪ねる。

「真理は分かりかねる。だが、こちらを油断させ、その隙を突き、一気に要塞を攻め落とす策があるやもしれん。負担が大きくなるが、見張りを倍に増やせ。民衆の中で戦いの参加を志願する者には、急ぎ武具を用意せよ。急げよ」

 エルメック来襲を受け、ファイーズ要塞は慌ただしく動いた。



「なぜ、危険を承知で要塞へ入られたのです」

 帰り道、ガリッターがエルメックへ訪ねる。

「なぜだと思う?」

「敵を油断させ、要塞を攻め落とすため、ですか?」

「そうも考えられるの。敵もそう思い、防御を固めるやもしれん。いいや、あのアーサーンという男は間違いなくそうするじゃろう」

「なら何故?」

「理由は二つある。一つは敵に防御を固めさせることで、我らが攻める隙をなくすのじゃ」

「意味が分かりません」

「敵に隙や綻びがあれば、フェルターは見逃さんじゃろう。そうすれば、また戦闘になる。また人が死ぬ。この戦争の勝敗はファイーズ要塞の陥落にあらず、ならばこれ以上の戦いは無用じゃ。敵に隙がなければ、戦いをせんかった言い訳くらいにはなるじゃろうて。そして、もう一つの理由はの…………」

 エルメックは笑う。

 ガリッターは、エルメックが十歳は若返ったように見えた。

「ワシにここまでの負けを経験させた者の名前を聞いてみたかったのじゃ。リョウ、聞かぬ名だ。この大陸は意外に広いようじゃの」

 春先から続いたファイーズ街道及びファイーズ要塞の戦いは事実上終結した。



 シャマタル独立同盟軍は、ハイネルの街に駐留していた。

「ここは?」

 リョウが目を覚ました時、医薬品の匂いがした。そして、腹部に重みを感じる。

「クラナ?」

 見るとクラナが俯きになり、寝ていた。

 リョウはクラナの体を揺すった。

「んっ…………」

 まだ寝惚けるクラナに、リョウは顔を近づけた。

「りょ、リョウさん!?」

 クラナは急に覚醒する。

「良かった。目を覚ましたんですね」

「えっと、何があったんだっけ?」

「ランオ平原から退却してすぐに倒れたんですよ」

「ランオ平原…………!」

 それを聞いた瞬間、忘れていた、或いは無意識に封印していた記憶が蘇った。

「被害は!?」

 リョウは思わず、クラナの肩を掴んだ。

「全軍の約三割を失いました」

「そうか…………」

 クラナを掴んだ手から力が抜ける。

「ごめん、痛かったよね」

「大丈夫です」

「ねぇ、ユリアーナはどうなったの?」

 リョウは下を向いていた。答えを聞くのが怖かった。

「重傷を負った者が収容される棟にいます」

「助かるの?」

 クラナは、はい、と答えようとして、言葉に詰まった。医者の話だと、どちらに転ぶか分からないらしい。あれほどの重傷で生きている人間が希であると言われた。

「本当のことを言ってほしい。頼むよ…………」

 リョウはクラナの手を取った。リョウは震えていた。

「医者は分からないと言っていました。医者の常識を超える生命力でユリアーナさんは生きているのです」

「ユリアーナの所へ行きたい」

 クラナは返答できなかった。

 一つには、リョウがユリアーナを見た時にどれほどの衝撃を持つか心配したからである。

 そして、もう一つはクラナ自身、心底卑しいと思うことだが、リョウが他の誰か、特に女の所へ行くのが嫌だと考えるようになったからである。

「リョウさん、私、最低かもしれません」

 クラナは思わず、呟いた。

「どうしてだい?」

「く、口に出してましたか!?」

「僕が聞いたと言うことは、そういうことだね」

「わ、忘れてください! さぁ、ユリアーナさんの所へ行きましょう」

 リョウはそれ以上聞かなかった。今、それだけの余裕はなかった。

 クラナがいると言われた病棟へ行くと、薬品の匂いより血の匂いが強かった。もう一つ、独特の匂いがする。言い難いそれの正体は『死』そのものかもしれない。

 すれ違いに息絶えた兵士が運ばれていく。知らない顔だった。リョウは、ホッとした自分を嫌悪した。

「よう、若いのが二人、ウロウロしていると思ったら、クラナじゃないか」

 声をかけられた。

「ローランさん!」

「うんうん、確かにいい女になったな」

 年はグリフィードと同じくらい。整った顔は女性から人気があるだろう、とリョウは思った。

「君が噂のリョウだな?」

 ローランは視線をリョへ向ける。

「あなたは?」

「申し遅れた。シャマタル独立同盟軍第七連隊連隊長、ローラン・オリビティだ」

「あなたが、ローラン連隊長でしたか。名前は聞いています」

「堅苦しいのはよせ。ここへはどうして?」

「友人を見舞いに来ました」

「そうか、早く行くと良い。俺は古い知り合いに会おうと思ったのだが、間に合わなかった」

「それはお気の毒に…………」

「ユリアーナ、久しぶりに会えると思ったが残念だ」

 リョウは固まった。

「今なんて?」

「ユリアーナ・ゼピュノーラ。君たちも知っているだろう?」

 リョウは足から力が抜けた。倒れそうになる。クラナがそれを支えた。

「ローランさん、それは本当ですか!?」

 言葉を失っているリョウに代わり、クラナが訪ねる。

「嘘を言ってどうする?」

「…………リョウさん、帰りましょう。一度、落ち着いてからまた来ましょう」

 クラナ自身、悲しかったが、それ以上にリョウが心配だった。

「いいや行くよ」

 リョウは足に力を入れ直して、言った。

「仲間が死ぬのは今回が初めてじゃない。僕は僕の責任で招いたことをちゃんと直視しないといけない」

 そう言って、リョウは病棟へ入る。クラナ、そしてローランも続いた。

「右の一番奥だ」

 ローランに言われる。

 リョウは重すぎる足を引きずるように進めた。

 やっとの思いでたどり着く。

「ユリアーナ…………」

 瞳は閉じていた。肌は白かった。リョウは手を伸ばし、頬を触る。驚くほど冷たかった。

「ごめん、ごめん…………」

 リョウは俯く。泣いた。声は震えた。

「まったく、寝かしておいてくれないかしら?」

 弱々しい声がした。

 リョウは顔を上げる。

「あんたらしくない顔ね。もっと飄々としていなさいよ。調子が狂うわ」

「ユリアーナ、生きていたんだね!」

「あまり大きな声を出さないでちょうだい。血を流しすぎたせいか。頭が痛いし、とっても寒いの」

「生きていて良かった…………」

「シャマタルの、この戦争を結末を見る前に死ねないわよ。なんでそう思ったのかしら?」

「だってローランさんが…………」

 クラナが言う。

「ローラン!?」

 ユリアーナは思わず体を起こした。

「よう、久しぶりだな」

 ローランは笑った。

「おに…………って、なんで私が死んだことになっているわけ!?」

「俺は別にユリアーナが死んだ、なんて言ってないぞ」

 ローランは悪戯小僧の顔になっていた。

「間に合わなかった、と言ったんだ。医者の話だと、今、寝たばかりだと言っていた。俺は嘘を言っていないだろう?」

「そうですね。あなたは嘘を言っていない。でもこれだけは言っておきます。僕はあなたのことが嫌いかもしれない」

「ローランさん、私も一言、初めて人を殴りたいと思いました」

「おお、これは手厳しい若者たちだ」

「冗談はさておき、僕に気を遣ってくれたんですね」

「何のことかな?」

「惚けないでください。ユリアーナのこの状況…………」

 リョウはユリアーナへ視線を向けた。包帯には血が滲んでいる。生死に関わる傷というのは偽りではなかった。

「もし、普通に会ったら、僕の気が滅入ると思ったのでしょう? だから、死んだように思わせて、そこから上げて、僕の気持ちがどん底にならないように気を遣った。違いますか?」

「意外に冷静だな。俺より十も年が下なのに、恐ろしいことだ」

「そうだったのですね…………」

 心の底から、本気でローランを殴りたいと思ったクラナが呟いた。

「クラナ、意外と気性が激しいのか? まぁ、お前の祖母も母親も中々の気質の方だったと聞いているが…………」

「ロ、ローランさんが悪いのです! ユリアーナさんが死んだように誤解させるなんて!」

「あんたたちね。私は一応、けが人なのよ。もっと静かにしてくれないかしら」

「おお、悪かったな。ゆっくり休め」

 ローランは、ユリアーナの頭を撫でようとする。ユリアーナはそれを拒絶した。

「どうした?」

「やめてよ。もう子供じゃないんだから」

「そんなことを言うなよ。昔みたいに『お兄ちゃん』って言っても良いんだぞ」

「お兄ちゃん?」

 リョウは首を傾げる。

「そういえば、昔はそう呼んでいた気がします」

 クラナが言う。

「む、昔の話よ! 今更、そんなこと言えないわ! 痛い…………」

「そんな声を出すからだ。お前、自分の状況が分かっているのか? 半死人なんだぞ?」

「そう思うなら、私が大声を上げるようなことを言わないでちょうだい」

「しかし、真っ平らだったはずなのに人は成長するもんだな。それがなかったら、死んでいたぞ」

 ローランは、ユリアーナの胸を指差した。

「あんたは私を怒らせたいの? 殺したいの!? いたた…………私の頭痛の種が増えた」

「えっ、他にもあるの?」

「あんたがその筆頭よ! いたた…………」

「今は休んでください。ユリアーナさん、怪我が治ったら、また私を助けてくれますか?」

「もちろんです。ちょっとだけ休ませてください。この程度の怪我、すぐに全快しますよ。いいえ、回復しなくたって、動ければ十分です」

 ユリアーナとの会話が一段落した時だった。

 慌ただしく、人が入ってきた。

「クラナはいるか!?」

「フェロー叔父様? どうしてここへ?」

「ランオのことを聞き、急ぎ駆けつけたのだ。すぐに伯父上を訪ねたのだが…………ちょっと来てくれないか?」

 フェローはリョウたちがいることで、会話を進めようとしなかった。

「叔父様、ここで話してくれませんか? ここには信用できる人しかいません」

「分かった。落ち着いて聞きなさい」

 フェローは声を小さくした。

 それを聞いたクラナは言葉を失った。

「そんなことだろうと思ったが…………」

 ローランは自分の人差し指を噛んだ。

「とにかく行った方が良い」

「リョウさんも来てくれませんか?」

「僕?」

「迷惑かもしれませんが、私は一人で受け止める自信がないのです」

 リョウは即答できなかった。

「行きなさい」

 ユリアーナが言う。

「あんたはクラナ様と一緒にいるべき。私のことを聞いて、クラナ様はあんたのためにここへ一緒に来たのよ。次はあんたがそれをやる番だわ」

 ユリアーナに言われ、リョウは決心する。

「元首様、僕も良いですか?」

「クラナが良いと言ったのだ。今更、私が何か言うことではない。こっちだ。急いでくれ。実はもう騒ぎになっている。伯父上は皆の前で倒れてしまったからな」

「分かりました。ユリアーナさん、失礼します」

「気をしっかり持ってください」

 リョウ、クラナ、フェローが出て行く。

 ローランは残った。

 三人が出て行くと、ユリアーナは倒れ込んだ。

「はしゃぎ過ぎだ。死ぬぞ」

 ローランが極めて真面目な顔で言う。

「だって、私が弱っているところを見せたら、あの二人、特にリョウはどうなると思う? あの子はああ見えて脆いのよ。誰よりも脆いの。いつも無理をしている」

「全くお前の団の人間はやせ我慢が好きらしいな。白獅子にも会ってきたよ。ヤハランもいた。いい団を作ったな」

「違うの」

「違う?」

「私は拾われたの。本当の団長はグリフィードよ。私は副団長。だけど、私が団長って方が説得力があるからって…………」

「そうだったのか。ということは、団長でもないお前のために白獅子は動いたのか?」

「そうよ。私のためにみんな動いてくれた。私は運がいいわ」

「国が滅んでも、生きているほどにはな。俺も行こう。ゆっくり休むといい」

 ローランは立ち上がった。

「待って」

「なんだ?」

「いえ、何でもないわ」

「何でもない、それはないだろう。思わず口にしたように聞こえたぞ」

「あんたは変わらないわね。そうやって私の考えを見透かして」

「ということは俺の言葉が合っていると言うことだな。どうした? 言ってみろ」

 ユリアーナは少しだけ戸惑い、口を開く。

「怖いの。誰かに一緒にいてもらわないと、見えない力が私をどこかへ連れて行ってしまいそう。だから、その…………一緒にいてほしい」

 ユリアーナは気まずくなり、目を背けた。

「一つ、願いを聞いてくれたら、そうしよう」

「な、なにかしら?」

 ユリアーナは、悪い予感しかしなかった。

「昔の言い方でお願いしてくれたら、一緒にいてやる」

「な、何、馬鹿なこと言っているの!! いたた…………あんた、私を本気で殺す気?」

「そんなつもりはないが、物事には対価というものが必要だ」

「~~~~~~~~~~~~!」

 ユリアーナは毛布を頭まで被り、その中で葛藤した。

「どうした? そのままにしているなら、俺は行くぞ」

「待ちなさいよ」

 ユリアーナは毛布から顔を半分だけ出した。そして、深呼吸をする。

「一緒にいて。お、お兄ちゃん………………!」

「なんだか、ぎこちない言い方になったものだな。まぁ、今はそれでいいか。…………なぁ、再会の記念に聞いても良いか?」

「何を? 私、さすがにもう寝たいんだけど」

「なら、起きてからでいい」

「そんな言い方されたら、気持ちよく寝れないわ。聞かせて」

「なんで消えたんだ? ゼピュノーラ公国が無くなった時、なんでシャマタルへ戻ってこなかった?」

「それは…………怖かったから」

「怖かった?」

「そ、そうよ! だって、私って形式的には、客人兼人質みたいなものだったし、それで国が滅んだら、私の価値って無くなるんじゃないかって。私に優しくしてくれていた人たちの態度が変わるんじゃないかって」

「その変わるかもしれないと思っていた中に俺もいたのか」

「…………」

 無言。それが答えになった。

 ローランはユリアーナの額を小突く。

「な、何するのよ!」

「馬鹿だな。俺は別にお前が姫様だったから面倒を見たわけじゃ無いぞ。お前だったからだ。それはアレクビューの祖父さんやフィラックさんも同じだ。お前が消えた時、どれだけ心配したか」

「ごめんなさい」

「いいや、結果的にこうして再会できたんだ。満足しよう。お帰り、ユリアーナ」

「うん、ただいま、おに…………」

 ユリアーナは言いかけて、言葉を引っ込めた。

「なんだ、自然に言えそうだったのに」

「言わない!」

「まぁ、そのうち、また言ってもらうから、今はゆっくり休め」

「も、もう言わない! ほんとに疲れたわ。寝る」

 ユリアーナは瞳を閉じた。

 ローランは手を伸ばし、ユリアーナの頭を撫でた。

「よく頑張ったな、偉いぞ」

 ユリアーナは心地良い温もりを感じなら、眠りについた。

「うん、私、頑張ったよ、お兄ちゃん」

 ユリアーナは無意識に呟いた。それを後からローランに聞かされた時、悶絶することになる。

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