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大陸戦乱末の英雄伝説  作者: 楊泰隆Jr.
雌伏編
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大事に前の小事①

 大陸全土が騒がしくなる中、未だにシャマタル独立同盟だけは動乱の外にいた。

 すでに季節は秋。冬も近づき、シャマタル独立同盟は寒い日が続いたが、この日は暖かい。

「クラナ、出かけないかい?」

 リョウが提案する。毎日忙しい二人にとって、久しぶりの休暇である。

 夜はフィラック家の食事に招かれている。

「いいですよ。どこに行きますか? 何か買いますか?」

「特に買う物とかはないかな。本当にただ、外を散歩したいだけだよ」

「ふふふ、珍しいですね。すぐに支度をします」

 クラナはフードを被る。

 特に行き場所を決めず、二人は市場へやってきた。

「活気が出てきたね」

 リョウは言う。

「駄鉄の生成でファイーズ要塞の経済破綻はどうにかなりそうかな。レベツーアンさんはとっても優秀だね。英雄が称賛される時代が終わって、レベツーアンさんのような人たちが評価される時代が来るといいな」

「それは乱世が終わるということですか?」

「イムニアにはそれができるかもしれない。だから、僕はイムニアに味方したんだよ」

 クラナにはリョウの言っていることが大き過ぎて分からない。

「おっと、今は息抜きをしているんだった。こんな話はやめようか」

 リョウはクラナが複雑な表情をしているのに気付く。

「大丈夫ですよ。リョウさんと話をしているのは楽しいですから。もし顔に何か出ていたとしてら、リョウさんの言葉の意味を考えていたからだと思います」

「そうかい。僕はどうも気を遣うのが苦手だから、何かあったら、直接言ってくれると助かるよ」

 リョウは申し訳なさそうに言う。

 二人は市場で少し高めの酒を買う。

 市場を後にして、二人はフィラックの家を目指す。

 市場の賑わいがなくなり、人通りが減っていく。

 だから、リョウは何者かからの視線に気付くことが出来た。

「…………ねぇ、クラナ、気付いてる?」

 リョウは振り向いた。

 とっさに隠れた影があった。

「尾行されているみたいだね。目的はなんだろ?」

 クラナはシャマタル独立同盟の英雄である。クラナに気付いただけの興味本位の尾行とも考えられるが、用心するべきである。

「あっ、それなら心配ないと思いますよ」

 しかし、クラナは言い切った。

「気付いていたのか。でも、いつから?」

「ずっと視線は感じていましたから。最初は警戒しましたけど、たぶん大丈夫だと思って、流していました。前のこともありますし、市場では騒ぎになると思って、何もしなかったのですが…………」

「前のこと? 尾行しているのは知り合いなの?」

「知り合いというか、その…………そろそろ、話を聞いてみましょうか。私も彼とは正面から向かい合うべきだと思っていたんです」

 クラナの表情には一瞬だけ緊張が浮かんだ。

「でも、このままだと逃げられるかもしれませんね。…………そうだ」

 クラナは笑って、リョウの手を握る。

「ちょっとクラナ!?」

 クラナは走り出した。

 そして、路地に入った。

「いきなりびっくりするじゃないか」

「ごめんなさい」

 クラナは笑う。

 リョウとクラナが入った路地にもう一人、入ってきた。

「あっ!」

 少年はしまった、という顔をする。

 その少年にリョウは見覚えがある。クラナに石を投げた少年だ。

「君はいつかの…………」

「………………」

 少年は逃げようとする。

「待って!」

 クラナは少年の腕を掴んだ。

「離せ、人殺し!」

 少年は叫んだ。

「離しません」

 クラナは静かに言う。

「私はあなたに言いたいことがあります。その袋に入っている物は何ですか? どうやって手に入れたものですか?」

 クラナは少年が握っていた袋に視線を移した。その袋だけが少年の持ち物から浮いていた。少年の持ち物でないと主張していた。

「まだ、そんなことをやっているのですか?」

「しょうがないだろ! 生きるためだ!」

 少年は吠える。怖いから吠えた。自己を正当化したいから吠えた。

「今、街は活気づき始めています。雇用も増やしています。あなたぐらいの子供にでもできる仕事だってありますよ」

「それは知ってるよ! でも、僕らのこの格好を見ろよ!」

 少年は服も、靴もボロボロだった。

「それなりの家の子供なら大丈夫だろうさ。けど、僕らみたいなのを雇ってくる奴なんていないよ!」

「そうですか…………僕たち、というからにはこのような生活をしているのはあなただけではないのですね?」

「………………」

「あなたの家に行ってもいいですか?」

「えっ?」

「あなたは私の知らないことを知っています。私は自分で知らないのに、偉そうなことを言いたくはありません。あなたのお父さんを還すことは出来ませんが、残っている人たちにできることがあれば、してあげたいのです。してあげたい、というのは自己過信ですね」

 クラナは微笑んだ。

「騙したら許さないからな」

「騙す?」

「僕はおま…………あなたに石をぶつけた。だから僕の家族を見せしめに殺す。偉い人はそういうことをするって聞いたことがあるぞ」

「確かに石はぶつけられましたけど、もう後も残っていませんし…………」

 クラナは困った顔をする。

「…………分かった。案内するよ」

「素直で助かります」

「どうせ逃げられなし、そろそろ腕、離してくれる? あなた、結構力強いから痛いよ」

「あっ、ごめんなさい」

「あなた、本当に英雄? 全然、凄そうに見えないんだけど…………」

「なんだか、そうなっちゃいましたけど、自分で英雄だなんて思ったことは一度もないですよ。そういえば、まだ、名前を聞いてませんでしたね」

「ギールだよ」

「ギール君でですね。私は…………」

「知っているよ。クラナ・ネジエニグ司令官でしょ」

「そう言われるとなんだか、すごい違和感があります」

 クラナは困った顔をする。

「なんだか調子狂うな」

 少年はそう言って、クラナへの警戒心を少しだけ解いた。


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