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大陸戦乱末の英雄伝説  作者: 楊泰隆Jr.
雌伏編
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大事の前の小事③

 この一帯を再開発する。

 役人が来て宣言した、とギールの妹は言った。

「リョウさん、さっきの話のことは理解したつもりです。私の言動と行動は多くの人間に影響を与えると分かっています。ですけど…………やっぱり、目の前の人を助けたいと思うのはいけないことでしょうか?」

 リョウにはクラナが何をしようとしているか分かっていた。

「君の好きなようにすればいいと思うよ。たぶん無駄にはならない。もし、君が間違えば止める。君が正しければ、味方になる。それが僕の役目だと思っているよ」

「ありがとうございます。ギール君、ちょっと行ってきますね。この場所が守れるかは分かりませんけど、やれるだけやってみます」

 クラナが外へ出る。リョウも続いた。

 役人がいる場所はすぐに分かった。

 役人と数名の兵士がこの一帯の住人に囲まれていた。

 もっと怒声が飛び交っていると思ったが、予想より静かだった。

「すいません、通してください!」

 だから、クラナの声は良く通った。

「誰だ、あの女は?」

 住人からそんな言葉が聞こえてくる。

 クラナのことを知っている役人と兵士は仰天した。

「ネジエニグ様!?」

 兵士の一人が口にした。

「まさか、救国の英雄か?」

「あんな娘が?」

「馬鹿、聞こえたらどうするんだ」

 住人たちはひそひそと会話を始めた。

 クラナはそれには付き合わず、

「道を開けてくれますか?」

と言った。

 住人たちは目の前の女性の正体を知ると道を開けた。

「このようなところで会うとは思いませんでした。ネジエニグ司令官」

 男は頭を下げる。

 男の名前は、ルイワーン。レベツーアンの右腕で、良識人である。クラナも何度かあったことがある。

「ルイワーンさん、この一帯を取り潰すというのは本当ですか!?」

 クラナは迫った。

「はい、ある方の許可が下りれば、できるようになると思います。駄鉄の生産で資金に余裕ができました。なので、要塞内の環境向上に取り組みことが決定しました。この一帯は危ない。建物の老朽化が進んでいます」

「でも、ここには住んでいる人たちがいます。この人たちの生活はどうなるのですか?」

「おっしゃっている意味が分かりません」

「意味が分からない? あなたは良識ある人だと思っていました。結局は下の人間など、どうでも良いと言うことですか!?」

「ネジエニグ司令官、少し落ち着いてください。あなたは勘違いしているように思えます」

「勘違い?」

「この一帯を再開発します。そして、新たな住居を作り、貧困に苦しむ階層の人々にはそこへ入っていただきます」

「えっ!?」

「駄鉄を使った、確か『鉄骨』というのでしたっけ? それを使った新しい形の建物です。提案したのは、リョウ殿ですが…………」

「リョウさん!?」

 クラナはリョウを見た。

「ルイワーンさん、僕が関わったことは内密にしてくださいと言ったはずですよ」

「そういえば、そうでしたね。ですが、公になると何か問題でも?」

「なんだか仕事が増えそうですし、それに…………」

「リョウさん、なんで言ってくれなかったんですか!?」

「ほら、僕が怒られるんです」

 リョウは苦笑いを浮かべる。

「リョウさんは知っていたんですね。ならどうして、言ってくれなかったんですか?」

「それは僕の提案がいつも通っているとは限らないからだよ。僕は自分の知識から有効そうなことを提案する。でも、専門の人からすれば、外れたことかもしれない。時期を間違っているかもしれない。だから、主導権、それと実行の時期はその専門家に任せているんだよ。最初の一歩の提案はするけど、その後は僕より上手くやれる人がいるからね。駄鉄のことだって、こんなに早く生産が向上するとは思っていなかった。自由にやってもらったから、あれだけの成果が出たんだと思うよ」

 クラナは黙った。納得することにした。

「すいませんが、話を元に戻してもよろしいですか?」

 間を少し開けて、ルイワーンが口を開く。

「レベツーアンは民衆の生活向上を考えています。悪いようにはしませんから、どうか私たちを信用していただけないでしょうか?」 

 ルイワーンは頭を下げた。

 二倍以上の年齢差をあるルイワーンに頭を下げられて、クラナは引きそうになった。

「一つ、確認したいことがあります」

 しかし、クラナは退かなかった。

「新しい居住区ができるまで、ここの方々はどこに住むでもらうのですか?」

 クラナはそれが心配だった。

「それに関しては、最終的にあなたの許可が必要になると思います」

「私、ですか?」

「大変、言いにくいことですが、ファイーズ要塞には空虚になっている居住が多く存在します」

「あっ…………」

 ファイーズ要塞の兵力は、去年の戦争以前の十分の一まで減少している。当然、兵舎にも多くの空き部屋が存在した。

「ですので、ネジエニグ司令官の許可がなければ、再開発は行えません。ここの民衆の安全を保障できなくなってしまいますので」

 ルイワーンの言った「ある方」というのはクラナのことだった。

 クラナは民衆に向き直る。

「皆さん、住み慣れた場所を取り潰されるのは心苦しいと思います。ですが、生活は間違いなく向上します。ですから、今は耐えてくれませんか?」

 クラナは頭を下げた。

 民衆からは怒声も、納得の言葉もなかった。

「「「あはははははは!」」

 笑い声だった。

「なんだ、司令官ってもっと怖い人かと思ってたが、面白い娘さんだ!」

「えっ?」

「一人で突っ走って、一生懸命なのは分かったぜ!」

「ええっ!?」

 クラナには訳が分からなかった。

「ネジエニグ司令官、申し上げにくいのですが、皆さんにはすでに納得していただいています」

 ルイワーンが言う。

「えええっ!!?」

「まだ色々と誤解しているみたいですが、私がここに来たのは今日が初めてではないのです。何度も足運んで、徐々にですが納得していただきました」

「え~~~~!!??」

「ちなみにですが、ここに建物を作るのに、人員が必要ですからここの方々を雇うつもりです。そうすれば、金銭が回るでしょうし、市場で横行している窃盗なども減少する気がします。理由までは分からない、いうことにしますが」

 何人かがルイワーンから目を背けた。いつの間か来ていたギールもその一人だった。

「ルイワーンさん、ありがとうございます」

 リョウが言う。

「いえいえ、私たちは職務を行っているだけです。今まで財政難を理由に民衆の生活向上を放棄しておりました。リョウ殿が軍備の増強ではなく、産業の発展に目を向けたことを感謝しています。我々はそれに答えなければなりません」

「僕にできるのは提案だけです。実行できるだけの、技能はありませんでした。僕の方こそ、根拠のない僕の提案に付き合ってくれた役人と職人の方々に感謝しなければなりません」

「あの、もしかして、この状況を理解していなかったのって、私だけですか?」

「そうだね」

 リョウは答える。民衆は笑っていた。

「私ってかなり面白いことになってます?」

 クラナは顔を真っ赤にした。

「そ、そんなことないよ…………君は頑張っているよ…………」

「そんな笑いをこらえながら言わないでくれますか!?」

「まぁまぁ、正直なところ、ネジエニグ司令官にここに来ていただいて、よかったと思います。何しろ、この要塞、いえ、シャマタル独立同盟の英雄がどのような人物かを知っていただきたかったですから。皆さんの目にはシャマタルの英雄がどのように見えましたか?」

 ルイワーンが問いかける。

 皆が沈黙していると

「ちょっと変わった、頑張っている姉ちゃん!」

 ギールが叫んだ。

 民衆が笑う。

「ああ、確かにそうだ」

「ちょっと抜けてるところがあるな」

「不器用そう」

「悪い人じゃないな」

 そんな言葉が続いた。

「よかった。よかった。実は一時的に兵舎へ移っていただく可能性について説明した時に、ネジエニグ司令官がどういう人なのかと、少しだけ不安がられたのですよ」

 ルイワーンが言った。

「ううぅ…………分かりました。意味があったと思うことにします」

 クラナに対して、恐怖や距離を感じる民衆はいなくなっていた。…………そして、威厳を感じる民衆もいなくなっていた。


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