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大陸戦乱末の英雄伝説  作者: 楊泰隆Jr.
立志編
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ファイーズ要塞脱出作戦

「イムレッヤ帝国軍が大規模な別働隊を動かして、ザーンラープ街道から侵攻してきました」

 軍議の開始と共に、ルピンが言った。

 士官たちは驚きの声を上げた。

「我々はどう動く?」

 アーサーンが口を開く。

「リョウさんの意見を聞きたいです」

 クラナがリョウへ発言を求める。

「僕らに選択肢は無いよ」

 リョウは即答する。

「もし僕らが動けば、エルメックは容赦なく、追撃してくるだろうね。野戦になれば、エルメックに勝つのは難しいよ。仮に勝ったとしても、その時はボロボロだ。イムレッヤ帝国軍の別働隊を強襲する余力なんて残っていないよ。出来ることはここで少しでも多くのイムレッヤ帝国軍を足止めして、敵の戦力の合流を阻止することだよ」

 沈黙が流れた。

 連戦連勝で上がっていた士気が沈黙する。

 イムニアはファイーズ要塞に集まったシャマタル独立同盟軍に対して、本気など出していなかった。皆、今までの勝ちがイムニアの掌の上だったことに気がつく。

「リョウ殿、仮定の話をいいか?」

 フィラックが口を開いた。

「何でしょうか?」

「このファイーズ要塞の兵力が無傷でイムレッヤ帝国軍の別働隊、いやこの場合は本隊と言った方が良いだろう。その本隊と当たった場合、リョウ殿ならなんとか出来るか?」

「その仮定は成立しません。戦略を無視して、戦術を論ずるなんて今はするべきじゃありません」

「それでも聞かせてくれないか?」

 フィラックは頭を下げた。

 リョウは少し考えて、口を開いた。

「もしそれが叶うなら、こちらの兵力は三万を超えるでしょう。そうすれば、一つの戦術的勝利で、戦況を五分、いやこちらに傾けることが出来ると思います」

「リョウ殿にはその策があるのだな」

「ですか、それは机上の空論だと…………」

「このファイーズ要塞の防御は私に任せてほしい。リョウ殿はクラナ様、それに白獅子隊、その他の兵力を持って、アレクビュー様に加勢してほしい」

「決定権は僕にありません。だから、僕は自分の思ったことを好き勝手に言います。…………それをやっては今までの戦いの意味が無くなってしまいます。僕らは民衆を守るために戦ってきました。僕らがここを離れれば、民衆はどうなりますか? 彼らは僕らを陰から支えてくれています。彼らがいなければ、シャマタル独立同盟の兵士は、食事を取ることが出来ませんでした。怪我の治療をしてもらうことも出来ませんでした。職人たちは僕の無理を聞いて、新しい武器を作ってくれました。危険な要塞外に出て、ネトシナ川の水をせき止める仕掛けを作ってくれた方々もいます。彼らを蔑ろにすることは、シャマタル独立同盟の存在自体を変質させてしまいます。建国の理念と理想を失った国家に何の意味があるでしょう? そんなことをすれば、今は生き残ってもいずれは、国が内部から崩壊します」

「もっともな意見だ。だが、それでも君たちには、アレクビュー様の元へ向かって欲しい」

 リョウとフィラックが睨み合った。

「あ、あのすいません」

 司令官であるクラナが申し訳なさそうに手を上げた。

「私から提案をしても良いですか?」

「司令官が提案とは面白い言い方だね。えっと、なんだい?」

「民衆の皆さんに今のシャマタル独立同盟の状況を知らせるのです」

「却下ですね」

 ルピンは即答した。

「そんなことをすれば、ファイーズ要塞が混乱します。民衆にいらない不安を植え付けるだけです。世の中には知らない方が良いことだってあるのですよ」

「私もヤハランの意見に賛成です」

 アーサーンも続く。

「そんなことを知れば、民衆と兵の間で軋轢が生まれるかもしれない。暴動が起き、それを鎮圧するために兵を動かすのは気が進みません」

「そうかもしれません。愚策かもしれません。けど、彼らは全くの無関係でしたか? リョウさんは言いました。彼らは裏方として、このファイーズ要塞のために戦ってくれました。赤子を背負って給仕を行った母親や無理な日程の工事を徹夜でやってくださった職人の方々もいます。シャマタルが窮地に立たされた今、彼らに大事を知らせないのは、彼らを裏切る行為ではありませんか? 知らなければ幸運などと言いますが、私はそうは思いません。自分の状況が分からず、流されるなどあってはならないのです」

「君らしい意見だね」

「リョウさんはどう思いますか?」

「民衆に何も知らせないでことを進めるのが一番混乱しない方法だと思うよ。だけどとっても過激な言葉を使わせてもらうと、シャマタル独立同盟はその存在理由を守るために動くべきだと思う。シャマタルの歴史を少しだけ勉強したんだけど、この国は民衆の力で立ち上がり、イムレッヤ帝国からの独立を勝ち取ったんだ。今はシャマタルの総力が試される時じゃないのかな?」

「これは昔の話だが…………」

 フィラックが口を開く。

「初めてこの要塞に立て籠もり、イムレッヤ帝国軍を迎撃した時、九割の兵士は民衆でまともな武器を持っていなかった。農具や商売道具を手に参戦した者がほとんどだった。人が戦うのに必要なのは、武器では無く、意思では無いだろうか?」

「フィラックさん、あなたはもしかして民衆を指揮して、エルメックと戦うつもりですか?」

「そのつもりだ」

「勝ち目があるとは思えない」

「リョウ殿、あなたは優秀だ。あなたの策はいつも無理をしない。賭けに出るようなことはしない。勝ち易きにて勝つ。参謀の手本のようだ。だが、その分、個の力を信用しようとしない。我々を、シャマタルを軽く見ないでほしい。我々はそこまで弱くない。国家存亡の際に絶望するような弱さは持ち合わせてない」

「あなたまで全てを民衆に伝えるべきだと言うのですね」

「ここから先は国力を総動員しないと勝てない。違うか?」

「その通りだと思います」

「なら、答えは出ているはずだ。この要塞の防衛は民衆に任せて、ファイーズ要塞の主力はアレクビュー様と合流するべきだ」

 フィラックが強く言う。

「ちょっと、話が飛び過ぎてますね。もっと明確にしましょう」

 ルピンが言う。

「もし、ネジエニグ嬢やフィラック様の意見を通すとしたら、第一にこの要塞の非戦闘民全員にシャマタルの現状を話すべきでは無いでしょうか? 混乱することを覚悟で、ですけど。そのことに反対する者は誰かいますか? アーサーン様以外で」

 軍議場は沈黙した。

「まさか!? 皆、正気か!」

「アーサーン様、落ち着いてください。これがこの国の特色というやつです。かつて、私やあなたが大陸教を信じたように、この人たちにも信じるものがあるのです。ネジエニグ嬢、これが答えのようです」

 ルピンは視線をクラナに向けた。

「私の無茶を聞いてくださってありがとうございます」

 クラナは頭を下げた。

 そして、民衆全員に緊急招集をかけた。

 緊急と宣伝したこともあり、要塞内のほとんどの人々が中央の広場に集まった。参加できなかった者は重い病気の者や見張りの兵士だけだった。

「皆さん、無理な呼びかけに集まって頂き、ありがとうございます」

クラナは頭を下げた。

「私たちは大変不利な状況で良く戦いました。あのエルメック将軍を退け、このファイーズ要塞を守り抜きました。これは兵士だけでは無く、私たちに協力してくださった皆さんの力あってのものだと思っています」

 民衆から歓喜の声が上がる。

「しかし、今、戦況は新たな局面を迎えようとしています」

 クラナの暗い声で、膨れかけた空気が一気に萎む。

「イムレッヤ帝国軍の大規模な別働隊、もっと言うなら本隊がザーンラープ街道から侵攻してきました」

 民衆がざわつく。

「この要塞を守るだけでは、シャマタルは守れない。それが今の私たちの状況です。申し訳ありません」

 クラナは深々と頭を下げた。

 今回はルピンとユリアーナもこちらにいる。

 仕込みは無かった。すでに二人はファイーズ要塞内で顔が知られている。役者にはなれない。

「ふざけるな!」

 一人の男が叫ぶ。本当の一般の民衆だった。

「そうだ。もう私はあなたと一緒には戦えない!」

「無責任すぎる!」

 別の男が続く。

 失敗でしたか、とルピンが漏らす。これで軍どころかシャマタルが崩壊する。少なくともルピンはそう思った。

「それはどうかな?」

 リョウが言う。

 ルピンがその意味を聞く前に、民衆たちが答えを出した。

「早くアレクビュー様を、あなたのお祖父様を救いに行ってください!」

「このファイーズ要塞は俺たちで守る! 剣は振れねーが石なら投げられる!」

「あなたはシャマタルの英雄です。あなたは行くべきところがある!」

 それが民衆の答えだった。

「さて、やることが増えたね」

「全く…………部外者だったはずの私たちが何でここまでやることになったのですかね」

 リョウはすぐに脱出作戦を考える。

 ルピンは情報の収集に奔走する。

 再び、軍議が開かれた。

 その結果、全軍の七割がクラナと共にファイーズ要塞を抜け、アレクビューに合流することが決まった。

「この作戦には一つ問題があるんだ」

 リョウはクラナに漏らす。

「脱出方法ですね」

 クラナの言葉に、リョウは首を横に振った。

「いいや。それは大したことじゃ無いんだ。僕が問題にしていることは、この要塞を離れる理由だよ」

「えっ!?」

 それは大きすぎるために失念していたことだった。

「僕らは軍隊としてこのファイーズ要塞を守っているんだ。どんな理由があっても、それを放棄するのはそれなりの理由が必要だよ」

「それに関しては問題無いですよ」

 ルピンが即答した。

「それは君の専門分野だね」

「はい」

 ルピンは、書状を取り出す。それはシャマタル独立同盟が正式に発布するものそっくりだった。

『敵がザーンラープ街道を侵攻してくる場合、ファイーズ要塞の兵力は決戦場へ駆けつけよ』

と書かれていた。

「これはいったい?」

 クラナが首を傾げる。

「私が作りました」

 ルピンがさらっと言う。

「いざという時はこれを見せれば良いのです。我ながら会心のできですよ」

「それで全てがうまくいくと思っているのかい? 偽の文書だってことはすぐにばれると思うよ」

「私たちは騙されて決戦場へ行く。とりあえずはそれでいいのです」

「なるほど事後承諾、というやつか。でも、それは僕の構想を元に動くってことだよ。外れた時は、言い訳が出来ない」

「リョウさんはいつも私の提供する情報を信じて作戦の立案をしてくれます。今度は私がリョウさんの構想を信じますよ。それよりどうやって要塞を抜けるつもりですか?」

「日中、堂々と正面からゆっくりと抜け出すさ」

「冗談 ではないのですね」

「本気さ。防具も着けず、武器も持たずに抜け出す。そんなことをすれば、敵はどう思うかな?」

「なるほど、散々策に振り回されたのですから、また警戒するでしょう。敵の追撃はない。そして…………」

「クラナの祖父さんと合流するんだ。ルピン、君のおかげでイムレッヤ帝国軍の動きを迅速に知ることが出来た。エルメックも僕たちがここまでの情報を持っているとは思っていない。まだ、監視は厳しくないから抜け出せる。いいや、分かっていてもエルメックは追ってこない気がする。エルメックは必要以上のことはやってこない。最低限のことをやって他はイムニアに任せるつもりだ。僕は少しだけエルメックという人物の性格が掴めたよ。エルメックにとって戦場は自分の功績を立てる場じゃ無いんだ。あの老将はイムレッヤ帝国の次世代を担う将軍たちに経験を積ませているんだよ。僕らはちょうど良い練習相手ってことだよ」

 リョウは珍しく不機嫌に言う。

「珍しいですね。あなたが対抗意識を燃やすなんて。本気のエルメックさんと戦ってみたかったのですか?」

「僕は戦闘狂じゃ無いから、そんなことは思わないよ」

 リョウはそっぽを向いて言った。

「すまないが、一つ作戦の変更を願いたい」

 アーサーンが言った。

「フィラック殿ではなく、私が要塞に残るわけにはいかないだろうか?」

「アーサーン殿、私では不服か?」

「そうではありません。ですが、フィラック殿は総司令官、そして、クラナ様に仕えるべきお方です。この要塞に残るのは正しい形だとは思えません。私は及ばずながら、この要塞を去年から守っていました。この要塞に残るのは私であるべきではございませんか?」

「あなたはこの要塞を売ろうとしましたけどね」

とルピンが指摘する。

「だからこそ、信用できぬと言うなら仕方がない。決定はクラナ様に任せる」

 全員の視線がクラナに集まった。

「私があなたを疑うことはありません。今の私にとって、フィラックもあなたも代え難い指揮官です。もし、望んでここに残りたいと言うなら、私は止めません。残る兵士と民衆のこと、よろしくお願いします」

 クラナはアーサーンの手を取った。

「ありがとうございます」

 アーサーンは頭を下げ、同じ言葉を繰り返す。

 クラナ以下、七千余りの兵士は次の日、堂々と要塞を脱出する。

 それはすぐにエルメックのいるイムレッヤ帝国軍も知るところとなった。

「攻めるべきだ!」

 フェルターが進言する。

「だが、脱出したのは武器も防具も持たない民衆である、と報告が入っている。もしかしたら、ワシたちが包囲を解いた隙にできるだけ多くの民衆を脱出させようと考えたのではないか? ワシとしては、民衆を殺し、功を誇るような愚かなことはしたいとは思わん。それに何か策があるやもしれん」

「策とは?」

「分からん。そして、分からんから攻め、此度の戦いでどれほどの兵を死なせたか。ワシらの役割は終わったのだ。少しでも危険があるなら動かん方が良いじゃろう」

 ガリッターも大きく頷く。

 フェルターも納得するしかなかった。

 こうして、リョウたちは要塞を脱出することに成功したのだった。

 その後、いくつかの砦に寄り、武具や食料を調達しながら、ランオ平原へ向かう。

 予想外の事態は、その道中で起きた。

 クラナの元へ続々と義勇兵が集まってきたのだ。その数は増える一方で、当初の七千の兵士を加えると一万を超した。

 しかし、これはいいことばかりではなかった。進軍は自然と遅くなり、食料も不足しがちになる。そのために砦により、日程は遅れる。

「間に合うだろうか?」

 リョウは呟いた。

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