ルルハルト・ラングラム
ベルガン大王国とリテリューン皇国には大きな因縁があった。
大陸乱世の原因を作ったのはベルガン大王国であり、乱世前に大陸を統治していたのはリテリューン皇国だった。
約五百年前、属国であったベルカン大王国が蜂起した。
対して、リテリューン皇国は大軍を派遣したが、これをベルガン大帝国は完膚なきまでに叩き潰した。
リテリューン皇国は第二次、三次と大軍を派遣するが、ベルガン大王国の敗北を続けた。
それを見て、リテリューン皇国の国力が弱体化したと判断した大陸北部の貴族達は、門閥貴族連合を結成し、リテリューン皇国を大陸の中央から南部にまで追いやった。
この門閥貴族達が建国したのが、イムレッヤ帝国である。
動乱の隙に大陸教は街道の要所を押さえて、中立国『ローエス神国』を作った。
イムレッヤ帝国・ベルガン大王国・リテリューン皇国の三竦みの構図が完成し、お互いに牽制しあい、大小の戦争が続く乱世が幕開けした。
リテリューン皇国の皇族は、大陸の覇者から転落する原因を作ったベルガン大王国を恨み、戦いを続けていいる。
しかし、近年の戦況は良くなかった。
ベルガン大王国は『軍神』ナイル・ウィルバルドと『武神』オフレ・レンテングーンの二神将と、大陸最強の騎兵集団『黒色槍騎兵十師団』を有していた。二神将と機動戦術を中心に戦うベルガン大帝国にリテリューン皇国は連戦連敗、侵攻を受けていた。
その戦局を一転させたのが、ルルハルトだった。
ルルハルトはベルガンの二神将と黒色槍騎兵十師団を避けて、戦いを展開した。
転戦を繰り返し、ベルガン大王国軍を引っかき回した。
補給線を潰し、孤立した敵軍を各個撃破した。
ベルガン大帝国はついにリテリューン皇国侵攻を中止した。
ルルハルトはそのまま逆侵攻を開始する。遠征で疲労したベルガン大王国は、領土の約一割を失う損害を出した。戦いは以前優勢であったが、突然、リテリューン皇国側から停戦の申し出があった。
体勢を立て直したいベルガン大王国にとって、願ってもないことだった。
しかし、甘い話には当然、裏がある。
リテリューン皇国は、ベルガン大王国に対して大陸連合への参加を要請してきたのだ。
その使者にルルハルトが、ベルガン大王国を訪れた。
ルルハルトは会談の席でこう言った。
「強制は致しません。しかし、連合に参加しないとなれば、我々は帝国と大王国、どちらを標的にするか分かりませんが」
これは脅しだった。ベルガン大王国に選択権はなかった。
ベルガン大王国も大陸連合に参加し、対イムレッヤ帝国包囲網が完成した。
戦場だけで戦果を上げていれば、名将の枠を越えることはなかった。
ルルハルトが優れていたのは戦場だけではなかった。
政治的才能もあった。
ルルハルトは三十を前にして、皇国の総参謀長の地位に着いた。
「これほどの大連合を成立させたのは、ラングラム様あってことですね」
兵士の一人が、ルルハルトに言った。
「連合を成立させるだけなら、意味がない。この連合でイムレッヤ帝国を滅ぼせなければ、この大連合は意味を持たない」
ルルハルトは無感情に答える。
「なに、ラングラム様の知略とこの大兵力です。万が一にも負けはないでしょう」
ルルハルト自身、イムレッヤ帝国だけなら十分な勝算があった。誤算を生む可能性があるとすれば…………
「リョウ、あの男が介入してくるか」
「リョウ? 聞かぬ名前ですな。誰です?」
「去年のイムレッヤ帝国とシャマタル独立同盟で同盟軍を奇跡勝利に導いたのは、間違いなくリョウだ」
ルルハルトはずっと『獅子の団』とリョウの行方を追っていた。。観察していた。
「去年の戦争を勝利に導いたのは、北の英雄、アレクビュー・ネジエニグの孫娘クラナ・ネジエニグと言うことになっていますが?」
「あのような小娘にそんなことが出来るはずがない。獅子の団がシャマタル独立同盟に加担したなら、必ずあの男が何かしたはずだ。覚えておけ。もし私と知略で張り合えるとしたら、リョウだけだ。そして、戦場で私の理解以上のことを出来るのは獅子の団団長、グリフィードだけだ。しかし、獅子の団が、リョウがいようと私は勝つ。勝たねばならない」
ルルハルトが戦う理由を知る者はいない。
ルルハルトの心の闇をする者はほとんどいない。
孤高の天才、ルルハルト・ラングラムは己の野心を実現するために、今は戦場へ、最前線へ向かう。
「姉上、リナーナ、待っていろ、必ず救い出してみせる…………」
ルルハルトは一人の時、呟いた。
その時だけは瞳に、言葉に感情が表れる。
憎しみ、恨み、復讐という感情が。