フェーザ連邦の衰退
ルピンとグリフィードはフェーザ連邦領内を徐々に南下しつつ、行商を行っていた。
季節は冬になっていた。
シャマタルに比べるとフェーザ連邦は温暖であるが、さすがに防寒対策はしなければならなかった。
それでもフェーザ連邦は雪が殆ど降らないだけ、旅はやりやすかった。
二人は進路を首都のスキーザへとっていた。
「順調だな。このまま行商人になった方がいいんじゃないのか?」
ルピンはここまで細かい売買で確実に資金を増やしていた。
グリフィードは少し前に立ち寄った町の名産品の蜂蜜酒を飲んでいた。
「グリフィード、それ、売り物ですよね?」
ルピンは低い声で言う。
「まぁ、気にするな。一本くらい」
「仕入れた数とかなり誤差が出ていますよ。消えた蜂蜜酒代は、あなたの取り分からきっちり引きますからね!」
「おう、そうしてくれ。どうせ、金はお前が管理しているんだろ」
「まったく…………さて、着きましたよ」
フェーザ連邦首都スキーザの城壁が見えてきた。
ルピンは城門まで進むと中へ入る手続きをする。
「なんだか活気がありませんね」
「あの敗戦が響いているんだろう。シャマタルにも言えることだが、国が回っていないんだ。内政に力を入れようにも、どこから手を付ければいいかわからないほどボロボロだ」
フェーザ連邦は大陸で最も歴史が浅い大国である。それは言い換えれば、最も若い大国だった。建国時はイムレッヤ帝国とベルガン大王国に連戦連勝し、その版図を一気に伸ばした。一時は大陸最大勢力となり、覇者となりえるだけの国であった。
しかし、建国の英雄『ルカッセ・ハンディル』がこの世を去ると勢いは下降する。
そして、約半世紀前、後に『帝国の双璧』と呼ばれることになる若き将軍、『アレクビュー・ネジエニグ』と『シュナイ・エルメック』に敗北したことで大陸制覇の夢は完全に断たれた。
それでもなお、大陸の二強であったが、六年前、イムニアにテェアト平原会戦で大敗北をしたことでフェーザ連邦は回復不可能な壊滅的打撃を受けた。
「泡が弾けたのですね」
「泡?」
「そうです。フェーザ連邦は元々、イムレッヤ帝国・ベルガン大王国の属国が反乱を起こしたことが始まりでした。反乱した属国の多くは、両国に武力制圧されて、理不尽な要求に百年、二百年と耐えていた国々です。平等と自由を掲げて、反旗を掲げた国々の熱は凄まじかったのでしょう。そして、純粋だった。国のために戦った。シャマタルのように。ただし、シャマタル独立同盟と違ったのは、フェーザ連邦が人種・思想の点でバラバラだったところです。イムレッヤ帝国とベルガン大帝国という脅威に立ち向かうのには、一丸となれました。しかし、その後はどうでしょう。フェーザ連邦が強国となった時点で、目的が無くなってしまいました。そうなると今度は内部で主導権争いが始まります。国力を示すために連邦の各国は勝手に戦争を始めました。そんな足並みが揃わない軍事行動が成功するはずがありません。フェーザ連邦は強国になった時点で、不思議なことに崩壊が始まったのですよ」
「栄枯必衰か。イムレッヤ帝国の貴族制、ベルガン大王国の中央集権、リテリューン皇国の歴史、ローエス神国の宗教。長く続く国家には、それなりに土台があるか。それが良いか、悪いかは別だがな」
「私もあなたもそれに振り回されていますからね」
「俺は自由さ。全てを捨てたからな。そして、何も残さない。それが俺の一族に対する当てつけさ」
ルピンは、グリフィードの行動こそが、境遇に振り回された結果なのではないかと思ってしまう。グリフィードは自由と言うが、どうだろう、と。
「だが、そう考えるとイムレッヤ帝国も崩壊に向かっているのか?」
イムレッヤ帝国の内乱はイムニアが勝つとルピンは予想していた。
「どうでしょうね。イムレッヤ帝国に関しては先が読めません。フォデュース候が勝ったとしても負けたしても、どちらにせよ、シャマタルも無関係ではいられないでしょう」
「それは出来る限り先がいいな。俺たちの旅が中途半端で終わるのは勘弁してほしい」
「まったくですね。さてと買う物を買って、今度はベルガン大王国へ向かいますか」
「何を買うんだ?」
「イネですよ。フェーザ連邦は広大で豊かな土地が多いですから。で、それをベルガン大王国で売ります」
ベルガン大王国の国土は全体的に痩せている。その為、イネは高値で売れる。
「なんだ、定石通りの売買じゃないか」
「手堅いことの何が悪いんですか?」
「冒険をしたネジエニグ嬢と手堅くいったお前」
「え~~っと、こういう確かリョウさんの世界の言葉で………………ぶっ殺す、でしたっけ!」
ルピンは半泣きだった。
「おいおい、冷静沈着な獅子の団の情報参謀はどこに行ったんだ?」
グリフィードは笑った。
「うるさいですよ! 今はあなたしかいないでしょうが! 役割も何もあったもんじゃありませんよ!」
ルピンは年長者として、そして、反立の意見を出す者としての役割をしていた。今はその役目がないので、気が緩んでいた。
グリフィードは、ルピンが少しだけ昔に戻った感じがしたので面白くなって、からかう。
「まったく過去を知られているというのは、悪いことばかりですよ。こんな小僧に」
「おっ、お前に小僧って言われたのは久しぶりだな」
「それはそうでしょ。団長様にそんなこと言えませんでしたから。これでも私はあなたを立てていたんですよ」
「それは感謝している。まぁ、その恩はこの旅で返すさ」
「本当にその気はあるんですよね? 一応、頼りにはしていますよ」
二人は仕入れを終えて、ベルガン大王国へ進路を取る。
二人の旅は緩やかだったが、大陸ではベルガン大王国とリテリューン皇国の停戦、そして、イムレッヤ帝国内乱の本格化、大陸は大きく動こうとしていた。