クシャレージ湿原の戦い①
カールメッツは六万の兵と共に、イムニア・リユベック連合軍と戦うために出発した。
イムニア・リユベック連合軍は帝都へ向けて、進軍の速度を緩めなかった。
そして両軍は、カンケーゲ平原で対峙する。
この時、イムニア・リユベック連合軍は各地から兵が馳せ参じ、十万を超えていた。
「開戦当初、兵力では我々が圧倒的に上回っていた。しかし、今はどうだ。我らに味方する者はいない。中立の立場だった者のほとんどが、イムニアの元へ集まった。これだけとっても、人心がどちらにあるかは、明白だな」
「カールメッツ様…………」
「仮に一戦に勝とうとも、我らは最終的な勝利者になれんよ」
とは言っても、手を抜くわけにはいかない。カールメッツは、出来るだけ有利な土地を選び、決戦の準備を整える。
「カールメッツ元帥、惜しい人材だ。私の軍は若すぎる。あの男のような老練な男が欲しいものだな」
カールメッツ軍は眺めながら、イムニアは呟く。
「わしは用済みということかの?」
イムレッヤ帝国最年長の将軍が笑った。
「エルメック、違うぞ。優秀な人材はいくらでも欲しいのだ。いくら、あなたでも西の戦場にいながら、東の戦場の指揮は執れないだろう?」
「なるほど、まだ無理じゃの。もう少し経験を積めば、出来るやもしれん」
エルメックは冗談っぽく笑う。
「私たちは当分の間、睨み合いだ。動くのはもう一つの戦場が決着してからで良い」
イムニアは、カールメッツと対峙したが、仕掛けるつもり無かった。今後のことを考えるとカールメッツとの戦いで兵を消耗するわけにはいかなかった。
「戦いたがりだったお主が成長したの」
エルメックが言う。
「当然だ。今は一戦場の司令官じゃないのだからな」
イムニアは少しムスッとして、言った。
ラーズベックは三万の兵と共に帝都を出発した。
まずはイムレッヤ帝国の東部へ進軍し、自分の領地でさらに兵力をかき集めた。総兵力は五万になる。農作業が始まっているこの時期、平民に対して、ラーズベックは強制徴収を行った。これは民衆の不満を高めた。
ラーズベック軍の中核を成すのは、重装騎兵である。突破力は無類の強さがある。ラーズベックは帝都に駐留する最精鋭を引き抜いたのだ。
ラーズベックがイムニア・リユベックでは無く、カタインと対峙しようとしたのは、彼女が東部へ侵攻した以外に理由があった。
「あの女将軍の軍はほとんどが民兵だ。恐れる必要が無い」
ラーズベックは、カタイン軍を侮っていた。
一方、カタインは四万の軍を率いて、クシャレージ湿原まで侵攻していた。
正規軍は一万、三万は民兵である。
「ここを決戦場にするわよ」
カタインは宣言する。
カタインは、いずれイムレッヤ帝国東部へ攻め込むことを予想していた。そのために準備を怠らなかった。新しい武器を手に入れ、それを最大限使える場所を考えていた。
そして、クシャレージ湿原が最も望んだ場所だった。
「重装騎兵が、民兵にやられるところを見せて貰おうかしら?」
カタインは不敵に笑う。
カタインがクシャレージ湿原に布陣してから、二日後、ラーズベック軍が到着した。
「報告します。カタイン軍は高台を押さえ、さらに柵を設置しております」
ラーズベックは尖兵から報告を受けた。
「ふん、まともに戦えないと分かって、引き籠もるつもりか。所詮は女の指揮官、民衆の兵の集まりだ」
ラーズベックは馬鹿にし、笑う。
「お待ちください。敵は迎撃に万全を期しております。力攻めは得策ではありません。それに敵はあのカタイン将軍です。何か奇策を用意しているやもしれません。ここは慎重になりましょう」
参謀の一人が進言する。この男の名は、ファーエルトと言う。
ファーエルトの言い方は、ラーズベックの勘に障った。
このような言い方をされれば、その逆のことをやりたくなるのがラーズベックである。
「敵の正規軍はせいぜい一万、どんな奇策があろうと我らの勝ちは揺るがん」
ラーズベックは自信に満ちていた。
「しかし、万が一にも策があれば、大きな損害を被ることになります」
「構わん」
「なんですと?」
「兵がいくら死のうと構わんと言っているのだ。奴らも国を守って死ぬなら本望であろう。奴らの代わりなどいくらでもいる。異論は反逆と思え」
その言葉に皆が沈黙した。
「ラーズベック様は自分の足下を崩し、なぜ未来へ向かって行けると思っているのだろうか?」
ファーエルトは誰もいなくなった後に呟いた。
「まぁ、いい。その方が俺には好都合だ。さてと、このことをカタイン将軍へ伝えるか…………」
カタイン本陣。
カタインは部隊長以上を徴収し、軍議を開いていた。
「敵は明日、正面から攻めてくるそうよ」
内通者、ファーエルトからの密書を確認し、カタインは言う。
「全く駆け引きのやり甲斐が無いわね。シャマタルほどじゃ無くても、もっと楽しめる相手と戦いたいわ。そう考えるとカールメックとの駆け引きは楽しかったわね」
この発言には、全員が苦笑した。
「しかし、つまらない相手でも戦いには勝たないといけないわ。明日は全員にこの内戦一番の働きを期待するわよ。最も戦果を上げた部隊には、私が直々に酒を注いで回ってあげる」
「そいつは良い!」
「カタイン様から酌をしてもらえるのか!」
部隊長たちは笑い、士気は上がる。
「それでは明日、この内乱に決定打を与えるわよ」
軍議は終わり、解散する。
「内通者の件、信用してよろしいのでしょうか? ウルベル殿はどうもつかみどころがありません」
グリューンが言う。
今回の内通者の件は、ウルベルが絡んでいた。
「私はウルベルが好きになれないわ」
「はっきりと言いますね」
「良いじゃない。隠してもしょうがないもの。好きにはなれない。けれど、その能力は認めている。だから、内通者のことも信用するわよ」
カタインは言い切った。