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大陸戦乱末の英雄伝説  作者: 楊泰隆Jr.
雄飛編
81/184

回想録~キグーデ平原会戦(後編)~

 ユリアーナたちがルルハルト本陣へ強襲を敢行していた頃、グリフィードは三百の兵士と共にルーグデ川にいた。

 目的は川岸に布陣しているリテリューン皇国軍の排除である。

「あれか…………」

 グリフィードはリテリューン皇国軍を捕捉した。

 リテリューン皇国軍は、川を泳ぎ、火事から逃れてきたベルガン大王国軍に対して、矢を射かけていた。

 屈強なベルガン大王国の兵士といえど、水中では何も出来ない。一方的に討ち取られていく。

 それは戦闘と言えるものではなく、単なる虐殺だった。

「酷いな…………」

 グリフィードは呟く。リテリューン皇国軍は、川を渡るベルガン大王国軍を攻撃するのに夢中だった。グリフィード麾下三百の傭兵団の接近に気付いていなかった。

「さて行くか…………」

 グリフィードは風の如く早さで奇襲を行った。

 予期せぬ方角からの攻撃で、リテリューン皇国軍は混乱する。

 さらに「裏切り者が出たぞ!」という声が次々に上がる。

 実際には裏切り者は出ていなかったが、その言葉だけで十分だった。

 混乱は広がる一方だった。収拾が付かなくなり、同士討ちが相次ぐ。

「て、撤退だ!」

 ついにリテリューン皇国軍の指揮官が声を上げると、リテリューン皇国軍は無秩序に敗走した。

 こうしてグリフィードは海岸線を奪取したのである。あっという間の出来事だった。

「対岸の味方の救出を支援するぞ。余力のある奴はそのままルルハルトの本陣を目指す。まぁ、その頃、奴はもういないだろうがな」

 

 


 リテリューン皇国ルルハルト本陣は慌ただしかった。

「て、敵襲です!」

「分かっている」

 その中でルルハルトは冷静だった。

 そして、疑問に思った。

「なぜ気付いた? いや、誰が気付いた?」

 ルルハルトは考える。ベルガン大王国軍は確かに自分の術中に嵌っている。

「敵は傭兵のようです!」

「傭兵? そうか、傭兵か」

 ルルハルトはその答えに納得した。ベルガンの将については情報を得ていたが、いつ加わったか分からない傭兵団までは知る由もなかった。

「ルルハルトはどこ!?」

 その声は戦場では目立った。何しろ、女の声である。

 ユリアーナがルルハルトの本陣一番乗りを果たす。

「勇敢と無謀は違うぞ。一人で突っ走りすぎだ」

 ゴルズ団長も到達する。

「だって、この感情を抑えきれないわよ!」

 ユリアーナは激怒していた。

「もう一度言うわよ。ルルハルトはどいつ!?」

「私がルルハルトだ」

 ルルハルト本人が一歩前に出る。

「あんたが…………!」

 ユリアーナは突進する。

「危ない!」とゴルズが叫んだ。

 屈強な男の斧がユリアーナに襲いかかる。

「くっ!」

 ユリアーナは紙一重で躱した。

「いい反応だな」

 屈強な男は笑った。それは戦いを、殺戮を好む人間の笑みだとユリアーナは感じる。

「女が戦場で剣を振るか。滑稽な光景だな」

「もっと滑稽な光景を見せてあげましょうか? 私にあなたが討ち取られるのよ」

 ユリアーナは剣を構え直す。性格はどうであれ、目の前の男が強敵であることは間違いなかった。

「一応、名前を聞いてやろうか」

「なら聞かせてあげるわ。ユリアーナ・ゼピュノーラよ」

「ゼピュノーラ?」

 男は顔色を変えた。一瞬、驚いた表情になり、次に笑い出す。

「な、何がおかしいの!?」

「ゼピュノーラか、懐かしいな。変な巡り合わせもあったもんだ。俺の名前はベルリューネだ。元フェーザ連邦ピュシア王国師団長、ベルリューネだ」

 ユリアーナはその名前を知っていた。知らないはずがなかった。ピュシア王国、それはゼピュノーラ王国を滅ぼした国の名である。その中でもっとも戦果を上げたのが、当時の師団長ベルリューネだ。

 ユリアーナは思いがけないところで仇と出会ったのである。

「どうしてリテリューン皇国に?」

「ピュシア王国もあの後、滅んだ。フェーザ連邦は何故か俺を雇わなかった。だから、他国に行ったのさ」

 ベルリューネの残虐性はユリアーナも聞いていた。捕虜を殺して面白がったり、非戦闘民を誘拐して奴隷として売り飛ばしたという話も聞いている。

「フェーザ連邦は賢明だったわね。で、あんたは趣味の悪い同士で仲良くやっているのね」

「いやいや、俺なんて、うちの大将に比べれば、かわいいものさ。対岸の火がこっからでも見えるだろ。あの中に何万って人間がいるんだぜ。それを平気で殺せる奴なんてそうそういねーよ」

 ユリアーナはルルハルトを見る。

「あんた、これだけのことをしてなんとも思わないの!?」

「これだけのこと?」

 ルルハルトが涼しい顔で言った。

 ユリアーナは寒気がした。

「あんたの作戦でリテリューンの兵士がどれだけ犠牲になると思っているの!?」

「敵の心配とはおかしなことだ。それに心配せずとも傭兵や戦奴を優先的に送り込んだ。正規軍は出来る限り、犠牲にしたくないからな」

 ユリアーナは、その回答にグリフィードの言っていた『化け物』という言葉が間違っていない気がした。

「あんたは生かしておけない。敵として危険だけならまだしも味方にも有害。危険すぎる」

「悪いがそういうわけにはいかない。私にはやるべきことがある。恐らく、川岸に配置していた私の部隊は壊滅しているのだろ? そして、無事、川を渡ったベルガン大王国がいずれここへ殺到する」

 ルルハルトの考えは正しかった。

 グリフィードが別動隊を率いて、ベルガン大王国が火事から逃げるのを援護をしていた。

 そして、それは成功し、いずれ形勢は逆転する。

「そうよ。あんたの人道に反する策はリョウが看破したわ。あんたは負けたのよ! あんたなんてリョウに比べたら、大したことないわ!」

 ユリアーナはこの男が涼しい顔でいるのが気に入らなかった。何でも良いから、表情を歪ませてやりたかった。

「リョウ?」

 ルルハルトは初めて表情を変える。

 しかし、そこに現れた感情は怒りや動揺ではなく、興味だった。

 ユリアーナは不要なことを言ってしまったと自覚する。

「リョウ、か。聞かない名前だが、まぁいい。この戦い、完勝とはいかなかったが、戦果としては十分だろう。退却だ」

「待ちなさい!」

「おっと!」

 ベルリューネが立ちはだかる。

「俺と楽しもうぜ。少しの時間だがな」

「くっ!」

 ユリアーナは応戦した。

 ベルリューネが斧を振って、ユリアーナが躱す。剣速を重視したユリアーナの剣は細く、脆かった。斧を受ける耐久性はない。

 二人はごく短い間、対峙した。その間、剣と斧が直接ぶつかることも、お互いに一撃を与えることもできなかった。

 ユリアーナは冷静に実力差を実感する。無理をせず、防御に徹した。

「つまらない女だ。一族の仇に対して、復讐心だけで挑めばいいものを」

 ベルリューネは吐き捨てるように言う。

「これ以上、あんたを喜ばせることをするつもりはないわ」

「ふん、なら俺は退かせてもらう」

 ベルリューネを追う者はいなかった。

「どうした? 一族の仇を討ちたくはないのか?」

 ゴルズが尋ねる。

「そういう気持ちもあるけど、傭兵は生きることが最優先なんでしょ?」

 ユリアーナは自分の剣を見る。大きな亀裂が入っていた。もう次の衝撃には耐えられなかっただろう。

「まったく疲れたわ」

 ユリアーナは剣を鞘にしまった。

 ベルガン大王国が川を渡りきる頃、すでにリテリューン皇国軍は退却していた。

 森から脱出できたベルガン大王国軍は全体の半数という惨劇だった。

 それでも半数、約五万の兵士をリョウの策で救ったのは間違いなかった。

 森の中のリテリューン皇国軍の損害はさらに悲惨だった。

 地理もなく、突然の味方の裏切りにあったリテリューン皇国軍はほぼ全滅した。

 全体で言えば、半数以上を喪失した。

 ベルガン大王国軍の戦死者約五万。

 リテリューン皇国軍の戦死者約三万。

 大陸戦史に残る悲惨な戦いが終結した。



 話し終えたユリアーナは水を一口含み、ゆっくりと飲み込んだ。

 そして、大きく深呼吸をした。

「その戦いならシャマタルでも話題になった。確か、偶然の山火事だと聞いていたが?」

 アーサーンが言う。

「言えなかったのだろう。ベルガン大王国側は、策に嵌められて五万人の死者を出した。リテリューン皇国は味方を餌にして勝った。どちらも口外出来るわけがない」

「フィラックさんの言う通りだと思います。だからルルハルトの残忍性は今まで有名にならなかった」

 全員が沈黙する。

「ルルハルトさんをそこまで突き動かしているのものは何でしょうか?」

 口を開いたのはクラナだった。

 クラナが口にしたのは、ルルハルトに対する対策でも、恐怖でもなく、疑問だった。

「君は不思議なところに目が行くね」

「変ですか?」

 クラナは不安そうな表情をする。

「いいや、確かに僕たちはルルハルトの脅威ばかり考えていたよ。ルルハルトだって人間だ。彼を突き動かしているもの、それが分かれば、ルルハルトの何かを掴めるかもしれない」

「富や名声、地位が妥当じゃないかしら?」

 言ったのはユリアーナだった。

「いいや、もし、そうなら味方を殺すようなことはしないと思うよ。ルルハルトにとって、人望はどうでも良いものなんだ。もっと重大な何かじゃないかな」

「もしかしたら、もっと馬鹿馬鹿しいことかもしれません」

 クラナが即座に答えた。

「だって、私が英雄になったきっかけはただ外の世界を見たかっただけでしたから。始まりはそんなものです。なら、人を動かすものは、その人にとって重要でも、周りから見たら馬鹿馬鹿しいものかもしれません」

 クラナの言葉はどこか確信を付いているようだった。

 沈黙が流れる。

「なんにせよ。迷惑な存在だわ」

 ユリアーナが言う。

 それには全員が同意した。


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