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大陸戦乱末の英雄伝説  作者: 楊泰隆Jr.
雄飛編
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ルルハルトの影

 イムレッヤ東部に点在していた兵力は、ガンルレック要塞へ集まった。これは要塞司令官の独断ではなかった。

「シュトッタ司令官、本当にカタイン将軍は来るのでしょうか?」

 副官が言う。シュトッタがこの若い青年を副官にしたのは、つい先ほどだった。

 元々の副官が、連日の業務多寡で倒れてしまったのである。その時、偶然、居合わせた青年を副官に指名した。青年に評価されるべき、軍歴はなかった。単純に探す時間が手間だったからである。

「分からん。しかし、少しでも兵力を集中することは間違いではないだろう」

「この要塞は堅固なのですか?」

「堅固とは言いがたいな」

 カタインがガンルレック要塞を東部戦線の拠点に決定したのは、この要塞が堅固だからではない。

 カタイン軍、シャマタル独立同盟軍を合わせると三万を超える。現在のイムレッヤ帝国東部で、これだけの兵力を維持できる兵糧があるのは、ガンルレック要塞だけだった。

 そもそも外敵からの侵略を考えていなかったイムレッヤ帝国東部の要塞や城塞は、その名前通りの役割より、都市としての役割が主であった。

 そして、現在、この要塞内に英雄、名将、勇将と称される将軍はいない。

 この要塞の司令官、シュトッタも華やかな軍歴はなく、自他ともに認める平凡な才覚の持ち主だった。歳も六十を超え、余生は辺境の司令官として終える予定だった。

 シュトッタが評価されるべき点があるとすれば、突然の敵襲を聞いても慌てず、事務的に作業をこなしたことである。

 しかし、それを場慣れしていると評価する者もいれば、生に執着する年でなくなっただけ、と言う者もいた。

 どうであれ、彼は周辺の兵力を集約し、要塞に五千という兵力を集めたのである。

「ルーゴン将軍が司令官にお会いしたいとおっしゃっています」

 副官は嫌そうな顔で言った。

 ルーゴン将軍は、その父の方が有名である。イムニアが現れる以前、フェーザ連邦戦線でもっと活躍した猛将だった。すでに他界しているが、ルーゴンは父からその才覚を受け継いでいると疑っていなかった。

「シュトッタ司令官、何をしている?」

 ルーゴンは防具を着用していた。その姿から何を言いたいのか、シュトッタは理解する。

「ルーゴン殿、ワシらはこの要塞でカタイン将軍が来援するのを待っていればいい。カタイン将軍が来れば、ルルハルトといえど、簡単には手を出せないだろう」

 ルーゴンはこの消極的な策が受け入れられなかった。

「カタイン? 将軍と言え、所詮は女」

「聞かなかったことにしよう」

「ふん、あの女はな、いつも捻くれた戦い方をする。なぜだか分かるか。女だからだ。男に勝てないことを知っている。その卑屈さが戦い方に出ている。今まではフォデュース候がいたから、ボロが出なかっただけだ。単独で指揮などできるものか」

「とはいうがな、ルルハルト軍の全容がつかめん。兵力も構成も、不確定要素がありすぎる。今は安全な要塞の中にいるべきだ。この要塞の司令官はワシである。命令には従ってもらう」

 シュトッタは別に強い口調ではなかった。事務的で覇気がなかった。ルーゴンはわざと鎧の音を鳴らしながら、司令官室を出て行った。

「やれやれ、扱いづらい男だ」

 シュトッタが呟く。

 そのころ、廊下ではルーゴンが「あの老いぼれに戦が務まるか」と二十歳も年上の老将に対して、悪態を付いていた。

「しかし、このままでいいのでしょうか? あのルルハルトがいるのです。山越えをしてきたのでしょう。それなら補給線は絶望的。今頃、飢えているのではありませんか? それを捕捉し、撃滅できれば、その手柄は計り知れません」

「君、名前は何と言ったかな?」

「ハウセンと申します」

「ハウセン、君はまだ若い。だから功に焦るのも無理はない。私には才能がなかったが、長生きできた。それは功を立てるより、生きることを努力したからだ。自己過信は寿命を縮める」

「ルーゴン将軍にも才能はありませんか?」

 シュトッタは「ない」と断言した。

 ハウセンが理由を聞くと極めて事務的に「才能があるなら、帝国の大事に、こんな辺境にいないからだ」と答えた。

 ハウセンはごく自然に納得してしまった。



 リョウたちはガンルレック要塞へ向けて進軍していた。

 ルルハルト軍は蠢動していた。

 いくつもの城砦や街を襲っていた。

「ルルハルトさんの目的はなんでしょうか?」

 クラナがリョウへ尋ねる。

「普通に考えるなら陽動かな。東部で騒ぎを起こして、帝都や南部の兵力をこちらへ向けたいんじゃないのかな。そうだとしたら、その思惑は頓挫するだろうね」

「私たちがいるからですか?」

「そうだよ。ルルハルトの出来る選択肢は三つ。僕らと決戦を行うか、勝ち目がないと考えて撤退するか、一か八かの帝都侵攻を行うか。僕として撤退してほしいかな。ルルハルトとあまり正面からやりたくないよ」

 リョウの言ったことは、冗談ではなく、本音だった。

 数日後、リョウたちはガンルレック要塞へ到着する。

 シュトッタが出迎える。

「援軍、痛み入ります」

「状況はどうなっているかしら?」

「ルルハルトは街や城砦を襲っていますが、どこかに留まるということをしていません。捕捉しようにも偵察に出した兵が皆、帰ってきません」

「敵国内でそんな変則戦術を取るなんて良い度胸ね。しかし、厄介だわ。それだと次にどこへ向かうかが分からないわ。いっそ、ここに来てくれないかしら? 私を討てば、それなりの武功にはなると思うのだけど?」

 カタインは不敵に笑う。

「噂通り豪胆な方ですね。これより全指揮権をカタイン様に移譲いたします」

「話が早くて助かるわ」

 とはいってもすぐに何かできるわけではなかった。

 ルルハルト軍の動向が掴めない以上、動きようがない。

 さらに数日が経った日だった。

 要塞から少し離れたところで不審な煙が経つのが確認された。

 カタインは尖兵を出して、様子を探らせる。

 兵たちはいくつもの樽を持ち帰ってきた。全員が真っ青だった。

「なんでしょうか?」

「分からない。でも敵兵が入っているなんてことはなさそうだね。それなら持って帰ってこないだろうから」

 リョウは不吉なものを感じた。だから、先に中身を見ようとしたクラナを追い越して、樽に近づいた。

 その樽の中身をリョウは見た。

 半分は予想範疇だった。半分は予想以上だった。

「クラナ、来ちゃだめだ!」

 リョウは声を張った。

 ただ事ではない、そう思い、クラナが近寄ろうとすると

「待ってください」

「お待ちください」

 ユリアーナとフィラックがクラナを静止する。

「クラナ様、たぶんリョウの言う通りです。見ない方がいいです」

「ユリアーナさんは樽の中身が何か分かるのですか?」

「明確には分かりません。でも、ルルハルトのやったことで、しかもリョウが叫んだ。きっと酷いものです。リョウがクラナ様に見せたくないと思ったのなら、今回はその判断に従わせてください」

 ユリアーナの体がかすかに震えているのにクラナは気が付いた。

「分かりました。私は部屋で待っています。後で説明はしてくださいね。それは絶対ですよ」

「はい…………」

「私も一緒に参りましょう」

 クラナはフィラックと一緒に部屋に戻った。

「ありがとう、ユリアーナ」

「碌なものじゃないんでしょ?」

 ユリアーナは嫌そうにリョウに近づいた。

「ルルハルトのやりそうなことは分かっているつもりだった。でも、ここまでやるかい…………!」

 リョウは珍しく感情を隠さなかった。隠さなかった感情は、嫌悪、侮蔑、そして恐怖だった。

 ユリアーナも樽の中を覗き込んだ。

「酷い…………」

 最初に覗き込んだ樽の中に入っていたのは、蝋で固められたいくつもの男の首だった。今までに殺されたイムレッヤ帝国の兵士である。

「そう、これだけなら僕も酷いって思うだけだったよ」

「……………………えっ?」

「他のを見てごらんよ。ただし、かなり覚悟した方がいい」

 ユリアーナは恐る恐る他の樽を見る。

「…………………………………………!!」

 ユリアーナは真っ青になり、樽から離れた。そして、嘔吐した。

「大丈夫かい?」

「大丈夫じゃない! ルルハルト、冷酷な奴だと思っていたけどここまでとは思わなかった!」

 ユリアーナは泣いていた。

「なんで女や子供まで首にして蝋で固めたの!?」

 他の樽には明らかな非戦闘員の女性や子供の首が入っていた。

「君みたいに精神を揺さぶられる人間を作るためだよ」

「それだけのためにここまでやるの!?」

「落ち着け、ユリアーナ。冷静でいられなくなったら、ルルハルトの思う壺だ」

「でも、でも、あああああ!」

 ユリアーナは感情をぶつける先が分からなかった。いっそ、今すぐにルルハルト軍が来襲すれば、そこにすべての力をぶつけられるのに、とさえ思った。

「イムレッヤ帝国外の人間でもこうなるんだ。帝国の人間が受けた衝撃はそれ以上だよ」

 その言葉にユリアーナは少しだけ冷静になり、辺りを見渡した。

 憎悪と恐怖が形として見えるのではないか、というくらい充満していた。

「まったく、ルルハルトはやってくれるわね」

 そんな中でもカタインは比較的冷静に見える。それでも普段の不敵さはなかった。

「あなたはルルハルトにどんな目論見があると思っているのかしら?」

「これも陽動です。ただ、今回は標的を僕らに変更してきました。ルルハルトは最も単純に僕らを挑発しているんです。『自分たちは女子供でも構わず殺すぞ。防ぎたければ、俺たちを探してみろ』と」

「で、私たちが分散したところを各個撃破される可能性があるわね。敵地でこれだけの蠢動、一体、いつから帝国の地形を調べていたのかしらね。で、私たちはどうするべきだと思う?」

「今は東部全域に偵察部隊を送るしかありません。ルルハルト軍の規模やいくつに分かれて行動しているかも掴めません。考えたくありませんが、こちらより多数の兵を有している可能性だってあります」

「それなら私たちを攻め込むじゃないかしら?」

「ルルハルトがこの東部へ侵攻した目的が最終的に帝都を陥落させることなら、戦闘は出来る限り少なくしたいはずです」

 リョウは今までにない経験の中にあった。

 獅子の団やシャマタル独立同盟での戦いの際には、状況から攻勢の方法を考えればよかった。先手を取り、それに対して敵が反応し、さらに策をぶつける。自分から動くことによって、戦局を動かしていた。

 しかし、今回は違う。

 戦いの主導権はルルハルトが持っていた。

 リョウたちはルルハルトの行動に対して、反応するしかなかった。


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