禁断症状
ルピン、グリフィード、ローザは初めに辿り着いたベルガン大王国の街に長くは滞在しなかった。
ここはまだローエス神国に近い。大陸教の影響下から完全に抜け出したとは言えなかった。
買い物だけして街を後にする。
今まで着ていた服を捨て、旅人の格好をした。
「修道服と鎧以外を着たのは久しぶりですね」
「悪いが修道服は捨ててくれ。万が一、見つかった時、面倒だ」
「仕方ありませんね」
三人はローエス神国に関する物を全て燃やした。
そして、フェーザ連邦に近いダルナという街に滞在することにした。
到着してからすでに三日が経つ。
しかし、次の行動は全く決まっていない。
ルピンに麻薬の禁断症状が出ていたからである。
経験のしたことない発熱、嘔吐、咳に襲われる。
立つのも辛かった。三日間、横になっていた。
「ローザさん…………私はもうダメです…………」
ローザは「しっかりしてください」と言い、大きく咳き込んだルピンの背中を擦る。
「グリフィードはどこに行ったのですか?」
「買い出しです」
ローザはこの三日間、ルピンに付きっきりである。
買い物などは全てグリフィードに任せている。
「なんで、グリフィードは私のそばにいてくれないのですか? こんな姿を見て、失望しましたか?」
ルピンは泣く。感情の制御が出来なくなっていた。
食欲はなく、頬はこけて、ひどい顔になっていた。
「ルピンちゃん、ここはベルガン大王国ですよ。女が一人で出歩くのは危険です」
「修道服を着ていれば、襲われませんよ」
「修道服は燃やしたじゃないですか。それに修道服は目立ちます。私たちは『お尋ね者』なんですよ」
「そうでした。私、全然、思考が繋がりません…………もう、元には戻れないです…………」
ルピンはさらに泣く。
そんなルピンの頭を、ローザは自分の膝の上に乗せた。
「大丈夫です。あなたは強いです。戻ってこれますよ」
膝枕で、駄々をこねる子供をあやすようにやさしく言う。
「私は強くなんてありません。今でも好きな人のことを未練がましく思ってしまいます」
「好きな人? グリフィード君ですか?」
「違います。グリフィードのことも好きですが、グリフィードは自分に枷を嵌めて生きています。私では今以上にグリフィードに近づけない。そう思った時、グリフィードは友であっても、それ以外の感情を抱くことはなくなりました。私が恋をしたのは、普通なのに普通じゃない男の子です」
ルピンは判断の鈍った頭で、考えなしに言いたいことを言ってしまう。
「その人はもしかして…………」
「勘違いしないでください。生きていますよ。あの子の隣に私がいなくなった。それだけのことです」
ルピンは悔しそうに言う。
「でも、リョウさんが認めた女性のことを私は認めています。あの子になら、リョウさんを任せても良いと思いました」
ルピンは不用意に『リョウ』という名前を口にした。
「あなたが認めた女の子というのに興味がありますけど、その話、今、聞かないでおきます。今のあなたは何でもしゃべってしまうでしょう。もっとお互いに信頼がおける関係になったら、お互いの深くにあるものをさらけ出しましょう」
ローザは微笑みながら、ルピンの頭を撫でた。
その姿は、実際の歳以上の差を感じさせた。
「まったく不器用ですね。だから、ローエス神国に利用されるのですよ」
「でも、私は感謝しているんですよ。生きていなければ、知ることできなかったこともありましたから。私は忠義を尽くすべき国に逆らってしまいました。もう戻れないでしょう。けど、私にはやるべきことがあります。あなたたちとの旅がどういう形で終わるか分かりません。でも、この旅が終わったら…………」
「私の経験上、何かが終わったら、と言う人は大抵願いが叶わず、死にますよ」
「大丈夫ですよ。私の生命力は強いですから。故郷に帰るまでは死にません」
「シャマタルにですか?」
ローザは「はい」と答えた。
「ならば、それまでは一緒ですね。私たちもこの旅が終わったら、シャマタルへ向かいますから」
「何かが終わったら、というと死ぬんじゃないんですか?」
ローザはからかうように笑った。
「揚げ足を取らないでくれますか?」とルピンは不機嫌そうに返す。
「ところで何であなたとグリフィードには禁断症状が出ていないのですか?」
「グリフィード君は苦しんでいましたよ。あなたの前では見せなかっただけです」
「あの強がりはまた………………では、あなたはどうなのですか? あなたも私のいないところで苦しんでいますか?」
ルピンの問いに対して、ローザは悲しそうに微笑んだ。
「なんででしょうね? 私、何にも感じないんです。もうとっくに何かがおかしくなっているのかもしれません、いいえ、間違いなく私はおかしいです。それでももう死のうとは思いません。生きて、自分の責任を果たしたいと思います」
「あなたに何があったのか。そのうち、聞きたいものですね」
「ええ、いいですよ。そのうちね」
会話はそれで終わった。
禁断症状が落ち着いたルピンは、睡魔に襲われた。
(私が他人の前でここまで隙を見せるのは、麻薬のせいでしょうか? それともただ弱くなっただけなのでしょうか…………)
ルピンの意識はそこで途切れた。