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大陸戦乱末の英雄伝説  作者: 楊泰隆Jr.
雄飛編
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第四の戦場

 次の日、軍議が開かれた。

 シャマタル独立同盟軍側から軍議に参加したのはクラナ、リョウ、ユリアーナ、フィラック、アーサーンの五名だった。

「シャマタル独立同盟の方々も合流したことだし、私たちも大戦に参加する時が来たわよ」

 カタインの最初の言葉だった。

 空気がピリッとした。

「で、私たちがどこの戦場へ向かうか、それはまだ決まっていないわ。フォデュース様は私の軍を遊撃部隊にしてくださった。どこの戦場へ向かうのも自由よ」

 ほとんどの者がミュラハール、フェルター軍に合流すべきと発言した。フェーザ連邦を叩き、可能ならそのままの勢いでベルガン大王国、ローエス神国を挟撃するべきだと言う。

 昨日、クラナが考えたことと一緒だった。

 だからクラナは、カタインの目がリョウと同じように、別の方向を見ていると理解する。

 西部戦線へ参加するなら、「どこの戦場へ向かうか」などと言わない。

「私のいい部下を持ったわ。いい模範解答ばかりだわ」

 カタインの口調には皮肉がたっぷりと込められていた。兵士たちは苦笑する。自分たちの意見をカタインが素直に聞いた試しが無いからだ。それでも反発する者はいなかった。

「今度はシャマタル側の意見を聞かせてくれますか?」

 カタインは、シャマタル陣営に意見を求める。

 クラナは立ち上がる。

「フェーザ連邦戦線へ参加するべき、と私も思っていました」

「というと、今は違うのですか?」

「はい。でも、これは私の意見ではないので発案者自身が言うべきだと思います」

 クラナはリョウを見た。

 リョウは少しめんどくさそうだった。

「それならば、あなたの副官の意見を聞かせてくれますか?」

 カタインは二人の目配せを見て、リョウを指名する。

「分かりました」と言い、クラナは着席し、代わりにリョウが起立した。

 アルーダ街道で奮戦したユリアーナ、英雄の右腕のフィラック、連隊長のアーサーンを差し置いて起立した青年に対して、カタイン陣営の人々は興味と不信の混ざった視線を送る。

「僕は東部へ進軍すべきだと思います」

 言った瞬間、驚きの声が上がった。

「続けてくれるかしら?」

 カタインはまだ共感も否定もしない。

「この大戦、この連合軍を作ったのは間違いなく、ルルハルトです。あのルルハルトがこのまま正攻法だけで進めてくるとは思いません。失礼ですが、イムレッヤ帝国の、フォデュース総司令官の戦略構想は連合軍を一つの戦場へ集めて、決戦を行うことですよね?」

「その通りね」

 カタインはあっさりと答えた。

「僕も気付いていることをルルハルトが気付いていないとは思えません。それなのにここまで何もしてこないということは、ルルハルトに別の思惑があるのです。現在、イムレッヤ帝国の戦力は帝国の西部から南部に集中しています。そして、東部にまとまった兵力は存在しません」

「でも、イムレッヤ帝国の東部とリテリューン皇国の間には、侵入を阻むプザン山脈があるわよ?」

 プザン山脈。それはファイーズ山脈に匹敵する規模の山脈で、こちらには明確な街道すらない。山に慣れた者ならともかく、大規模な軍が進むのは困難である。山を越えるだけで、大きな損害が出るのは明白だった。そのため、イムレッヤ帝国、リテリューン皇国はこの山脈を越えて、互いの領土へ攻め込むようなことはしなかった。

「ルルハルトなら、その山脈を越えてきます。あいつにはそれが出来ます」

「それは人命を、味方の命すら軽視すると言うこと?」

「はい」とリョウは即答した。

 カタインは少しだけ考える。そして…………

「化粧は注意を引くためにするもの、確かに私たちは大陸連合軍という化粧に魅せられて見落とすところだったのかもしれないわね」

と結論を出した。

「ルルハルトに東部で暴れられたら、帝都の予備兵力を動かさないといけなくなる。こちらが分散することになるわね。それにフォデュース様も、エルメック様もジーラー様が単独でルルハルトと対峙するのは精神衛生上よくないでしょうし。分かったわ。私たちは東部に進みましょう」

「良いんですか? 絶対ではありませんよ」

「構わないわ。もし、この可能性を無視して、西部戦線に参加して、本当にルルハルトが東部に現れたら、馬鹿みたいじゃない。それに西部戦線は今のままでもこっちが優勢なのよ。このまま勝ち切るのが目的ならともかく連合軍を一か所に集めることが目的なら、今のままで十分だわ」

 カタイン軍の行動は決定する。



 南部戦線、イムニア陣営。

「カタインが東部へ向かった?」

 イムニアは首を傾げる。

「東部を迂回し、南部戦線へ合流するつもりでしょうか?」

 ウルベルが返した。

「なぜそんな無駄なことをする。定石なら西部戦線へ合流し、フェーザ連邦を『決戦の地』まで追いやればいいであろう」

「もしや、イムニア様に借りを作り、今後の出世を考えているのやもしれません」

「ウルベル、思ってもいないことを言うな。カタインが出世に拘るものか。それに今回はシャマタル独立同盟軍も一緒だ。カタインには行動の自由を与えたのだから、今になって行動を制限するべきではないだろう。カタインとあの青年に任せる。これは決定だ」

 結局、イムニアはカタインの行動を咎めなかった。

 イムニアも戦況に違和感を覚えていた。自分の都合のいいようにことが進んでいる。こういう時は一波乱あることを天才は肌で感じていた。



 敵が防衛線を張っていないところを突破し、敵国を侵攻できたとしたら、理想だろう。

 特に戦線が多方面にある場合は新たに出現した脅威に対して、どこから戦力を割いて新たな脅威に向かわせるかを考えなければならない。対応が遅れるうちに出血は広がり、結局は全体の崩壊へ繋がる。

 そんなことはめったに起こらない。一流の指揮官なら敵の侵入する可能性のある街道には兵力を配置するし、救援に向かえる範囲に友軍を配置する。線ができる。だから、戦線なのである。

 しかし、本当に思いもよらない場所から侵入ならどうだろうか?

 例えば、高低差の激しい山と谷を越える手段。

 思いつく者は居るかもしれない。

 しかし、実行は出来ないだろう。山を越えるだけで多大な犠牲が出る。人命を軽視するやり方を殆どの者は躊躇う。

 逆を言ってしまえば、人道を持たない者にならできる。

 イムレッヤ帝国東部はイムレッヤ帝国で唯一大国と隣接しない。プザン山脈が存在する。人が住んでいるかもしれないが、五大国のような文化は確認されておらず、脅威にはならなかった。そのため、東部は最低限の兵力しか置いていない。特に今はイムレッヤ帝国の存亡をかける大戦の最中である。遊兵を作るわけにはいかなかった。東部が手薄になるのは当然だった。

 ミュルダ城塞。

 それはイムレッヤ帝国の東部にある城砦である。城砦を管理するために必要な最低限の兵力、僅か五〇人が駐留するだけである。

 突如、リテリューン皇国の大軍が現れた、と急報が届いた。初めは何かの間違いだと思った城砦の司令官だったが、目前にその大軍が現れた時、信じるしかなくなった。

 戦い、と呼べるものはなく、兵士五〇人は全て殺された。

「完全に虚を突きましたな!」

 兵士の一人がルルハルトに報告する。

「殺した兵士の首を切れ。蝋で固めて、棒に括りつけろ。そして、次に殺される奴らに見せてやるのだ」

 ルルハルトの言ったことに兵士は嫌悪したが、従うしかなかった。以前にルルハルトに対して、反論を述べた者がどうなったかを知っていたからだ。

 ルルハルト軍はあっという間に十の城塞を陥落させた。

 戦火と離れていたイムレッヤ帝国東部は突然の凶報に混乱する。

 ルルハルト軍の規模は掴めず、次にどこへ現れるかも予想できなかった。

 このことはすぐに南部戦線のイムニア、帝都のリユベックにも知らされる。

「ルルハルト、私の思惑通りには動かない男だ」

 イムニアは右手の人差し指を噛んだ。

「援軍を向けますか?」

 ウルベルが提案する。

「それではルルハルトの思うツボであろう。それにカタインが東部へ向かった意味がない。リユ…………陛下には帝都を動かないようにお伝えしろ。カタインにはルルハルトを叩き、東部の混乱を収拾するように伝令を送れ」

 イムニアの指示は的確だった。ルルハルトの目論見の一つである『敵戦力の分散』は失敗する。

 しかし、誰もルルハルトの思惑の全てを理解できていなかった。

 ルルハルトがイムレッヤ帝国東部に侵攻した一番の目的、それはリョウにさえ、リョウだからこそ理解が出来ないことだった。

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