神兵
二人が外の出た時、周りは薄暗かった。
「少し市場を見てからでもいいでしょうか?」
「まだ何か買う物があるのか?」
「色々準備をしておきたいのですよ。この先、不測自体がどれだけ起きるか分かりませんから」
ルピンは市場に行き、いくつかの物品を見た。店の店員は例外なく、ルピンに対して歓迎しない視線を送った。
それはルピンの見た目が子供だからではない。ルピンが女だからである。
「まったく、この国は本当に男尊女卑が強いですね。女一人で出歩けないほど、この国は女のことを考えていませんよ」
ルピンは不機嫌だった。
「そうか? 前に違うベルガンの都市に寄った時、ユリアーナは一人で出歩いていたぞ」
「その代わり、二回乱闘を制して帰ってきましたけどね」
ベルガン大帝国の特色は二つである。
一つは中央集権による強固な国家体制。
もう一つは男尊女卑による社会格差。
「本当に野蛮な国ですよ。それにあれも盛んですし」
ルピンの視線の先では、奴隷市が開かれていた。
「戦争の捕虜か、攫ってきたのか、それとも孤児や身売りか。なんにせよ、いい気分じゃありませんね」
ルピンはうんざりして言う。
「まぁ、国色として受け入れるしかないな。どの国にだって歪んでいるところはある。その歪みが許容を超えない限り、国はその形を保つさ」
「いつまで持ちますかね。どの国も」
突然、騒ぎが起きる。
「奴隷が逃げたぞ!」
誰かが叫んだ。
「どうする?」
グリフィードは楽しそうに言う。完全に興味本位で見に行こうとしていた。
「行くなと言っても、あなたは行く気でしょ? 置いてけぼりはうんざりですよ」
「離れるなよ。明日、お前が奴隷市に並んでいたら笑うからな」
「そうならないように、あなたが私を捕まえていなさい」
ルピンは手を出す。
グリフィードは、ルピンの手を握り、騒ぎの方へ走った。
現場に到着した時、ルピンが考えていたより大きな騒ぎになっていた。
脱走した奴隷は十二人、子供とその母親らしき人物を人質に取り、陣を組んでいた。
「なるほど、あの手腕、元軍人のようですね」
ルピンは呟く。
「近寄るな! 道を開けろ!」
奴隷の男が怒鳴った。
「ですが、バカですね」
ルピンの言葉と瞳を冷たかった。
「こんな騒ぎを起こして、生きていられると思っているのでしょうか? すぐに兵士が来て、殺されますよ」
「人質がいるぞ」
グリフィードが言う。
「ベルガンの兵士にとって人質なんて関係ありません。弱肉強食、この国はそれが染みついています。人質になる時点で、ベルガン大王国は見放しますよ」
ルピンの言うとおりだった。
もう少しこの膠着状態が続けば、兵士が来て、全てを終わらせるはずだった。
「お待ちください」
一人の女が前に出る。
ただの女ではない。
「修道女、ですか?」
その女は大陸教の修道服を着ていた。
フードを深く被っているので、顔は見えない。
「な、なんだ?」
男の一人が警戒しながら、声をかける。
「その親子を離してくれませんか? 私が代わりに人質になるので」
「なんだと?」
「考えても見てください。女性と子供ですよ。ずっと人質にするには不便じゃありませんか? あなた方がここを強行突破した後、恐らく走らなくてはなりませんよね? 男の足にその親子が付いてこれるとは思えません。だから、もっと便利な人質の方がいいじゃありませんか」
修道女の口調は落ち着いていた。
「お、お前も女じゃないか」
「私はその辺の女性より体力がありますよ。何しろ、自分の足で、ローエス神国からここまで来たのですから、馬にも乗れますし、馬車も操れます。そちらの親子より良いと思いますが? それに私の方が人質として価値があると思います」
「価値?」
「こう見えても、私はローエス神国である程度の地位があります。ベルガンの兵士が大陸教の信徒を殺したとなれば、ローエス神国とベルガン大王国の国交は悪い方向へ向かうでしょう。今のベルガン大王国の状況を考えるとそれは避けたいはずです。どうです、私の方が人質として価値があるでしょ?」
奴隷の男は相談するように他の奴隷たちと視線を合わせる。
そして、結論を出した。
「良いだろう。お前を人質にする」
「ありがとうございます」
修道女が奴隷の男に近づいた。
「自己犠牲ってやつですか? 結構なことですね」
ルピンは呟く。とても不機嫌そうだった。
「そう言うな、信徒の手本みたいじゃないか」
「ふん、信徒にも色々いるんですよ。例えば…………」
ルピンは言葉を途中で止めた。
目の前の光景の変化に言葉を失った。
修道女はゆったりとした服の下に細身の剣を隠していた。
抜刀はしなかった。鞘で思いっきり、奴隷の男の顎を叩いた。
男は失神する。
「申し訳ありません、無駄の殺生はしたくないので」
修道女の行動は早かった。
他の奴隷たちが呆然としている一瞬の間に人質を解放してしまった。
「何しやがる!」
奴隷の男の一人が襲い掛かる。
修道女はそれを避けた。その際にフードが取れて、素顔が露になる。
「えっ、まさか…………」
驚きの連続だった。
見た目は三十歳を越えたくらい。美しい顔立ちだったが、眼力だけは異質だった。それは死線を超えたことのある者の瞳だった。
そして、修道女の白い肌には見覚えがあった。
「シャマタル人!? いえ、それよりもあの耳飾りの紋章は…………グリフィード、ここから逃げますよ。これ以上の騒ぎは…………」」
ルピンの驚きは止まらない。グリフィードはルピンの横からいなくなっていた。
グリフィードはいつの間に手に入れた棒切れを片手に持ち、騒ぎの渦中に飛び込んでいた。
「あの馬鹿…………! 帰ったら、説教です」
ルピンは頭を抱えた。
「多勢に無勢、手を貸そう」
グリフィードは笑った。
「感謝します」
二人の会話はそれだけだった。その後は二人であっという間に制圧してしまった。
「他国で騒ぎを起こしてしまいました…………」
騒ぎが終わると修道女は少しだけ後悔した。
「あ、あの、ありがとうございます!」
事後、人質だった親子が修道女のところに来た。
「怪我がなくて何よりです」
「ありがとう、おばちゃん」
修道女の顔がピクリと動く。
少年の純粋で、悪意のない言葉に修道女は酷く傷ついた。
「きみ、私くらい年の女性にはお姉さんって言わないとだめですよ」
修道女は、少年の頬を引っ張った。
「ご、ごしぇんなしゃい。 おねぇしゃん」
少年は頬を引っ張られながら、言い直す。
「良いですよ。あなた方にこれ以上の災難が起きないことは祈りましょう」
修道女は大陸教の祈りの姿勢をとる。
「ありがとうございます」
母親はもう一度、頭を下げて去っていった。
「誰も死ななかったですし、良しとしましょう。それよりもあの青年は一体…………?」
グリフィードはいつの間に姿を消していた。
「お礼の一言も言いたかったのですが」