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大陸戦乱末の英雄伝説  作者: 楊泰隆Jr.
雄飛編
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安全策

 総司令部建物前。

「カタイン将軍はいますか?」

 リョウが言う。

「なんだお前は?」

 当然、入り口で止められる。

「シャマタル独立同盟司令官クラナ・ネジエニグからの言伝を知らせに来ました」

 兵士は、シャマタルの使者を名乗るリョウの扱いを考える。

 兵の一人が建物の中へ入っていった。

 数分後、兵が帰ってきて、リョウは「どうぞ」と言われた。

 リョウはカタインのいる部屋に通される。

「失礼とは思いますが、一応規則ですので、武器をお預かりします」

「武器は持っていません。調べてもらっても構いません」

 リョウは両手を挙げた。

 兵士が戸惑い、一応調べようと手を伸ばした時だった。

「構わないわ。通しなさい」

 カタインが言う。兵士は従うしかなかった。

「忙しいところをありがとうございます」

「別に忙しくないわよ。軍の編成はグリューンに一任しているわ」

「信頼しているんですね」

「信頼しない人間をそばに置くほど私はもの好きじゃないわ。で、本題は何かしら? ネジエニグ司令官は私に何を知らせたがっているの?」

「…………はい、カタインさん、クラナからの言伝というのは嘘です」

 言った瞬間、カタインは無反応だった。リョウの言葉を予期していた。

「なら、偽ってまで私に会いに来た理由は?」

「カタインさん、今回の出兵、シャマタル独立同盟軍はこの要塞に残るべきだと思います」

 リョウは独断で提案をする。

 カタインは否定も肯定もせず、「理由を聞かせてくれるから」と静かに言った。

「ルルハルトは僕らが共に行動しているのを知っています。急造の連携の不備を突くつもりかもしれません。シャマタル独立同盟が戦いに参加しなくても兵力では優勢です」

「あなたたちは戦わないということ?」

「僕らはわずか三千です。戦局を大きく左右できません。と、言っても完全に不参加では形を成さないと思います。なので、今だけは僕自身を過大評価させてください」

「なるほど、分かったわ。あなたは、あなただけを私の軍に入れて、他はこの要塞に残したいのね」

「はい」

「確かに兵力的には私の軍だけで十分。連携も考えなくていい。ラングラムに付け入る隙を与えずに済むわね」

「なら…………」

「でもね…………」

 カタインはリョウに迫った。

「あなたはそれっぽく言っているだけ、本音は別にあるでしょ?」

「……………………」

「言いなさい。あなたには言う義務があるわ」

「……………………万が一を考えてしまうんです」

 リョウは明らかに怯えていた。

「万が一?」

「今回、ルルハルトは兵力の薄い東部を攻めました。しかし、僕らが来た。この時点で本当は撤退しても良いのに、していない。こちらの士気を下げるためにやっているだけだとは思えないんです。あいつは何か勝ち筋を持っているはずです。前回、ルルハルトと戦った時は森を焼きました。あいつはそれぐらいの規模のことを平気でやるんです。僕は怖いんです。自分の思考が、ルルハルトに追いつかなかった時、どうなるかが」

「それは死ぬかもしれない戦場に愛すべき人を連れて行きたくない。だけど、私やイムレッヤ帝国の兵はどうなってもいいということかしら?」

 カタインは威圧する。

 しかし、リョウは怯まなかった。

「そんなことは思っていません。だからも僕はカタインさんと一緒に行きます。もし、負けたら、僕を戦場に置いて行って構いません。だからお願いです」

 リョウは頭を深々と下げる。カタインは失望していた。シャマタル独立同盟の奇跡的勝利を演出した参謀がここまで視野を狭くしていたことに、大きく失望していた。

 それはリョウ個人に対してではない。シャマタル独立同盟の体制に対してである。

 クラナ・ネジエニグ、という若輩の司令官を支える者は大勢いる。なのに、同い年のこの青年を支える人物は現在誰もいない。

「分かったわ。それであなたが集中できるなら、シャマタル独立同盟軍はこの要塞へ置いていきましょう」

「ありがとうございます」

「ただし…………」

 カタインは条件を付ける。

「グリューンを残すわ」

「えっ? でも、グリューンさんはカタインさんの腹心ですよね?」

「ええ、一番信頼しているわ」

「なら、どうして?」

「信頼しているからこそ、残すのよ。それに元々、要塞に駐留する兵たちも置いていくわ。私たちと連携が出来るとは思えないもの。グリューンは要塞駐留軍とシャマタル独立同盟軍の緩衝材になってもらうのよ。あなたはあまり気にしてないかもしれないけど、シャマタル人をよく思っていない人たちもいるわ」

 元々、シャマタル人は蔑みの対象だった。それが今では対等の立場である。当然、面白く思わない者もいる。

 リョウはカタインに言われて、やっと気付いたようだった。

 この青年がその程度のことまで考えられないほど余裕がなくなっていると、カタインは理解する。

 今のリョウは戦場で役に立たないかもしれない。それでもカタインは止めなかった。

 もし、戦場にクラナ・ネジエニグさえいなければ、本来の知略を発揮するかもしれない。

 カタインはその可能性に賭ける。

「分かりました。僕はカタインさんのために全力を尽くします。こんな提案を聞いていただいてありがとうございます」

 リョウは再び深々と頭を下げた。

 カタインは青年を見る。

 『天才』イムニア・フォデュースに勝った知略の持ち主には見えなかった。

「今日はもう遅いわ。シャマタル独立同盟軍の残留は明日、通達するわ。あなたは休みなさい。寝てないんでしょ? 目の周り、ひどいクマだわ」

「すいません。寝れなくて…………」

「それは一大事ね。どう? たまには違う女の相手をしてみない。そうしたら、すっきりして眠れるかもしれないわ」

 カタインはリョウに一歩近づいた。

 リョウは二歩後退りした。

「遠慮しておきます」

「そう言うと思ったわ」

「寝る努力はしてみます。今日は失礼します」

 リョウはもう一度、深々と頭を下げてその場を後にした。

「フォデュース候を打ち破ったと言っても、まだ坊やね」

 カタインは呟いた。

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