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大陸戦乱末の英雄伝説  作者: 楊泰隆Jr.
際会編
6/184

ファイーズ要塞攻防戦

 ガリッター軍団の強行は失敗した。

 これを見てエルメックは作戦の修正を行う。

「西にはフェルター殿、北にはガリッター殿が布陣せよ。ワシは南と東に兵を分散配置する」

「それではエルメック様の包囲箇所が手薄ではありませんか? 敵が総帥たるエルメック様を狙い、攻勢に出る危険性があります」

 ガリッターが指摘した。

「その時は手薄になった要塞をおぬしたちで攻め立てよ。まぁ、そうはならんだろうがな」

「エルメック様はこの後の展開をどう予想しますか?」

「シャマタルの戦い方は変わったが、それは戦術の話じゃ。戦略は今までと変わりはせん。ファイーズ要塞で敵を食い止め、冬を待つ。じゃから、あまり積極的には攻勢に出てこん。もし、こちらから仕掛けなければ、戦闘は起きずに全てが終わるやもしれん」

「なんですと!?」

 フェルターが声を上げた。

「俺…………私は戦うためにここへ来たつもりです!」

「そう言うと思ったわい。それにイムニアが要塞を包囲するためだけにおぬしらをここへ送ったとは思えん。攻城戦は行う。安心せい。しかし、しばらくは大きな戦闘を避けよ。攻城戦は行うが、兵を無駄に死なせることは絶対にならん」

 エルメックは二人の将軍に厳命した。

 攻勢を得意とする二人はその命令を守り、積極的な攻勢には出ずに数日を過ごす。

 リョウはこの展開も予想していた。

「力攻めの次は小技を使って来たのか…………さすがにエルメックは戦いの幅が広いね」

「恐らく、いや間違いなくこちらの疲労を狙っていますね」

 ルピンが指摘する。

「だろうね。だけど、力攻めを続けられなかったことはありがたいよ。こうやって、日を稼げるからね。ルピン、街の技師に頼んだ『あれ』はどれくらい出来たかな?」

「百ほどでしょうか。生産に慣れて来たので、効率は上がるとは思いますが」

「イムレッヤ帝国の大規模な攻勢の前に三百は揃えたいなぁ」

 それからさらに数日、シャマタル独立同盟軍とイムレッヤ帝国軍の間に小競り合いが続く。

「もう良いかの」

 ある日の晩、エルメックは呟いた。

 そして、次の日、イムレッヤ帝国軍は要塞へ攻勢に出た。

 フェルターはネトシナ川の浅瀬からファイーズ要塞へ迫った。リョウはこの事態を予想し、進撃経路には予め兵力を配置していた。フェルター軍団の進撃は停止する。

 フェルターが動いたと同時にファイーズ要塞の他三方向からもエルメック・ガリッターの両軍が攻め込む。四方からの同時攻撃はエルメックの手腕が成せるもので見事であった。

 しかし、リョウの行った兵力配置も見事であった。

 戦闘は夕暮れまで続いたが、ファイーズ要塞に陥落の兆しは無く、イムレッヤ帝国軍の攻勢は失敗に終わった。

「要塞の有利が働いたわね」

 ユリアーナは嬉々として言ったが、リョウは深刻な表情を浮かべた。

「ルピン、各戦闘箇所の被害は分かるかな?」

「それなら先ほどもう報告が済んだはずですが? 軽傷者のみです」

「いいや、敵の被害だよ」

「敵もほとんど被害はありませんでしたよ。何しろ、こちらが迎撃すれば、退きましたから。揺さぶっていたのではないのですか? そして、隙が生じれば攻め込むつもりが、その機会が無く退却した。そう考えるのが、自然では?」

「なるほど。君までそう思うと言うことは他の兵士たちも同じことを思って、勝ったと思っているね」

「違うと言うのですか?」

「もし僕ならこの好機を逃さないね。だって、戦勝に沸いて、気が緩んでいるから。僕らはこの数日間焦らされた。そして、勝った。気が緩むのは必然だ」

「リョウ殿の意見は正しいだろう」

 フィラックが割って入った。

「エルメック様は無理をしない方だ。いや、無理をせずとも勝ってしまう方だ。いつの間にか勝ってしまう。後から見れば、相手は術中に嵌まった、と言うしか無い。今回の件もリョウ殿が指摘しなければ、我々はいつの間にか負けていたかもしれん」

「分かりました。なら夜襲を警戒しましょう」

 ルピンは結論を出す。

「いいや、それは無意味かもしれない。戦勝で緩んだ気持ちはどうしても立て直せない」

「ではどうしますか?」

「逆に考えようか。超過勤務は僕の主義に反するんだけどなぁ…………ルピン、敵の補給庫の場所は分かっているかい?」

 ルピンは「もちろん」と答える。

「僕らの方から仕掛けるよ。狙いは敵の補給庫とエルメックの本陣だ」

「夜襲ですか?」

「エルメックも同じことを考えているだろうからね。そして、相手は僕らが要塞に籠もって出撃してこないと思っている。そこに隙が生まれるさ。数はいらない。白獅子隊、それからアーサーンさんは千の精鋭と共に出撃、フィラックさんは要塞防衛。目的は敵を引っかき回して、攻勢に出させないこと。敵の兵糧は勿体ないけど、燃やしてしまおうか。三万の兵、食料が無くなれば、退却するかもしれない」

 各自がリョウの立てた作戦のために準備に取りかかる。

 リョウは昼間の戦闘からの連戦で兵の疲労を心配したが、それは無用のものだった。

 出撃を聞いた兵士たちは皆、気持ちを高揚させた。街道では連戦連勝だった。それなのにしばらくの間、たいした戦闘が無い。誰もが出撃を待ち望んでいたのだ。

「僕と兵士のみんなでは温度差があるけど、この際、結果だけ見ようか。過程や理由にまで拘る余裕はないからね」

 リョウはそう漏らした。

「あ、あの、リョウさん!」

「なんだい、クラナ?」

「わ、私も出撃してよろしいですか? いえ、出撃させてください!」

「駄目」

 クラナの渾身の懇願を、リョウは即答で拒否した。

「いいかい、クラナ。君は司令官なんだ。君に何かあれば、軍が瓦解するんだよ」

「でも、私だけ見ているなんて、みんな戦っているのに…………」

「今の君に出来ることは兵士を励ますことだよ。そうだね。君に頼みをしようか」

「はい、何でも言ってください!」

「君も懲りないね。その言葉で今の状況まで来てしまったのに。出撃の前にみんなの手を取って、励ましの言葉を言ってほしいんだ」

「それだけですか?」

「それだけだよ。それだけで、兵士たちは夜の暗闇の恐怖を忘れられる。もう君の言葉にはそれだけの力があるんだ」

 リョウの言ったことは当たっていた。出撃の前、クラナが手を取り「お願いします」と言うだけで、兵士は喜んだ。泣いた者さえいる。

「言葉というのは内容より、誰が言ったのかが重要なのかもしれませんね」

 ルピンが呟いた。


 その日夜、イムレッヤ帝国軍エルメック本陣。 

 リョウの予想取り、エルメックは夜襲の準備をしていた。

 急に騒がしくなった。

「どうした? どこかの隊が先走ったか?」

 エルメックは、異変に気付く。

「一大事でございます!」

「何事じゃ?」

「や、夜襲です! 補給庫の被害は甚大!」

「して敵は?」

 エルメックに慌てた様子はない。

「既に逃走! 幸いこちらも夜襲の準備が出来ております。敵を追撃し、要塞へ肉薄しましょう!」

「不要じゃ。敵が逃げたのなら深追いするでない。夜襲は中止、ガリッターとフェルターにもそう伝えよ」

「ですがこのままやられっぱなしでは……」

 エルメックは鋭い眼光で睨む。若い兵士は膠着した。

「敵に地の利があり、しかも先手を取られた。追撃していくようなら、物資の次は人の命を失うことになるぞ。老い先短いこの年寄りより先に死ぬ者をなるべく減らしたい。よいな、追撃をせぬよう徹底させよ。フェルターとガリッターにも連絡するのじゃ」

「御意にございます」

「籠城すれど士気は落ちず、戦勝すれど油断せず、受けに回ったかと思えば、先手を取る。一連の指揮はアレクビューの孫か、それとも別の誰かか。どちらにせよ、見事な采配よ」

 エルメックは笑った。

 夜戦での死傷者はごく少数。ただし、イムレッヤ帝国軍は多くの物資を失った。

 イムレッヤ帝国軍の夜襲は出鼻を挫かれ、実行前に失敗した。



「リョウさん、起きてくださいよ~」

「ルピンの声だ。二度寝しよう……」

 ポカッ、と大して痛くない打撃が、リョウを襲う。

「起きなさい」

「……ルピン、僕が国王になったら二度寝を義務にしてみせるよ。そして二度寝を妨げる者は粛正だ」

 リョウは、八割眠ったままでぼやいた。

「はいはい、早く起きてください。ネジエニグ嬢がお呼びですよ」

「クラナが!? もしかして敵襲?」

「……………………ネジエニグ嬢の名前を聞いた瞬間、覚醒ですか。まったく……………………敵襲ではありません。まぁ、行けば分かるでしょう」

 ああ、とリョウは気の抜けた返事をした。

 昨日の夜襲は成功した。敵の物資にかなりの損害を与えた。

 しかし、それだけだった。追撃はなかった。追ってきた敵に対する迎撃を用意していたが、空振りしてしまった。

「リョウさん、顔くらい洗ったらどうですか。ネジエニグ嬢に嫌われますよ」

 リョウは顔を洗い、クラナのもとに向かった。

「おはよう、クラナ。昨日、というか今日の朝までお疲れ様。大丈夫かい?」

 クラナの目元にはクマができていた。昨晩から明朝にかけて、夜襲から帰って来た兵士に労いの言葉をかけて回った。

「疲れはありますが、大丈夫です。だって、兵士の方々はもっと大変な思いをしたのですから」

「クラナ、その兵士を気遣う気持ちを忘れてはいけないよ。兵士の信頼が無ければ、どんな名将も戦うことすら出来ないのだから」

 はい、とクラナは答える。

「ところで今日はどうしたんだい?」

「お祖父様、それからフェロー伯父様から書状が届きました。私は正式にファイーズ要塞の司令官に任じられました」

「フェロー伯父様?」

「えっと、リョウさんには元首と言った方が分かりやすいでしょうか?」

「ああ、あの時の…………元首と総帥から任じられたなら、文句の付けようが無いね。まぁ、もう君は実力で地位を確立したけど」

「私の実力ではありません。みんなの力です。私は何も出来ません」

 クラナは首を大きく横に振った。

「一組織の頂点がその言葉を言えるのは、とても凄いことなんだよ」

「そうなのでしょうか?」

「まぁ、何はともあれ良かったよ。おめでとう、で良いか分からないけど、言わせてくれるかな?」

 はい、とクラナは答える。少しだけ顔が赤くなった。

「でもどうして僕にだけ先に教えてくれたんだい? 今日も軍議があるから、その時で良い気がするけど?」

「えっと、リョウさんには早く伝えたかったのです」

「どうして?」

「えっと、その…………あ、そうだ! そうです! 今の地位はリョウさんあってのものですから、早く伝えたかったのです!」

 クラナは適当な理由をでっち上げた。顔はさらに赤くなっていた。



 少し前の出来事。首都、ハイネ・アーレ。

「総帥、ファイーズ要塞から報告です」

 ファイーズ要塞からの報告を要約すると「連戦連勝、敵悉く撃退する」というものだった。

「失礼ながら、クラナ様がアーサーンの裏切りの混乱を収拾したばかりでなく、大軍のイムレッヤ帝国軍を撃退するとは。さすが総帥の血を引いているということですな!」

 近衛隊長のカーゼが賞賛する。

「いいや、できすぎじゃ」

 アレクビューは冷静だった。自分の孫娘が無能だとは思えない。それでも、もたらせる戦果は度を超えていた。フィラックがいるとしても、ここまで奮戦の理由には不足だ。

 ファイーズ要塞の予想以上の奮戦。アレクビューだけは、理由を知っていた。クラナは公に公開する文の他に、アレクビュー個人に対し、密通を送っていた。内容はクラナ自身の功績とされている多くが、リョウによるものだと告白したものだ。

 他者が立てた手柄。それを理由はどうであれ、自分のものにしたクラナには後ろめたい気持ちがあった。 せめて祖父にだけは真実を知ってほしい、という思いからの行動だった。

「アーサーンの件は不問にしてほしい、とありますね」

 元首フェロー・アーレが言う。

「裏切りまでの経緯の詳細を見るに、私はクラナやフィラック殿の希望通りにするつもりだがどうだろうか?」

「ワシからも頼む。それに今、有能な指揮官を処断するなど論外じゃ」

 アレクビューも賛成した。

 アーサーンの件は不問、それで決着する。

「では、最後にファイーズ要塞の司令官の件ですが、代理ではなく、クラナを正式な司令官に任命する方向で良いでしょうか?」

 この件に関しては良いというより、そうするしか無かった。すでにハイネは兵士から慕われている。ここで別の司令官を立てることは無用な混乱を招きかねない。敵の大軍と対峙した状態で、それをするのは危険が大きすぎた。

「経緯はともかく、孫娘が司令官とはな」

 アレクビューは笑った。

 その笑いは半分うれしさ、半分情けなさが含まれていた。本来なら、ファイーズ要塞には自分が行かねばならない。それが出来ないことが情けなかった。



「暑くなったね」

 リョウが言う。

「もう夏ですから」

 ルピンが返す。

「やっと半分って所かな? このまま終わってくれれば良いけど…………」

「やはりザーンラープ街道が気掛かりですか?」

「うん。そもそもこのファイーズ要塞を攻め落とすのに三万の兵力では少なすぎる。過去のイムレッヤ帝国軍は今回の倍以上の兵力を使って、シャマタルへ侵攻してきたんだから」

 三万程度の兵力では、ファイーズ要塞を攻め落とすのは困難である。

 リョウはイムレッヤ帝国軍の援軍、もっと言うならイムニアの本隊が来襲することを予想していた。

「イムニア、あの戦争の天才はどこで何をしているのかな? いっそ、このファイーズ要塞に現れた方が気が楽に思えてきたよ」

「まったく、イムニアさんが来ても来なくっても愚痴を言うのですね」

 散発的なイムレッヤ帝国軍との小競り合いはあるが、それ以上の動きは無い。

 それが気に食わなかった者がいた。フェルターである。

「ガリッター将軍はいるか?」

 フェルターは自ら、ガリッターの本陣を訪ねた。

「どうした?」

 ガリッターは武器の手入れをしていた。

「手入れをしても、今のままでは使う機会など無いだろう? イムレッヤ帝国最強の武人が戦場で武器の手入れに精を出すとは面白い光景だ」

「お前は我が輩と口喧嘩に来たのか?」

「違う。ガリッター殿、俺の軍団と貴殿の矛、使う機会を作りたいとは思わないか?」

「我が輩たちは持ち場を守るべきではないか?」

「もちろん勝手に動こうなどとは思わん」

「我らの役割は陽動。エルメック様が承諾するとは思えん」

「駄目で元々。このまま全てが終わるまで何もしないのは耐えられん」

「貴殿らしい物言いだな」

 ガリッターは矛をおいた。

「して、何か策はあるのか、フェルター殿?」

「それをエルメック様へ話しに行くのだ。一緒に来てはくれないか?」

「良いだろう。我が輩としても戦いは望むところだ」



 フェルターとガリッターはエルメックを訪ねた。

「どうしたのじゃ?」

「エルメック様に総攻撃の提案へ参りました」

 フェルターが言う。

「総攻撃とは?」

「はい、ここまま要塞を包囲しているだけでは敵も不審に思いましょう。こちらに要塞を落とす気があるように思わせる必要があると考えております」

「建前はそれくらいで良い。ようは戦いたいのじゃろ。だが、無策に力攻めをすることは許さん。策があるなら申してみよ」

「まずは我が軍団がネトシナ川を渡ります」

 フェルターはこれまでの戦いで、ネトシナ川には何カ所かの浅瀬があることを把握していた。

「六カ所から同時に攻め込み。敵の注意を我らに向けます。それを合図にエルメック様は正面から攻撃する動きをして頂きたい。西と北東に奴らの意識が集中したところを、ガリッター軍団が南から攻め立てます」

「悪くは無いが、それで敵が、ファイーズ要塞が落ちるとは思えん」

「はい。ですから、最後は我が軍団がネトシナ川の最も流れの厳しいところから攻め上がり、門を打ち破りましょう。敵もまさか。ここから我らが来るとは思わんでしょう」

「川を渡れるのか?」

「可能、と思い作戦を提出しました」

「お主らしい、力攻めじゃな」

「承認してくださりませんか?」

 作戦の棄却をフェルターは半ば予想していた。

「許可をしよう」

 しかし、その予想は裏切られる。

「感謝いたします!」

 フェルターは嬉しさで震える。

「ですが、よろしいのですか? 我々だけでそのような大規模な作戦を実行しても?」

 ガリッターは慎重論を唱える。彼がフェルターと異なる点はここだろう。

 フェルターは「動」、ガリッターは「静」。同じ攻勢を得意とする将軍だが、色が違う。

「確かに一度くらいは総攻撃をせんと敵も不審に思うじゃろ。二度目は無いがな」

 エルメックは含み笑いをした。

 翌日、ファイーズ要塞最大の戦闘が開始される。



「敵襲、敵襲! イムレッヤ帝国軍は総攻撃の模様!」

 イムレッヤ帝国軍、フェルター軍団がネトシナ川を渡り始めた。

 同時にエルメック軍団も動き始める。

「六カ所か…………これは大変だ」

「リョウさん、呑気なこと言ってないでください。どのようにして対処しますか?」

 クラナが僕に尋ねる。

「浅瀬を渡ってくるとはいえ、進撃速度は遅い。弓隊を回して、足止めをするんだ。恐らく、ガリッター軍団も動くだろうから、アーサーンさんの連隊は南に布陣、他の残存兵力と白獅子隊はエルメックの迎撃を」

「それだけで、エルメック将軍を止められますか?」

「難しいだろうね。だから、あれを使うよ。数はどれくらいあるんだっけ」

「三〇〇ほどでしょうか」

「今はそれで満足するしか無いね」

 エルメック軍団は要塞の東と北に布陣していた。フェルターの作戦では、エルメックに積極的な行動を求めていなかった。

「要塞を落とせなかったときにワシが怠惰だったからと言われても敵わんからな」

 フェルターの思惑とは違い、エルメック軍団は怒濤の勢いで要塞に肉薄した。ファイーズ要塞軍は四方に兵力を分散しているため、エルメック軍団に対して、十分と言える兵力を避けなかった。エルメック軍団はこのまま門を打ち破り、要塞内へ殺到するかに見えた。

 しかし、それを阻止するために白獅子隊が出撃する。白獅子隊は門に殺到していたイムレッヤ帝国兵を押し戻した。そして、門が開き、フィラックが出撃する。

「ほう、打って出るのか。勝算はあるのかの」

 それは想定外の行動だった。

 そして、門から出てきたファイーズ要塞の兵士たちは、イムレッヤ帝国兵が見たことも無い武器を持っていた。

「構え!」

 フィラックが声を張る。

 イムレッヤ帝国軍には何が起こるか分からなかった。

「打て!!」

 鉄の矢が通常の矢よりも遙かに早い速度で飛んだ。

 イムレッヤ帝国兵の鎧を易々と破った。

「第二射用意! …………打て!!」

 この二撃目で、エルメック軍団はさらに混乱する。

「よし、突撃だ!」

 グリフィードはそう言って、一気で駆け出した。

「ちょっと、部隊長が先頭に立つんじゃ無いわよ!」

 ユリアーナが一歩遅れて、グリフィードに続く。それを見て、白獅子隊の他の兵士も続いた。

「して、やられてたの。一度退き、態勢を立て直すのじゃ」

 エルメック軍団は退却した。

「スゴいです。リョウさんの発案した弩という武器の威力は絶大でしたね」

 クラナが言う。

「僕じゃ無くて、僕のいた世界の武器だけどね」

「これがもっと大量に生産されれば、戦いが楽になりますね」

「クラナ、武器を過信してはいけないよ。戦をするのは人間なのだからね。ルピン、南の方はどうなっているかな?」

「アーサーンさんが奮戦していますね。突破される心配はありません」

「そうかい、これで一段落…………」

「一大事でございます!」

 急報が届く。

 一人の兵士が慌てて、報告に来た。

「フェルター軍団の別働隊に西の門を突破されました! 敵が要塞内へ侵入!」

 それを聞いたクラナや他の兵士たちは、驚く。

 しかし、リョウはそれほど驚きはしなかった。

「現在はどうなっているかな?」

「門の内側でフェルター軍団を防いでおります!」

「リョウさん、どうしましょうか!?」

 クラナが声を荒げる。

「部隊を退かせて、あの策でいくしか無いね」

「あの策」と言った手段をリョウはあまり使いたくなかった。

「思った通りだ。敵はエルメック様とガリッター様に対して兵を割きすぎた。このまま突破するぞ!」

 要塞内に侵入したフェルター軍団は、進撃する。

 しかし、その進撃は入り組んだ通路に阻まれた。

 どっちに行けば分からず、フェルター軍団は立ち往生する。

「様子がおかしいぞ!」

 イムレッヤ帝国兵が声を上げた。

 所々から火の手が上がっている。

「しまった! 計られた!!」

 火の勢いは一気に増す。これはリョウが事前に油や枯れ木などの熱材料を入り組んだ経路の所々に配置していたからである。フェルター軍団は火の海の中を逃げ惑う。

「本当はここまでやりたくなかったよ。街は燃えるし、大量の油を使うから費用が馬鹿にならない。もっと効率のいい方法はなかったかな。そうすれば…………」

 リョウはそこまで言うと言葉を止めた。人を殺すのに効率を考える自分が恐ろしくなったのだ。目前では、生きたまま焼かれている。兵士の悲鳴が響いていた。

 フェルター軍団は半数以上を失い、脱出する。

「おのれ! おのれ!!」

 攻撃部隊の失敗の報告を聞くと机をひっくり返し、怒り狂った。

 イムレッヤ帝国軍の総攻撃は失敗に終わった。特にフェルター軍団の被害は甚大だった。

「勝ったのですね…………」

 クラナは地面に座り込んだ。

「お疲れ様」と言い、リョウはクラナの肩を叩いた。

 クラナが戦後報告を受け終わると、辺りはすっかり暗くなっていた。

「今日はゆっくり休みなよ。たぶん大丈夫だけど、明日も同じように攻め立てられるかもしれないから」

「リョウさんは?」

「僕はお酒を飲みたいな。そういう気分だ」

「リョウさん、あ、あの、ご一緒してもよろしいですか!?」

「疲れてるんじゃないかい?」

「へ、平気です。それに私も少しだけお酒を飲みたいです!」

「そうかい、分かったよ。ルピンも来るよね?」

「折角ですが、私は遠慮しておきますよ。なんだか、最近、疲れが抜けないので早く休もうと思います」

「三十になると色々とガタが来るものなのかな?」

 リョウの言葉にルピンはムッとし、

「私は二十九です。それに疲れているのは連日の戦闘のせいですよ。兵糧や兵力が常に変動しているせいで再計算が大変ですから。休める時に休ませてください」

「そういうことなら仕方ないかな。クラナ、付き合ってくれるかな?」

「はい、喜んで!」

「ネジエニグ嬢、頑張ってくださいね。そして、気を付けて下さいね」

 ルピンは含みのある言い方をした。

 そして、ルピンはその場を立ち去った。


 同日、真夜中。

「そうか、二人で、な。男と女が一夜いれば、何があってもおかしくないな」

 疲れているので休む、と言ったルピンはその足でグリフィードを訪ねた。

「リョウさんにそんな度胸がありますか? その気があれば、私は何度だって襲われていますよ」

「襲われているじゃなか」

「あれは暴れているんですよ」

 グリフィードは杯を置いた。そして、ルピンを見据える。

「なぁ、お前はどうしたんだ。俺にはお前の行動方針がいまいち読めん」

「リョウさんに幸せになってほしいんです」

 ルピンは真っ直ぐな言葉を使った。

「私たちと居ては一生叶うことのないものです。シャマタルは厳しい状況ですが、今を乗り切れば、立て直す時間があります。その間は平和であるでしょう。それがいつまで続くかは分かりませんが、それでも平和に勝るものは無いと思います」

「それには同意だな。お前はそれでいいんだな」

「当然ですね」

「嘘だな」

 グリフィードは即座に否定した。

「良いんだったら、俺のところに来ないだろう。お前がここにいるのは、自分の黒い感情を抑える自信がないからだろ」

「グリフィード、お願いをしてもいいですか?」

「なんだ」

「私の気分を害することを言わないでください。私が酔い潰れるまで私の愚痴に付き合いなさい」

「ずいぶんと身勝手な頼みだな。なら酒が足りない。酒と何か喰い物を持ってくるか」

 グリフィードは笑って部屋を出ていった。



 次の日の朝、二日酔いのルピンはクラナを訪ねた。

「昨日はどうでしたか?」

「えっとその…………」

 クラナの眼元には隈、腕や首には歯跡や引っかき傷があった。

「明け方には落ち着きました。なので、そっと部屋を出てきました」

「そうですか。手当てをしないといけませんね」

 そう言って、ルピンは包帯と傷薬、消毒液を取り出した。

「それと今日の午前は体調不良ということにして、休んだ方がいいですね。そんな顔で公の場に出たら、みんなが不安がりますから」

「すいません。そうします」

 クラナは辛そうだったが、変わってほしい、とは言わなかった。ルピンは自分がどこかで、そのような言葉を期待していたのに気付いたが、押し殺す。



 同日、イムレッヤ帝国軍は軍議を行っていた。

「此度の失策の責任は全て私にあります」

 フェルターはエルメックの前で陳謝した。

「いかなる処分に処されようと恨みは致しません」

 フェルターは前日の作戦で自身の軍団の三割を消失した。

「作戦を許可したのはワシだ。全責任はワシにある」

「それでは納得がいきません! 私に責任を取らせてください」

「思い上がるなよ、小僧」

 エルメックの声は重かった。

「責任を取るなどと言えば、聞こえは良いが逃げたいだけでは無いか? もし、今回の件で思うところがあるのならば、この経験を生かしてみろ。それが死んだ兵士に出来る唯一の償いである。死のうなどとは思うでない!」

 その一言を聞くと、フェルターは泣き崩れた。

「重ねて厳命するぞ。自殺など決してするでないぞ」

「はい…………誓って今回の失態、武勲で晴らして見せましょう!」

「…………と、意気込むのは良いが、ワシらの役割はここで終わりのようじゃ」

 エルメックはイムニアからの書状を見せる。

「それではいよいよですか?」

 ガリッターが言う。

「うむ、ワシらの役割は終わったのじゃよ。後の展開のために今は兵を休めよ。一時、全戦闘を停止する」

 この日、イムレッヤ帝国軍はファイーズ要塞の包囲を解き、ファイーズ街道まで後退した。

 すぐにシャマタル独立同盟も、イムレッヤ帝国軍の後退を知ることになった。

 ファイーズ要塞全体が歓喜した。

「フィラックさん、アーサーンさん、兵士のみんなに敵が退いたと見せかけて、奇襲を仕掛けてくる可能性があることは教えておいてください」

 リョウは不安を感じていた。

 もちろん、前面の敵、エルメックたちも驚異である。

 しかし、本当の驚異は別にいる。

「イムニアはなぜ姿を現さない?」

 リョウの視線の先にシャマタル全体の地図があった。

「ザーンラープ街道…………」

 リョウはもう一つの街道の名前を呟いた。

 イムレッヤの総攻撃から三日。ファイーズ街道まで後退したイムレッヤ帝国軍に動きは無い。戦闘は行われていなかった。

 兵士たちは喜んだが、リョウの気分は晴れない。

 事態が急変したのは二日後だった。

 ルピンから知らせが入った。

「リョウさんの予想は当たりましたよ。最悪ですね」

 イムレッヤ帝国軍の本隊が、フェーザ連邦領を経由して、シャマタル独立同盟領に侵攻してきた。

「まったく悪い予感ばかり当たる気がするよ」

「リョウさんが楽観的な予想をしたところを見たことがありませんよ」

「そうかもね。で、クラナのじいさんにも知らせてあるのかい?」

「ええ、今頃対策を講じている頃でしょう。ですが……」

 ルピンの言いたいことを、リョウは安易に理解できた。

「リョ、リョウさん! イムレッヤがフェーザ連邦領を通過してシャマタルに侵攻したというのは本当ですか!」

 残念ながら、とリョウは肯定した。

「クラナ、みんなを集めてくれ。これからの方針を話したい」

 今日は寒かった。夏が終わりかけている。秋はすぐそこまで迫っていた。

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