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大陸戦乱末の英雄伝説  作者: 楊泰隆Jr.
雄飛編
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やせ我慢

 フィラックは無言だった。

 ルパも無言だった。怒鳴られることも、殴られることも覚悟していた。

 ルパはフィラックに引っ張られて、二人が使っている部屋に戻ってきた。

「座れ」

 フィラックは怒鳴ることも、暴力に訴えることもしなかった。

「少し頭は冷えたか?」

 フィラックは静かに口を開く。

「すいません。我慢できなかったのです」

「あの場の全員が我慢した。ユリアーナ殿でも最後は拳を降ろした。こんなリョウ殿を見るのは初めてだ。だから、少しでも平常心で送り出したかった」

「父さんは立派ですね。私には出来ません」

 ルパにそう言われたフィラックは、次の言葉までに少し間があった。

「…………立派なものか。クラナ様の健気な姿が無ければ、私が前に出ていた。二十歳にもならない青年に、戦力外と言われたのだ。何も感じないはずがない」

 フィラックは震える。家族にだけ見せる素の姿だった。

「父さん…………」

「私はそんなに情けないか? そんなに当てにならないか?」

 外で愚痴を言えない年長者は、自分の娘に感情をぶつける。

「恐らく、悔しかったのは皆、同じだ。そして、情けなくも思ったのだろう。だから、リョウ殿の決定に異を唱えたかった。一番に反論したかったのは恐らくクラナ様だ。いや、間違いなく、クラナ様だ。それでもクラナ様は耐えた。だから、私も耐えることにしたのだ。お前を連れ出したのは、別にお前を怒るためじゃない。私自身の抑え込んだ感情、それが再熱する気がしたからだ。お前は私たちの思いを代表して、リョウ殿にぶつけた。リョウ殿を叩いたのが、お前で良かったかもしれない。お前は軍人じゃない。リョウ殿の友人だからな。今は無理かもしれないが、今回の溝はリョウ殿が帰ってきたら、埋めよう」

「その機会があるでしょうか?」

 ルパは悲しそうに言う。

「必ずある。私はそう信じている。さてと…………」

 フィラックは部屋を出ようとした。

「どこに行くのですか?」

「娘のやったことに関して、クラナ様へ頭を下げに行くだけだ」

「なら、私も…………」

「ならん。クラナ様にはお前は怒鳴りつけた上に謹慎させたというつもりだからな」

「えっ!?」

「それくらいの演技をしてもいいだろう」

 それだけ言うとフィラックは部屋を出た。

 一人残ったルパは大きく深呼吸した。

 そして、興奮で気付かなかった右手の痛みに意識がいく。

「人を叩いたのなんて初めてです。こんなに感情的になるなんて…………」

 ルパは手袋を外した。

 そして、人とは少しだけ異なる右手を見つめる。

「リョウさんにこの手のことを言う機会、遠ざかった気がします」

 ルパは呟いた。

 自分の右手を抱え込むように背中を丸めた。



 シャマタル独立同盟軍宿舎、仮設会議室。

「アーサーン、軍のことはあなたに一任していいですか?」

 クラナが言う。

 アーサーンは「かしこまりました」と言い、退出する。

「さてと…………」

 クラナはユリアーナに向き直った。

 先ほどのことがあったため、ユリアーナは気まずかった。

「ユリアーナさん?」

「はい?」

 ユリアーナは視線を合わせない。

「すいませんでした」

「………………」

「ユリアーナさんの気持ちを無視して、リョウさんを行かせてしまいました」

「それはクラナ様が正しいです」

 二人の会話はそこで一回途切れた。無言になる。

 それを破ったのはクラナだった。

「リョウさんはルルハルトさんの名前を意識していますけど、それはユリアーナさんもじゃないですか?」

「それは…………そうですけど」

「ルルハルトさんの名前に引っ張られていますが、戦局自体はこちらに有利なはずです。ルルハルトさんは敵中に孤立し、連戦で疲労だってしているはずです。カタインさんは兵を温存していました。同数までなら負けないと思います。冷静に考えれば、私たちが不慣れな土地で必要以上に動くことは無いと思います」

「確かにそうですけど、あいつの態度が気に入らなかったのです」

 ユリアーナは相変わらず、クラナと視線を合わせなかった。聞き分けのない子供のような態度だった。

「ユリアーナさん、リョウさんは確かに私たちを突き放しました。しかし、それは私たちを蔑ろにしたわけではありません。逆です。私たちが大切なのです。だからリョウさんは私たちに出てほしくなかったのです。リョウさんと一緒になって分かりました。あの人は臆病なのです。それに後ろ向きなのです。失敗を恐れる。最悪を恐れる。それが今回の行動に繋がってしまったのだと思います。頼りにされないのは残念ですけど、悔しいですけど、納得します」

 ユリアーナは自分より年少のクラナが大きく見えた。成り行きで司令官になったとはいえ、現状を維持しているのはクラナの力量である。

 クラナは上に立つ者の行動と言動には責任を伴うことを弁えていた。

 ユリアーナは騒動の後、初めてクラナの顔を正確に見た。

 気丈な言葉と裏腹に、クラナの表情は悲しそうだった。今にも泣きそうだった。それでもクラナは今までリョウを弁護し、ユリアーナへ理解を求めていた。

 ユリアーナは、自分より若いクラナにこれほど気を使わせたことを恥じた。

「確かに軽率でした。やるなら、物陰に隠れてから殴るべきでしたね」

 ユリアーナは冗談っぽく、そう返した。

 クラナは「そうですね」と言い、笑う。

「あ~~、けど、やっぱり頭にくる! なんか、スカッとしたいわ!」

「ユリアーナさん、ひとつ提案していいですか?」

「なんですか?」

 クラナは荷物の中から練習用の剣を二本、取り出す。

「ちょっと打ち合いませんか?」

 ユリアーナは意外な提案に驚く。

 クラナはアーサーンを斬った時のことを思い出す。それに、ユリアーナは後で聞いた話だが、イムニアと一騎打ちもしたらしい。

「クラナ様って結構、武術好きなんですか?」

「昔から精神的に圧迫のある生活をしていましたから、フィラックに剣を習いました。体を動かすと溜まっていたものが吐き出せるんです」

 ユリアーナは「クラナ様?」と声をかける。

「なんですか?」

「もしかして、今って相当キてますか?」

「はい、かなりキてます」

 クラナは笑顔で返した。

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