回想録~キグーデ平原会戦(前編)~
「そうだったのですね…………」
夜、シャマタル独立同盟の首脳部がクラナの部屋に集まった。
「ごめん、強引に部屋に戻しちゃって…………でも、見せたくなかったんだ」
「いいんです。それに私は甘かったかもしれません。今ならルルハルトさんの恐ろしさが分かります。なぜ、そんなことを迷わずできるのかは理解できませんが」
「ルルハルトは勝つための最短を考える。だから、無駄がない。恐らく、ルルハルトにはもうすでに勝ち筋が見えている。僕らの役割はそれに気付いて、阻止すること。無理な遠征で、兵糧だって、多くはないはずだ。近日中に必ず動く。僕らは焦って動かないことだ。そうじゃないと余計、ルルハルトの術中に嵌ってしまう」
「本当に嫌な相手だわ。前に会った時に討ち取っておけばよかった」
「そんな余裕はなかったでしょ」
「まぁ、確かにそうだけど…………」
「あの、リョウさん、ユリアーナさん、以前から気になっていたんのですが、ルルハルトさんとは何があったのですか?」
クラナの質問に二人はピクリと反応した。
「い、嫌なら別に話さなくてもいいです」
クラナは慌てて、付け加える。
「いや、大丈夫だよ。そうだね、ルルハルトの情報を話しておいた方がいい。それにあれは僕にとって、起点になった戦いだから」
リョウは語り出す。自分が初めて意見を出した戦いのことを。
五年前晩秋、ベルガン大王国領。キグーデ平原。
獅子の団はベルガン大王国側として戦いに参加していた。
近年、リテリューン皇国に連敗中のベルガン王国は、この戦いに必勝を誓い、黒色槍騎兵十師団の内、三個師団を投入し、全体兵力は十万に達していた。
対するリテリューン皇国の兵力は五万である。
「さすがに勝ちましたかね」
ルピンが言う。
「どうだかな。敵はルルハルトだろ?」
グリフィードが言った。
「戦いは所詮、数ですよ。ルルハルトだって、これだけの兵力差をひっくり返した例はありません」
「そうだな。あいつは負け戦をしない。だから引っかかるんだ。なんで引かない? 簡単だ。あいつには勝算があるんだよ」
グリフィードの視線は鋭かった。
獅子の団で作戦・情報参謀をするルピンはグリフィードの言葉を飲み込み、考える。
それでもルルハルトの狙いが分からなかった。
「あの…………」
場違いな少年が申し訳なさそうに発言する。まだ幼さが残るリョウである。
「騎兵を封じる策なら簡単だと思うよ」
リョウはあっさりと答えた。
「なんですか? 今は子供の戯言を聞いている時間はないんですよ」
ルピンは不快そうに少年を見た。
「まぁ、聞くだけなら損はないと思うな」
リョウは飄々と答える
「良いでしょう。聞くだけ聞きましょう。ですが、あんまり役に立たないとそろそろ売り飛ばしますよ。うちの団には、非戦闘員を置いておく余裕はありませんから」
リョウが獅子の団に拾われたのは、一ヶ月前のことだった。
「で、この子の保護者はどこに行ったのですか?」
「さぁな、またどこかで乱闘をしているんじゃないか?」
「ちょっと、私を乱闘好きみたいに言わないでくれるかしら?」
ユリアーナがテントに入ってきた。
「あなたはベルガン大王国と喧嘩をしすぎなんですよ」
「だって、あいつら女だからって…………」
「そういう国なんです。だからあなたも男と一緒に行動していればいいんですよ。そうすれば、娼婦くらいに思われて、無駄に絡まれたりはしなくなります」
「しょ、娼婦!?」
ユリアーナは顔を真っ赤にした。
「まったく何を動揺しているんですか?」
「う、うるさいわね!」
「それだといつもルピンといる俺はそういう趣味の人間だと思われているのか?」
グリフィードは笑った。
「グリフィード、私が一緒だとどうだというのですか? 詳しく聞かせてください」
「あの~~、僕の話を聞いてくれますか?」
三人の視線がリョウに集まった。
「騎兵を封じるなら簡単です。森に誘い込めばいい」
リョウは簡潔に説明する。
「そうすれば、騎兵の機動力はなくなる。この平原の南には森があります。戦場をそちらに移動できれば、騎兵の脅威はなくなります」
リョウの言ったことは、ルピンも考えていた。
「仮にそれができたとしましょう。だとしても、リテリューン皇国軍にとって、ここは敵地です。森の中の地形を完全に把握しているとは思えません。歩兵だって、ベルガン大王国は優秀です。騎兵を封じたところで、勝つことは出来ないでしょう」
「僕もそう思うよ。そうなんだ。だって、そこから勝つには…………」
リョウは言葉を詰まらせた。
ルピンはこの少年が時折、とても鋭く、とても悲しそうな表情をするのを知っている。この少年は得体のしれないところがあった。見慣れない黒髪に、どこの国の人間とも違う肌の色と顔立ち。
ルピンの追及に対して、リョウははぐらかす。
自分の半分の歳の少年にルピンはなぜかムキになっていた。
「良いから言いなさい。判断は私がします」
ルピンは強い口調で言う。
リョウは別段、気にした様子はなかった。
「半数の兵力で負けない方法はあるよ。でも勝つとしたら、人の力じゃ無理だと思うな」
「勿体ぶらないでください」
「そんなつもりはなかったけど…………」
「悪いな、少年。最近、こいつは気が立っているんだ」
グリフィードが面白そうに笑う。
「私が気が立っているのは昔からですよ。どっかの誰かさんのせいでね。話が脇に逸れます。リョウさん、説明を続けてください」
「うん、それはね…………」
リョウはルルハルトが勝つための手段を説明する。
ユリアーナは驚いた。
グリフィードとルピンは考え込む。
「さ、さすがにそれはないんじゃないかしら?」
ユリアーナは口を開いた。
「人道に反するわ」
「そう、これがゲームなら…………」
「ゲーム?」
ルピンはリョウの発した聞きなれない言葉に反応する。
「気にしないで。そう、これが駒を使った疑似的な戦闘の遊びなら出来るよ。でも、人間の命は一つだ。だからこんな非情なことは…………」
「いや、あいつは出来る」
グリフィードは言い切った。
「私も珍しく同意見です」
「ちょっと二人とも、さすがにそれはないでしょ。ルルハルトは連戦連勝だけど、それは奇策じゃなくて、正攻法が多いわ。負ける戦いをしない。手堅い将だと私は思うわよ?」
「私もそう思います。でも、なおさら、分からないんです。この兵力差で決戦をする勝算が分からない。もし、今までのすべてがこのための布石だとしたら、どうでしょうか? 正攻法を主とするルルハルトが、こんな非情な奇策を行わない、と思わせていたしたら」
「もし、そうだとしたら化け物だわ」
ユリアーナは冗談っぽく言う。まだ信じていなかった。
「そう、化け物だ」
グリフィードが言う。
「グリフィード、気になったんだけど、ルルハルトとどこかで会ったことがあるの?」
ユリアーナが指摘する。
「さぁな?」
グリフィードは分かりやすいくらい誤魔化した。
それでもユリアーナは「そう」と言うだけで、それ以上の質問はしなかった。それが獅子の団の決まりである。
「ルルハルトさんがベルガン大王国を森に誘い込んだら、どうしますか?」
「なに、考えがあるさ」
「碌な考えじゃなさそうですね」
ルピンは嫌そうな顔をした。
「ところで少年、そうなった場合、ルルハルトの居所は分かるか?」
「はい、簡単だと思います」
リョウはあっさりと答えた。
「頼もしいな。これは作戦参謀は交代かも知らないぞ」
「別にかまいませんよ。望みとあれば、情報参謀も、何なら獅子の団の運営もやっていただいて」
ルピンはそっぽを向いた。
「なんだか、本気みたいだけど、こんな非情な策をするとは思えないな」
「言った本人が否定しないでください。まったく、鋭いことを言ったと思えば、よく分からない子です」
「なんにせよ。もしもの時はそれなりの兵力が必要だな。他の傭兵団に声をかけてみる。こういう時は正規軍より、傭兵の方が話を聞くからな」
「そうですね。私も一緒に行きます」
「あっ、なら私も…………」
「お前は残れ」「あなたは残りなさい」
グリフィードとルピンは即座に言った。
「あなたがいると喧嘩が始まるんですよ。話をまとめるには不要です」
「ぐっ…………」
ユリアーナはきっぱりと言い切られ、言い返せなかった。