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大陸戦乱末の英雄伝説  作者: 楊泰隆Jr.
外伝 旅行編
72/184

最悪

 三人は洞窟を出口に向かって進む。辺りは無数の輝光石で明るかった。

「これだけの輝光石、売ればいくらになるんでしょうね」

 ルピンが呟く。

「もし盗んだら、さすがに盗賊と断定しますよ」

 ローザが返した。

「ちょっとくらい良いじゃないですか」

「あなたって俗ですね。『ルピン・ヤハラン』はもっと賢い人間だと思っていました」

「私は賢いですよ。だから生き残ったのです」

「そういえば、あなたの首には賞金が掛かっていましたね。そこの輝光石三つ分くらいの額でしたっけ?」

 ローザは小さめの輝光石を指差した。

「私の価値をそういう風に見ないでもらえます!?」

「もうとっくに死んでいると思われていたので、半分忘れられていましたけど」

「余計に分かりませんね。私は神敵、問答無用で殺されそうですけど?」

「私は根っからの大陸教徒ではないのです。信仰心より、命を救ってもらった恩義でローエス神国へ尽くしていましたから。だから、同じく恩義のあるあなた方の力になりたいと思ったのです」

「分かりません。まだ、私たちとあなたのどこに接点があったのか」

「いつか話します。信じるかはあなた方次第ですが」

「話が弾んでいるところ悪いが出口だ」

 グリフィードが言った。いつもの余裕がない。

 グリフィードはこの先に何があるか、すでに予想していた。

 三人の目前に広がったのは湿地だった。しかもかなり広い。

 上を見ると空が見える。四方は高い岩の壁で囲まれている。

 かなり特殊な場所だった。

「なんだが、幻想的な場所ですね。ここを踏み荒らされたくなかったから、ローエス神国は神兵を置いて、監視していた、と結論付けたいのですが?」

 ローザが言う。

 ルピンもこの場所の意味を考えていたが、思いつかない。

「やっぱりな」

 グリフィードだけは何かに気付き、湿原の中に入っていく。

「湿原を荒らさないでください!」

 ローザが叫ぶ。

「こんな綺麗な湿原を荒らすな、と言いたいのか?」

 グリフィードは湿原に生えた草を抜いて戻ってきた。

「綺麗なものには毒があるというが、これはとびっきりだな。おい、これが何か分かるか?」

 ローザは首をかしげる。知らなかった。

 ルピンはまじまじと見る。そして、気付き、顔色を変えた。

「え? まさか…………そんな…………」

「この草がなんだというんですか?」

 ローザだけが置いて行かれる。

「この草の名称はシオサ」

「シオサ…………シオサ…………シオサ!?」

 ローザもことの重要さを理解した。

「シオサ、こいつは最悪の麻薬、クコキシル麻薬の原料だ」



 ――――クコキシル麻薬。

 強烈な快楽と高い依存性、それに加え、異常な鎮痛効果がこの麻薬の特徴である。乱世にこの麻薬は広く浸透した。

 戦場での不安、戦傷の痛みを忘れられるからだ。

 しかし、副作用で思考の低下と強烈な幻覚作用があるため、摂取した者たちの同士討ちで、軍が壊滅するということが発生するようになった。事態を重く見た各国は戦争中・休戦中にもかかわらず、この麻薬の撲滅には協力したほどだった。

 シオサはきれいな水の湿原に生息する。

 それ以外に必要なものは多少の日光だけで良い。管理はとても簡単である。それもこの麻薬が広く出回った理由の一つだった。

 シオサの生えていた湿原を見つければ、それをすべて破棄した。

 その甲斐もあって、一時よりはクコキシル麻薬が出回らなくなったが、それでも完全になくなったわけではなかった。

「生息地がどこか不明でしたが、なるほどローエス神国が関わっていたのですか…………」

 ルピンが言う。

「しかし、いえ、まだ頭が追い付きません…………」

 ローザはふらつく。

「大丈夫か?」

 グリフィードが声をかける。

「申し訳ありません。でも、ここだけではさすが少なすぎませんか? 大陸に出回っているクコキシル麻薬を考えるとこれだけでは不足です」

「恐らく、生産地は聖地と呼ばれている場所に隠れているのでしょう。それにこれだけでも十分なんですよ。シサオの恐ろしいところはいくつもありますが、その一つは濃度です」

「濃度ですか?」

「今、グリフィードが持っているシサオを粉末にしたとしましょう。子供がすっぽり入るくらいの瓶にギリギリまで水を入れて、粉末を入れます。それでも濃すぎるくらいなんですよ。生産効率がいいんです。それでいて、熱を加えても効き目は変わらないので、いつの間に食事に混ぜられていて、中毒になっていたということがあったくらいです…………食事に混ぜる?」

 ルピンは自分で言って、青ざめた。

 食堂で暴れていた男のことを思い出す。

「やっとたどり着いたか。かなり思考がやられているな。麻薬のせいで」

「あああああああああああああ!」

「ほんと、お前は最近それが好きだな」

「うるさい! 麻薬のせいです!」

「今のは違うだろ」

「最悪最悪最悪最悪最悪最悪、です! なんで気付かなかったのですか! 私の馬鹿! あんな食事で幸福感がある時に気付くべきでした!」

「驚きもある。後悔もある。不安もある。だが、今すべきことはなんだ?」

 グリフィードが言う。

「とにかく一度逃げますよ」

「まだその判断ができるくらいは頭が働くみたいだな。あんたはどうする?」

「これはローエス神国の闇ですね。しかも、かなり上層部のみが知っているのだと思います。私は許せません。信徒を薬物漬けにして、恭順させるローエス神国の在り方が。恐らく、私たち神兵も相当量の薬を知らずに投与されているでしょう」

「死を恐れない神の兵。笑えますね。痛みを感じなければ、恐怖も消えるでしょう。残り半分の恐怖心は信仰心で消えますし」

「おい、ルピン」

「いいです。心当たりはあります。神兵の中には盲目な者が多いのです。私は信仰心だと思っていましたが、今なら理由がはっきり分かります」

「あんたがまともな神兵で助かったよ」

「それはどうでしょうね? 突然、暴れるかもしれませんよ」

「だとしても、この先のことを考えると戦力が必要な気がしてきた。一緒に行かないか?」

「私で良ければ、喜んで」

 グリフィードとローザは握手をした。

 始まりの洞窟脱出作戦の始まりである。

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