リョウの恐怖
ルルハルトから兵士、女、子供の首の入った樽が送られてきた日の夜。
リョウは寝付けなかった。ルルハルトの非情さを理解していたはずだったなのに、心を大きく乱された。
「もし、僕がルルハルトに負けたら…………」
リョウは怖くなった。
獅子の団にいた頃は、守られてばかりだった。それが今は違う。守るものがある。それがリョウの精神に今までにない負荷をかけていた。
的確な情報を教える情報参謀長のルピンも、広い視野を持った獅子の団々長のグリフィードもいない。
「僕がしっかりしないと。僕がやらないと…………」
リョウは寝室を出て、星が一つも見えない夜空の下で独り言を繰り返す。
目が冴える一方だった。寝付けなかったリョウは、仕方なく酒を飲んだ。無理やり思考を鈍らせ、恐怖を忘れ、寝ることにした。
それは一定の効果があった。フラフラの状態で寝室、クラナの隣へ戻った時、リョウはなんとか寝ることが出来た。
「リョウ、囲まれているぞ!」
とアーサーンが叫んだ。血塗れだった。
「リョウ、カタイン様と連絡が取れないわ! それにフィラック様が…………リョウ、どうにかできないの!?」
ユリアーナが懇願するような声で言う。
「こんなことになるなんて…………」
パンッ、という無数の乾いた音がした。直後、シャマタル独立同盟軍とイムレッヤ帝国軍の悲鳴が戦場に響く。
「また、あれだわ…………!」
ユリアーナの声には恐怖が色濃く出ていた。
「なんのよ!」
「銃だ…………」とリョウが言う。
「銃? 何よそれ!?」
「弓や弩なんかより遥かに殺傷力がある武器だよ。僕らの世界で、銃は戦争の形態を変えてしまった。だから、僕は…………」
リョウには銃の製造の知識があった。
しかし、それを使うつもりはなかった。銃がどれだけ多くの人間を殺せるかを知っていたからである。だから、リョウはそれに繋がる『火薬』も作ろうとしなかった。リョウには異世界で覇者になるつもりなど無かった。リョウが望んでいたのは、出来るだけ長い平和だった。
戦争をさらに長期化、泥沼化させる危険のある『火薬』や『銃』を製造するつもりはなかった。
自分が持ち込まなければ、存在しないと思っていた。
「僕以外の人間が作る可能性をなんで考えなかったんだろ…………」
リョウは後悔した。
「リョウさん、気を確かに!」
クラナが声をかける。
「この場は逃げましょう! 出来るだけ多くの兵を助けなくてはなりません。そのための策を…………」
再び、パンッ、という音がした。それは近かった。
「クラ、ナ…………?」
クラナはフラフラと数歩だけ歩き、崩れ落ちた。
リョウが近寄ると胸に穴が開いていた。
「嘘だ…………嘘だ…………嘘だあああああああああああ!」
すでに生気を失ったクラナを、リョウは抱き締める。
ルルハルト軍の怒声がすぐそばに聞こえた。
リョウが顔を上げると目の前に槍先があった。
槍はクラナごと、リョウを貫いた。
「はっ!?」
リョウは目を覚ました。悪夢だった。嫌な汗をかいていた。酒のせいで、頭はボーっとした。まだ夢と現実の区別がつかなかった。
「クラナ…………?」
隣で寝息を立てるクラナを見て、やっと現実と夢の区別がついた。
「クラナ!」
リョウはクラナに抱き付いた。
「は、はい!!?」
寝ていたクラナは、突然のことで目を覚ます。
「リョ、リョウさん、どうしたんですか!? そういう気になっちゃいました!?」
クラナは顔を紅潮させる。
しかし、すぐにリョウの異変に気付き、冷静になる。
戦いに勝った後とは違うが、リョウが精神的に不安定なことは理解が出来た。
「どうしました? 怖い夢でも見ましたか? 怖い夢を見た後って、不安になりますよね」
それはクラナにも覚えがあった。
「君が死ぬ夢を見た」
「それはありえない夢ですね」
クラナは微笑んだ。そして、少し恥ずかしそうにリョウの右手を、自身の胸へ持っていく。
「ほら、私はちゃんと生きていますよ。言ったじゃないですか。私はリョウさんを看取るって、まだまだ死にませんよ」
クラナは強く宣言する。
「僕の考えが甘くて、ルルハルトに後れを取って、たくさん人が死んだ」
それでもリョウは不安定なままだった。
「大丈夫です。そんなことにはなりません。私たちだっているんです。この戦争に参加する前に言ったじゃないですか。みんなで勝とうと」
クラナはリョウが笑いながら「そうだね」と言うことを期待していた。
しかし、そうはならなかった。
リョウは無言でクラナに抱き着く。震えていた。
「リョウさん…………」
クラナは何か言おうとしたが、何を言っても今のリョウには届かない気がした。
だから、無言で抱き締めた。二人は眠れなかった。気が付くと辺りは明るくなっていた。
「ごめん…………」
数時間ぶりにリョウが口を開いた。
「大丈夫です」
クラナは明るく返した。ここまでの時間が嫌ではなかった。
「顔を洗ってくるよ」
リョウは部屋から出ていく。
「リョ、リョウさん!」
「なんだい?」
「みんなでルルハルトさんに勝ちましょうね」
「クラナ、僕は絶対に君を守るよ」
リョウは出ていく。
クラナは、リョウと自身の感情や言葉にズレを感じた。そのズレは時間経つ毎に大きくなっていく。