シャマタル独立同盟軍、出撃せず
出陣の日の朝、シャマタル独立同盟軍の宿舎をグリューンが訪ねる。
「おはようございます。どうしたのですか?」
クラナは挨拶をする。同室にはユリアーナ、フィラック、アーサーン、ルパがいた。
リョウの姿はなかった。
「カタイン様から伝言を預かってきました。シャマタル独立同盟軍は要塞で待機せよ、とのことです」
グリューンは落ち着いた声で言う。
「えっ?」
クラナは素の驚いた声を出してしまった。
「ただし、リョウ殿だけはカタイン様に同行します」
それは提案や頼みではなく、決定だった。
「あいつ…………!」
ユリアーナは真相にたどり着いた。怒りで顔を真っ赤にし、部屋を飛び出した。
「ユリアーナさん!?」
クラナたちは、ユリアーナの後を追う。
ユリアーナはイムレッヤ帝国軍が集合をしている中央広場で「リョウ、いるのは分かっているわよ!」と叫んだ。
兵士数名が剣に手をかける。
「やめなさい。ただの身内喧嘩よ」
カタインに静止され、兵士たちは警戒を解く。
「ユリアーナか。どうしたんだい?」
リョウがユリアーナの目の前に出る。
「どうしたかって? そんなことも分からないあんたじゃないでしょ!」
ユリアーナはリョウへ迫った。
「グリューンさんから聞いたわ。シャマタル独立同盟軍は要塞待機になった。あんたの仕業ね!」
「そうだよ」
リョウはあっさりと認める。悪びれる様子もなかった。
ユリアーナはリョウの胸倉を掴んだ。
「リョウ、そんなに私たちのことが信じられない? そんなに私たちって頼りない!?」
「信じてる。頼りにしている。だから、戦力を温存したいんだ。来るべき決戦にね。こんなところでルルハルトに…………」
リョウの口調には苛立ちや恐怖が含まれていた。
「ルルハルトルルハルトルルハルトって、あんた、どんだけルルハルトのことを気にしているの!? どんだけあいつを怖がっているのよ!」
「怖いさ! あいつは化け物だ。化け物に勝つには君じゃ不足なんだよ!」
リョウは『らしくもない』暴言をユリアーナへ浴びせた。
面と向かって、そんなことを言われたユリアーナは眼を丸くして、次の瞬間には怒りで耳まで真っ赤になった。
「あんた、それは私だけじゃなくて、フィラックさんやアーサーン連隊長を蔑ろにする発言よ」
「………………」
リョウは何も言わなかった。
「分かった。私はあなたほど頭が良いわけじゃないから、こうするわ」
ユリアーナはリョウの胸倉を掴んでいた左手の逆、右手を握り絞めた。
「待ってください!」
クラナがユリアーナの右腕にしがみ付いた。
「離してください! 殴らないと気が済まない!」
「命令です。ユリアーナ・ゼピュノーラ、リョウさんから離れなさい!」
クラナは普段なら言わない強い言葉を使った。
ユリアーナは驚き、思わず手を放してしまった。何か言おうとし、口を開ける。
しかし、クラナの強い意志の灯った瞳を見ると言葉が出なかった。
ユリアーナは諦めて退く。
「ありがとうございます」
クラナはリョウへ向き直る。
「リョウさん、私はリョウさんを止めません。だって、リョウさんがいなければ、今の私があることはありえませんから。それに私は頼りにならないお飾りです。それは自覚しています」
クラナの声が少し震える。瞳は潤んでいた。
「私はリョウさんがルルハルトさんに勝って、ここへ戻ってくると信じています。そして、今度こそ、一緒に戦ってくれるくらい、私も強くなりますから。今はあなたを見送ります。フィラック、アーサーン、構いませんか?」
フィラックは無言で頷いた。
アーサーンは「司令官の指示に従います」と返答する。
クラナはユリアーナへと視線を移す。
「ユリアーナさんがリョウさんと一番付き合いが長いのは分かった上でお願いします。今回はリョウさんの好きにさせてあげてください」
ユリアーナは少しだけ沈黙し、自分を納得させ、「クラナ様が言うなら仕方ないです」と言う。
言った直後、ユリアーナはリョウを睨みつけた。
「これで決まりです。私たちは戻りましょう。そして、これからのことを…………」
パンッ!
乾いた音がした。
ある人物がリョウに平手打ちをした。
ユリアーナではなかった。フィラックやアーサーンがそんな行動を取るはずもない。
「ルパちゃん!?」
クラナは驚きの声を上げる。
ルパは当然のように手袋をしていた。その縫い目が引っ掛かったらしく、リョウは頬から血を流した。
それを両者は気にしていなかった。
「見損ないました。クラナ様が愛した人がこんな情けない人だったなんて。あなたは自分の愛した人一人、守れないのですか?」
ルパの口調は静かだったが、怒っているのは明らかだった。
「僕をあまり過大評価しないでくれるかな?」
リョウは平坦の口調で言う。
ルパがもう一度平手打ちをしようとする。
「こい」
フィラックがその腕を掴んだ。
フィラックはルパと共に、その場から立ち去る。
目の前の出来事にイムレッヤ帝国の兵士は唖然としていた。
「カタイン殿、お騒がせして申し訳ありません」
アーサーンが前に出る。
恐らく、冷静だったのはカタインとアーサーンだけだった。
「気にすることはないわ」
アーサーンはカタインに対して頭を下げる。
そして、リョウに近づいた。
「やるからには仕事をしっかりやれ」
アーサーンはリョウにそれだけ言った。
一騒動あったものの、決定は変わらず、イムレッヤ帝国カタイン軍は出陣した。