内乱の終結
カンケーゲ平原、イムニア本陣。
「そうか、終わったか」
クシャレージ湿原でカタイン軍が勝利したこと、ラーズベックが死んだこと。
二つの報告が届いた。
イムニアが「終わった」と言ったのは、一つの戦闘の終わりのことでは無い。
この内乱自体の終わりを言っていた。
「どうする? 敵にもこの情報は流れているじゃろ? 一気に攻め込むかの?」
エルメックが言う。
「いや、逆だ。敵軍に降伏勧告を送る。カールメッツなら勝敗の決したこの内乱で、これ以上の血を流すような愚かな行為はしないだろう。この後のことも考えると帝国軍同士で戦い、被害を出すのはできる限り避けた。それに優秀な人材も欲しいところだが…………」
「恐らく、カールメッツはお主には、つかんじゃろうな。敗戦の将として責任を取る、それが奴の性格じゃ」
「そうか、それは残念だ」
イムニアは正直な感想を言う。
カンケーゲ平原、カールメック陣営。
クシャレージ湿原の結果は、カールメッツの元にも届いた。
「その報告に偽りは無いのか!?」
ヨトアムは声を荒げる。
「各方面、同様の報告が上がって来ております。疑いは無いかと」
兵士は報告を繰り返した。
「我々の負けだな。もう立て直すことは出来ん」
カールメッツは、静かに言う。始まる前から、予想はしていたことだった。
「まだです。我々がここで勝てば、まだ望みはあります! 攻勢をかけましょう。敵は浮かれ、油断しているはずです!」
ヨトアムは進言する。
「この局面で油断するほど、イムニア将軍もエルメック様も甘くは無い。多少の戦果は望めるかもしれんが、所詮は死に花を咲かせるだけ。そんなことに多くの兵士を巻き込むわけにはいかん。それにもう兵士たちは戦いを望まんだろう。盟主も、副盟主も失い、大義を無くした我らは言うなれば、賊軍。イムレッヤ帝国軍の今後のためにもこれ以上の戦いは無益だ」
「閣下…………」
「イムニア将軍に降伏を知らせる使者を送れ。将兵にもそれを伝えろ。イムニア将軍は優秀な男だ。無闇に処断したりはせんだろう」
「閣下はどうするのですか?」
「さぁな、………………少し時間を貰えないだろうか」
カールメッツは一人でテントの中に籠もる。
紙とペンを用意した。
遺書を書くためである。
三通書くつもりだった。
一つはイムニアへ。
一つはヨトアムへ。
そして、もう一つは家族へ。
二通目の手紙を書き終えた時だった。
「閣下、よろしいですか?」
ヨトアムが入ってきた。
「ラーズベック様からの使者が参りました」
「なんだと、亡くなったのでは無いのか!?」
「ここに書状があります」
ヨトアムは、カールメッツに手紙を差し出した。
カールメッツはそれを受け取ろうとする。
「閣下、申し訳ありません」
ヨトアムは、カールメッツが伸ばした手の、手首を握った。
そして、カールメッツの剣を奪う。
「お前らしくないな」
裏切った、とは思わなかった。
「閣下、死んではなりません」
「しかし、もう私に居場所は無い。武人として、潔い最期を迎えたいと思うのは当然では無いか?」
「確かにイムレッヤ帝国に、閣下の望むような居場所はないかもしれません。しかし、この大陸には、他に四つの大国があるではありませんか!?」
ヨトアムは必死に訴える。
「なるほど、亡命か…………しかし、私のような敗軍の将を受け入れる国があるか?」
「近年の大敗で、人材が枯渇している国があるではありませんか」
「フェーザ連邦か」
「はい、駄目で元々、イムニア将軍ともう一戦する機会を探しましょう!」
「正直、うまくいくとは思えん。しかし、お前の情熱は伝わってきた。この敗残の身、お前に預けよう」
「ありがとうございます!」
ヨトアムは、カールメッツの手を握った。
「お待ちください」
二人のいるテントに数人の兵士が入ってきた。
「なんだ、お前たちは!?」
ヨトアムは剣に手をかける。
「落ち着いてください!」
兵士たちは敵対の意思がないことを示すために、自分たちの剣を捨てた。
「我々もお連れください。我らも閣下以外を主と仰ぐつもりはありません」
カールメッツは一瞬、断ろうとしたが、言葉を引っ込めた。
「自由にするがいい。もう私にはなんの権限もない」
カールメッツ以下八六名がイムレッヤ帝国から逃走した。
イムニアは、カールメッツの行方を捜すのに、それほど熱心にはならなかった。
混乱したイムレッヤ帝国の再統一が優先課題だったからである。
イムレッヤ帝国の内乱は終結する。
しかし、全てが終わったと思っていない者たちがいた。
「さぁ、どう動く…………」
イムニアは呟く。新たな戦火の始まりを、イムニアは予感していた。
そして、それはすぐそこまでやって来ていた。