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大陸戦乱末の英雄伝説  作者: 楊泰隆Jr.
雄飛編
80/184

回想録~キグーデ平原会戦(中編)~

 キグーデ平原会戦は平凡な形で開始された。

 矢の打ち合いから始まり、歩兵のぶつかり合い。

 序盤の主導権を握ったのはリテリューン皇国だった。

 ベルガン大王国は十万といえ、多くの傭兵や民兵が混ざっている。練度や連携では、リテリューン皇国の方が有利だった。

 そんな中、獅子の団はグリフィードとユリアーナを中心に戦果を挙げたが、それは一戦場でのことであり、大勢で見れば、目立つものではなかった。

 戦いはリテリューン皇国有利で進む。

 しかし、ベルガン大王国の総大将、ナロア・ユサーンダは焦っていなかった。この時点でリテリューン皇国が総力戦を展開していたのに対して、ベルガン大王国は『黒色槍騎兵師団』をすべて温存していた。

「ルルハルト・ラングラム、奴の死に場所はここだ。黒色槍騎兵、突撃せよ!」

 正午を回った頃、ユサーンダは勝ちを確認し、高らかに宣言した。

「勝てるといいがな」

 黒色槍騎兵の突撃を見て、グリフィードが呟く。

 大陸最強の騎兵師団の突撃は苛烈だった。

 その突破力で戦局を変えてしまった。

 リテリューン皇国の戦線は崩壊を始める。やがて、退却の笛が鳴った。

「これで終われば、いいんだが…………」

「そんなはずないでしょ」

 グリフィードの希望的意見を、ルピンは一蹴した。

 案の定、ベルガン大王国は敗走するリテリューン皇国の追撃戦に入った。

「おい、やっぱり…………」

「そうですね。森へ誘い込まれています」

「死ぬのはごめんだな」

 グリフィードは追撃の列から外れた。獅子の団に呼応し、いくつかの団が追撃の列から離脱する。

 獅子の団を中心に、他の傭兵団が合流する。

「一千程度ですか。このまま逃げるという手もありますよ」

「馬鹿を言っちゃいけねぇよ!」

 頬に大きな傷のある男が笑った。

 男の名はゴルズといい、ヨーロ傭兵団の団長である。グリフィードの働きかけで集まった傭兵団の中では、もっとも大きく三百を超える傭兵団である。

「金が貰えてこその傭兵だ。そうだろ?」

「その通りですね」

 ゴルズに同調したのはシュード傭兵団のトーラス団長だった。切れ者として知られる男である。

「でしょうね。傭兵とはそういう者ですよね」

 ルピンは嫌そうに言う。

「今回も獅子の団の愛玩動物が発案か?」

「よし、グリフィード、ヨーロ傭兵団の団長の首を刎ねなさい」

「無理だ」

「悪い悪い。どうも戦場には似つかないからな」

「私だって好き好んでこんなところにいるわけじゃないですよ。それに今回は私の策じゃないです。あの子ですよ」

 ルピンはリョウを指差した。

「なんだか変な新入りがいると思ったが、参謀だったのか。しかし、剣も持たず、俺たちについてくるのがやっとに見えるが?」

「恐らく、喧嘩すれば私といい勝負です」

「それは話にならないな」

「ええ、これで参謀として役立たずなら奴隷商人にでも売り飛ばしますよ。っと、雑談をしている時間はありません。急造ですが、グリフィード、ゴルズ団長、トーラス団長を中心に三つの中隊を編成します。構いませんか?」

「好きなようにしてくれ」

「では、作戦を説明します」

 傭兵団の面々が勝つために動くのは、義理ではない。金のためだ。そして、勝たなくては報酬は保証されない。だから、彼らは、自分たちが属した軍の勝利のために最善を尽くす。



 ベルガン大王国は勝利を確信し、森の中を進撃していた。

 しかし、思わぬ苦戦に会う。

「またか…………」

 一人の兵士がうんざりしたように呟いた。

 リテリューン皇国は小規模な集団で、奇襲を繰り返す。

 ベルガン大王国自慢の騎兵も森の中では役に立たない。

 進撃速度は遅くなる。

「ええい、まだルルハルトの首は取れないか!」

 ユサーンダは苛立っていた。今までの敗戦を思うとリテリューン皇国を撃退しただけでは気が済まなかった。何としてもルルハルトを討ち取りたかった。

「ルルハルトを討ち取った者の恩賞は思うがままだぞ!」

 ベルガン大王国軍は森の中へ中へと進んでいった。

 しかし、すでに異変は起きていた。

「おい、何かが焼けた匂いがしないか?」

 ある兵士が疑問を口にする。

「まさか、火計か?」

「馬鹿を言え。リテリューン皇国の兵士だって大勢いるんだぞ。そんなわけが…………」

 味方ごと焼き殺すわけがない、とベルガン大王国軍は考えてしまった。その考えが判断を遅らせ、致命傷になる。

 気付いた時には辺りは火の海になっていた。

「どういうことだ!?! 味方もいるんだぞ!!?」

 逃げ惑っているのは、ベルガン大王国だけではない。リテリューン皇国の兵士も同様に逃げ道を失っていた。

「おい!」

 ベルガン大王国兵が、リテリューン皇国兵を捕まえる。殺すつもりはなかった。こんな状況で殺し合いなどできない。

「どうなっている。これはリテリューン皇国の、ルルハルトの策ではないのか?」

「俺たちはこの森にベルガン大王国を誘い込めば、勝てると言われていたんだ! 作戦は知らされていなかった! こんなことになると思わなかった!!」

 この状況で混乱していたのは、むしろリテリューン皇国の兵士だった。何しろ、味方から裏切られたのだから当然である。



 ルルハルトはルーグデという川の対面から森が焼けるのを見ていた。

 川を挟めば、火が侵略することはない。

 そして、ベルガンの兵士が逃げるとしたら、水を求めてこの川に逃げてくるだろうと予想していた。

 ルルハルトは近接戦闘の出来る兵士を森に残して、現在は弓兵と投石兵を中心に編成していた。

 川に逃げ込んだベルガンの兵士を討ち取るつもりだった。

「閣下、本当に味方は大丈夫なのでしょうか?」

「大丈夫だ」

「脱出の策は教えてある。何も問題ない」

 そんなものはなかった。もし、森の中に入ったリテリューン皇国軍が脱出しようとすれば、その動きは必ず不自然になったであろう。それでは敵を騙せない。敵を騙すのは簡単である。

 味方ごと騙してしまえばいい。その結果、味方がいくら死のうが勝てばいい、とルルハルトは思っていた。

「ベルガン大王国の兵士が火の中から出てきたら、討て。出てくるのは全てベルガンの兵士だ」

 特にいつものと変わらない。勝つだけだ。

 ルルハルトはそう思っていた。それが当然だった。

 だからこそ、この後の異変に対して、対処が遅れてしまった。



「信じられない。本当にやるなんて…………」

 ユリアーナは恐怖と怒りのこもった声で言う。

 傭兵連隊は森を脱出していた。

「あの火の回りの早さは乾燥しているからだけじゃないですね。初めから、森の中に油を撒いていたのでしょう」

「よく冷静でいられるわね、ルピン」

「これでも今回は動揺しているんですよ。ここまで命を軽視している人間を相手にしていたと思うと。で、これを見破った本人はどこにいるんですかね?」

 ルピンはリョウの姿が見えないことを気にした。

「あっちで吐いていたわよ」

 ユリアーナは遠くに見えるリョウを指差す。

「まったく本当に分からない子です。鋭いと思えば、脆い」

 ルピンはリョウに駆け寄った。

「無理ならここに残りますか? 兵士の数人なら護衛に付けますよ」

 この少年にはそれくらいの価値はあるとルピンは判断した。

 戦いが終わって、壊れていなかったら、自分の下で使おうと思っていた。

「いや、大丈夫だよ。それにこれからじゃないか。なんだか、許せない気持ちなんだ」

「そうですか。ルルハルトさんを恨みますか?」

「違う。こうなると分かっていたのになんでもっと強く言わなかったのか、って自分が許せない。出来る限り、死者は少なくしたい。味方も敵も」

「とんだ偽善ですね。なら、そのためにも早くルルハルトさんには退場してもらいましょう。戦いが終わらないと救助もできません」

 そうだね、とリョウは無理やり笑った。

「さてとリョウ、敵は本当にこっちなんだろうな」

 グリフィードが聞く。

「間違いないよ。これだけ大規模な火計だ。安全な場所で尚且つ、逃げてくるベルガンの兵士を待ち伏せる場所は決まっているよ」

 傭兵連隊は大きく迂回して、ルーグデ川を渡っていた。リョウの言っていることが正しければ、リテリューン皇国の、ルルハルトの後背を取れているはずである。

「グリフィード団長よ、その少年を信用して大丈夫か?」

 ゴルズが言う。

「まぁ、俺たちがここまで生き残れたのはリョウのおかげだ。なら、最後まで信用してやろうじゃないか。それにこれ以外、勝つ手段がない」

「まったく獅子の団の団長は豪胆だな」

 ゴルズは笑った。

「行きましょう。この戦いの一番手柄は私たちのものです」

 トーラス団長が言う。

 傭兵連隊のルルハルト本陣強襲作戦が始まった。

 リョウの読みは正しかった。

 傭兵連隊はリテリューン皇国軍の後衛と遭遇する。

「なんだ、あいつらは!?」

 リテリューン皇国の兵士は予期しない場所から敵が出現したことで動揺した。

「行くわよ!」

 ユリアーナが先陣を切る。

「獅子の団の切り込み隊長に続け!」

 ゴルズが号令し、傭兵連隊はリテリューン皇国軍の次々に打ち破った。

 ゴルズも自ら剣を振るう。

「団長がこんなに前に出てきていいのかしら?」

「いろんな団長がいるのさ」

 ユリアーナとゴルズは肩を並べて戦う。二人は最前線で奮戦した。

「まったくゴルズ団長は蛮勇だ。ゼピュノーラ嬢も女とは思えない働きだ」

 トーラス団長が言う。

「あなたは行かないのですか?」

 ルピンが尋ねる。

「私は君と同じ種類の人間なんでね。適材適所でいいだろ? おたくの団長はうまくやるといいな」

「うまくやってもらわないと困ります。私たちだけではさすがに勝ち切れませんから」

 戦局の全体をルピンとトーラス団長が制御する。

「ルルハルトさんは遠距離武器の部隊しか残していないようですね。接近できれば、こちらに分がありますよ」

 傭兵連隊はルルハルト本陣に迫った。


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