ルピンの未練
ルピンとグリフィードは南下し、ベルガン大王国へ入った。
そして、ローエス神国方面でもっと大きな都市『ティアルア』に向かった。
ここからの旅は行商人の立場をやめて、巡礼者に紛れる。
その為、買い込んでいた全ての物資を売却するつもりだった。
二人がティアルアへ到着したのは、冬の終わりの季節だった。
「まぁ、こんなものですかね…………」
ルピンは大きく膨らんだ袋を机の上に置いて満足そうだった。
「少しくらい贅沢をしてもいいんじゃないか?」
「あなたは散々商品に手を出しましたよね? しかし、『始まりの洞窟』で奉仕活動に参加する間は禁欲でしょうし、今のうちに少しは羽を伸ばしますか」
ルピンはいくつかの買い物をした後、少し高めの宿を借りる。
「久しぶりに快適なベッドだ!」
グリフィードはベッドの上に身を投げた。
「休みたいでしょうけど、二つほど協力してくれますか?」
「なんだ、それには拒否権はあるのか?」
「ないです。髪を切ってほしいです。そして、染めてほしいです。あなたと同じ色に」
ルピンを買ってきた物の中から、はさみと髪染め用の薬剤を取り出した。
「お前を俺色に染めてほしいと?」
「なんですか、その馬鹿みたいな発言は? 髪の色をあなたと同じ白にしてほしいと言ったのです!」
「冗談の通じないやつだな。理由くらい聞こうか?」
「これからローエス神国に入ります。この髪は目立つんですよ。だから染めるんです。染めるなら短い方が楽です。だから切るんです。ただそれだけです。他意はありません」
「…………そうか、お前がそう言うなら構わない。どんな髪型にする?」
「見た目相応の子供っぽい髪形でいいですよ。あなたとは兄妹、そうした方が何かと都合がいい気がしますから」
「その辺の設定は任せる。もう始めていいか」
グリフィードはベッドから立ち上がった。
「………………はい」
ルピンとグリフィードはそれぞれ準備を始めた。
「私、アレが嫌なんですよ。切った髪が服に付いてチクチクするやつ。だから、こうします」
ルピンは服を脱ぎ始める。
「お前なぁ…………」
グリフィードは呆れる。
ルピンは全裸になっていた。
「今更、あなたに裸を見られたからと言って、何の感情も起きませんよ。服を着なければ、髪の毛が服に付くこともないです。とても合理的じゃないですか」
「俺が理性的でよかったな。俺じゃなかったら、お前は襲われているかもしれないぞ」
「あなただからこうするんですよ。あなたは私に何もできない。………………グリフィード、私はリョウさんが好きです。でも、あなたなら良いですよ」
ルピンは裸のまま、グリフィードに近づく。
「馬鹿なことを言うな、早く座れ。終わらせて、休みたい」
グリフィードはルピンの誘いを簡単に振る。
ルピンは「はいはい」と言って、椅子に座った。
少しの間、お互いに無言だった。
「気まずいです。何か話してください」
「無茶を言うな」
「何でもいいです」
「お前は我儘だな。そういえば、お前が髪を切るのは久しぶりじゃないか。リョウと会ってから、切っていなかっただろ?」
「その話は止めましょう」
「何でもいいと言ったのはお前だろ。リョウに髪を褒められたのが嬉しかったのか?」
「まったく、あなたは本当に思い通り動いてくれませんね。そうですよ、嬉しかったです。私はこの髪が嫌でした。咎人の証みたいで、でも同時にすべてを失った私にとって、この髪だけが私を『ヤハラン』と証明してくれます。だから、染めたりはしなかった。自分がヤハランであることを隠して生きていたはずなのに、どこかで主張したかった。なんだか歪ですね。この髪の色を褒められるとは思わなかった。だから、驚いたのです。そして、嬉しかったのです」
「なんだ、やっぱり他意があるじゃないか」
「うるさいですね。だから、やめたかったんですよ。そうです。他意がありますよ。未練ばかりですよ!」
「おい、あまり動くな。怪我をするぞ。………………それを切った上に染めても良いんだな?」
「私は弱い人間です。恐らく、リョウさんとネジエニグ嬢のことを認めよう。受け入れよう。と思っても、どこかでしこりができてしまいます。だから、形から入るのです。私だって吹っ切って、前に進みたいんですよ」
「この旅で何かが得られればいいな」
「残っているのは喪失感かもしれませんよ。ヤハランの秘密を知って、人生の目的を失って、無気力になるかもしれません。………………ねぇ、グリフィード」
「なんだ?」
「もし、私が生きる気力を失ったら、一緒に死んでくれますか?」
髪を切っているグリフィードに、ルピンの表情は見えない。
ルピンの口調は冗談とも、本気とも取れるものだった。
「一緒に生きる道を探してやるよ。少なくとも俺はまだ出る幕があると思うがな。まだこの大陸は面白くなりそうだ」
「面倒になる、の間違いでは? でも、そうですね。この大陸の行方には興味があります。出来れば、生きて結末を見たいと思うのは、歴史家の性でしょうね」
「そう思っている以上は、お前は死のうなんて思わないさ。髪の毛はこんなものでいいか?」
グリフィードは、ルピンに鏡を渡した。
ルピンの髪形は『おかっぱ』になっていた。
「随分、短くしましたね。子供っぽいです」
「そういう要望だろ」
「そうですね。髪染めもお願いしますよ」
「仰せのままに」
髪染めの独特の臭いが部屋に充満する。
ルピンの青い髪は、白くなる。
ルピンは生まれて初めて、自分の髪の色を変えた。
「結構うまくいくものですね」
「少しは吹っ切れたか」
「さぁ、どうでしょうね。さて、食事にでも行きましょうか」
ルピンは微笑んだ。